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妖精の国に戻る!

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 牧場の全域はマシューが光魔法で浄化したため、これ以上アンデッドが出る恐れはなくなっている。
 しかしこれは現時点での話である。
 敵が攻撃の手を止めるとは考えにくいため、牧場には軍が到着するまでケヴィン達が残ることになった。

「んじゃ、俺達から軍や牧場側に説明しとく」
「ありがとう。僕達はこれから用事があるから助かるよ。皆、何かあったらケヴィン達の言うことを聞くんだよ」
「……! 」
「ワフン! 」
「お、もしかしてケヴィンって言ったのか? 賢いな」

 オルトロスはケヴィンに誉められ嬉しいのか、尻尾を激しく振っている。
 微笑ましい光景だが、彼らは自己紹介したのだろうかとヴァージニアは不安に感じていた。
 もししていないのにマシューがケヴィンの名前を呼んでいたら変だ。

「そういやアンタの名前を聞いていなかったな」

 ケヴィンのこの言葉にヴァージニアの心臓はドキリと鳴った。
 いや、まだケヴィンだけ名乗った可能性はある。

「僕は通りすがりの青年だよ」
「はいそうですか、とはならねぇだろ。それに俺の名前を知っているようだし……。過去に何処かで会ったか? 」

 ヴァージニアの心配した通り、彼らは自己紹介していなかったようだ。
 案の定マシューは思い切り怪しまれている。
 彼女は彼がどう切り返すかハラハラしながら見守った。

「今若手で実力のある人達を知らない人いるの? 」

 マシューはエルフのリチャードとの会話で、この切り返し方を学んだのだろう。
 二人はいつも食べ物の話しかしていなかったが、長い時間話していたおかげで覚えてしまったのだと思われる。

「質問を質問で返すなよ。ま、名乗りたくないなら言わなくていいがな」
「僕は言っても良いと思うけど、言わない方が良さそうなんだ。ごめんね」
「あーいい、いい。さっさと用事とやらに行け」

 ケヴィンはうんざりしたように、手で追い払うような仕草をした。

「では、私もそろそろ帰りますね。スライムさん達と二つ首さん、よい手触りをありがとうございます」

 綺麗な妖精はいつの間にかヴァージニアの肩に座っていた。

「……! 」
「ガフッ! 」

 マシューはケヴィン達に手を振り、ヴァージニアは彼らに会釈をしてその場から立ち去った。
 ケヴィンはヴァージニアとマシューと綺麗な妖精の背中を見送った。

「……やっぱりただの子どもじゃなかったな。マシュー」

 ケヴィンは頭を掻き、仲間にどう伝えるか思案した。



 三人は北の町とは違う場所から妖精の国に戻ったのだが、トンネルを抜けると何やら様子がおかしかった。
 砂煙で視界が悪くなっており、さらに魔力が放出されて周囲がピリピリとしているのだ。
 マシューは首を傾げながら変身魔法を解いた。

「なんか変だね」
「一体何があったのでしょう? 」

 綺麗な妖精がこう言った直後に遠くでドカンと大きな音がした。
 マシューがヴァージニア達を庇うようにしていると、妖精達の悲鳴も聞こえてきた。

「ただ事じゃないですね」
「早く行こう! 」

 マシューはヴァージニアの手を引いて走り出した。
 しかし二人の走る速度が違いすぎるので、結局彼は彼女を抱きかかえて先を急いだ。



 一時間ほど前のこと。
 妖精女王とリチャードがお茶を飲んで談笑していると、一人の妖精が部屋に飛び込んで来た。
 髪を振り乱した妖精は格好からすると兵士だろう。

「た、大変です! 地下牢にいた者が! 」

 その兵士によると、投獄されている妖精が突如として苦しみだし、見張りが治療班を呼びに行こうとしたら姿が豹変したそうだ。

「まさかスプリガン化ですか? 」
「そんな……。何度も調べましたが彼女にはそこまで邪悪な心は見られなかったのに……」

 彼女こと、ださい妖精は悪戯をしていただけだ。
 彼女は反省せずに自分を正当化すらするが、大怪我をさせたり等の凶悪なことはしない。

「現在は総力を挙げて討伐を試みておりますが、危険ですので陛下とリチャード殿は避難してください」
「いえいえ、私も参加させてください」

 リチャードは立ち上がって兵士にスプリガンの居る場所に案内するように言った。

「し、しかしリチャード殿は……」

 リチャードは後方支援タイプだ。
 戦闘員ではないのは妖精も知っている。

「ふふっ私はエルフですよ。弓矢ぐらい扱えます」
「リチャード殿、お願いします。妖精達だけでは対応しきれないでしょう」
「お任せ下さい。伝説のパーティの一員の力を篤とご覧に入れましょう」



