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成長期!!
しおりを挟むヴァージニアが目覚めると室内が少し明るくなってきていた。
彼女は何か夢を見ていたようだが、内容を少しも覚えていない。
夢などそういうものだが、彼女はどんな夢だったのか思い出したかった。
いや、思い出すべきだと彼女は寝ぼけた頭で考えた。
しかし彼女は欠片も思い出せないので、もう一度寝たら何か手がかりがつかめるのではと、再び目を閉じた。
(そう言えば、なんか重たいなぁ)
またマシューがヴァージニアのベッドの潜り込んだのだろう。
そして彼は寝相が悪いので彼女を攻撃をしてくる。
彼女は今日のは重さ的に足だろうと推測し、自身の体の上から払いのけた。
(あれ? )
ヴァージニアが下肢だと思ったそれは、足が何やらおかしな方向に曲がった。
足は膝だと思った間接と同じ方向にガクリと曲がったのだ。
彼女にそれは見えていなかったが、何となくそんな感じがした。
気のせいかも知れないが、どうしても気になったのでヴァージニアは恐る恐る目を開けて振り返った。
「っ! 」
ヴァージニアの隣には謎の黒い塊があった。
彼女は予期せぬことに驚いて、寝起きとは思えないくらい俊敏にベッドから逃げ出した。
そして黒い塊の正体を探るべく、少し離れた場所からそれを凝視してみた。
(ん? )
まだ薄暗い室内の中で分かったのは、黒い塊が毛のようだということだ。
「うんんっ……」
ヴァージニアが動いて衝撃を与えたからか、黒い塊から声がした。
鳴き声、いや低いから呻き声だろうか。
その塊からはよく見ると人間の腕のような物が生えている。
なかなか筋肉質なので男性の腕のようだ。
「何? 誰? 」
ヴァージニアの問いに黒い塊が動いた。
そして人間の顔が毛の隙間からチラリと見えた。
「僕だよ。マシューだよ」
「嘘……」
マシューだと名乗った人物は、いつしか夢で見た黒髪の青年と同じ顔だった。
ただ、彼は綺麗な虹色の目をしていた。
「んー? なんか服がきつい……」
マシューと名乗る青年は、なんの躊躇いもなくすでに破れかかっていた服を引きちぎった。
当然ながら彼は上半身裸になり、名匠が作った彫刻かと見違えるような肉体が露わになった。
「って何してるの! 」
「んんー、何だか下もきつい……」
ヴァージニアが止める間もなく、青年は下半身に身に付けていた衣類も引きちぎって床に捨てた。
幸い、ベッドの中なのでヴァージニアは何も見ていない。
「これでまた眠れる……」
「え、まだ寝るの? というか本当にマシューなの? なんで急に成長してるの? 」
ヴァージニアはツッコミが追いつかない。
「眠いからだよ。僕はマシューだよ。成長期だからだよ」
ヴァージニアのツッコミに返答するマシュー。
言い終わると彼は顔の下半分までベッドに潜った。
「急激に成長しすぎでしょう……。そうだ、まだ夢を見てるんだ……。きっとそうだよ……。そうに違いない。ハハハハハ……」
ヴァージニアはショックのあまり現実逃避を始め、ブツブツと何かを言い出す始末だ。
そんな彼女を心配し、マシューは薄目を開けて声をかけた。
「ジニーどうしたの? まだ朝早いみたいだから寝てたら? ほら」
と言いながら、マシューは寝具をめくった。
「んなぁああああ! 」
マシューのへそから下が見えそうだったので、ヴァージニアは大慌てで寝具を抑えた。
「危なかった……」
「んージニー、朝から騒いじゃ駄目だよ……」
ヴァージニアはホッとしてしまったため判断が遅れて、マシューに腕を掴まれた。
そしてそのままベッドの上に引き寄せられてしまった。
彼女は転移魔法で逃げようとしたか何故か出来ない。
「うんんー。ジニー、なんだか小っちゃくなった? 」
「マシューが大きくなったんでしょ! 」
ヴァージニアは寝ぼけているマシューに寝具ごと抱きしめられている。
いや、簀巻きにされていると言った方がいい。
「えー? 」
マシューはそんな馬鹿なという風に笑っている。
「声が低くなっているの気付いていないの? 」
「声? 風邪引いたのかな? 」
マシューがクスクスと笑っているのは、体調不良でないからだ。
要するに冗談である。
「風邪を引いたからってそんなに低い声にならないよね? 」
「そう? んー今は眠いから後で考えるね」
マシューはヴァージニアは拘束したまま再び眠った。
「ちょっ! 起きて! ぬぬぬ……」
ヴァージニアが抜け出そうと藻掻いていたら、ドアの外から綺麗な妖精の呼び声がした。
どうやら二人が騒がしくしていたので心配して駆けつけたようだ。
「ありがとうございます」
ヴァージニアは綺麗な妖精によって助けられた。
「思ったより早かったですね。数日はかかると思ったのですけど」
「そうですねぇ。不思議ですねぇ」
この会話の主は妖精女王のティターニアとエルフのリチャードである。
「何に数日かかると思われたのでしょうか? どうしてリチャードさんがいるのでしょうか? 」
「最初の質問についてはマシュー君の成長です。二番目の質問については、こうなると知らされていたからです」
彼らはマシューが急成長すると知っていたとのことだ。
ならば先に言っておけとヴァージニアは言いかけたが、眉間に皺を寄せるだけにした。
「詳しく説明する前に、マシュー君を起こしましょうか。おーい」
リチャードはマシューを揺すっているが、眠気を覚ます魔法も使っているようだ。
マシューは数秒後にパチリと目を開け、ゆっくりと上体を起こすと光を浴びて神々しくなった。
それはまるで宗教画のようであった。
「リチャードさんおはようございます。僕ね、なんだか