 マシュー達は大きな音の発生元に行く途中、逃げてきた妖精にスプリガンが出たと聞いていた。

「あ、リチャードさんだ! 」
「マシュー君、やっと来てくれましたか」

 リチャードは言いながら一度に複数本の矢を放った。
 どうやらこの弓矢は魔法で作られたもののようだ。

「リチャードさんって戦えたんだね」
「他の三人がやたらと強かったから支援にまわっただけですよ。なんですか皆さん、お前戦えるのかみたいな顔して酷いですねぇ。私だって単独で魔獣討伐ぐらい出来るんですよ? 」

 リチャードは不満げな顔のまま、また矢を放った。
 スプリガンはかなり遠くに居るので命中したのかは見えないが、呻き声のような音がするので当たっているのだろう。

「マシュー君がいないタイミングでスプリガン化したのも腹立ちますね。私を舐めているんですか? 」
「わわっ、笑顔で怒ってる。血管が浮き出てるよ」

 リチャードの攻撃はまた命中したようで、スプリガンの唸り声が聞こえた。
 マシューも攻撃すると、また低く唸るような声がした。

「リチャードさん、スプリガン化した妖精が誰なのかご存じですか? 」
「地下牢にいた者だそうですよ」

 リチャードの言葉を聞いて綺麗な妖精は俯いてしまった。

「やはりそうでしたか……」

 ヴァージニアはいくらださい妖精でも、スプリガン化するなんて思っていなかった。
 だが、現在の妖精の国でなりそうなのはださい妖精しかいないので、話を聞いたときに覚悟はしていた。
 ヴァージニアにとってどちらかと言えば嫌いな相手だが、取り返しの付かない事態になってしまったのは悲しい。

「スプリガンって悪いことをした妖精がなるんだよね。あいつはとても嫌な奴だけど、とても悪いことはしていないんでしょ? 」
「ええ、女王陛下も驚いておられましたよ」

 リチャードとマシューは話しながらも攻撃を続けている。
 ヴァージニアは何も出来ない、むしろ邪魔になるので避難すべきか。

「……リチャードさん、人間界では各地にアンデッドが出没してさらに上位種のリッチまで出たんです」

 今の状況と関係あるのかは分からないが、ヴァージニアは逃げる前に報告すべきと判断した。

「おや、あの町だけでなく各地にですか? しかもリッチまで。偶然にしてはタイミングが良すぎますね。なるほど、それで帰りが遅かったんですか。てっきりコロッケでも食べてるのかと思いましたよ」
「そ、そんな暇なかったよ……」

 マシューは肩を落としているが、攻撃の威力は落ちていないようである。

「それで、今も人間界では戦闘中ですか? 」
「ケヴィンさんによると、キャサリンさんの一族の方が対応なさっているそうです」
「あの方々なら確実に仕留めているでしょうね。浄化もしているでしょうし、余程の事がない限り大丈夫でしょう」

 それなのにキャサリン達が牧場には来なかったのは、それだけ多くの場所にアンデッドが出現したのだろう。

「あ、そうだ。リッチって奴がさ、王がどうのって言ってたよ」
「王……ですか。ほう……」

 マシューはアンデッドの王ではないと付け加えた。
 そして彼は言い終わってすぐに端正な顔を歪ませた。
 何かあったのだろうか。

「ん、王? ……あー! 王っ! ねぇジニー、妖精王の話もしたよね? 」
「本当だ。すっかり忘れてた」
「そうです! 妖精界だと妖精王の話題が出ないのは何でだろうって話しましたよね! 」

 綺麗な妖精によると、そのせいで若い妖精は妖精の国は一つしかないと思っているとのことだ。

「レディントンさんが妖精界のもう一つの国について気にされてたんですよ。ですので女王陛下に教えて頂こうって来る前に話をしてて、それなのにすっかり忘れてしまってて……」

 ヴァージニアはマシューに魔法をかけて貰ったのに忘れてしまい、悔しさと情けなさから唇を噛んだ。

「これも偶然じゃなさそうですねぇ。黒幕と仮定していいかもしれません」
「女王陛下の記憶も操作可能なら、同等の力を持っていないと無理ですものね」
「しかし何故妖精王が……」

 と言ったり考えたりする暇はない。
 スプリガンはヴァージニア達に接近しつつあった。



 地下牢にいた妖精は謎の声の指示通りに、牢で苦しむふりをした。
 看守が医者を呼びに言った隙に逃げろとのことだ。
 妖精は最初は演技で呻いていたが、次第に本当に苦しくなってきた。
 彼女はもしや信じ込ませるために、そんな魔法をかけられたのかと一瞬だけ思った。
 だがそれにしては苦しすぎるし痛すぎるので、すぐにその考えは消え去った。
 酷い、やめてくれと叫びたかったがそれも出来ない。
 当然ながら助けてとも言えない。
 意識もだんだん遠のき、視界の端が黒くなってきた。
 体が熱くなるのと凍えそうなほど寒くなるのが交互に来て、心臓の音が大きくなり、皮膚が焼けるような、全身が凍り付くような、そんな感覚に襲われた。
 その恐ろしい苦悶の後、妖精の姿は今までの面影などないほど変貌していた。


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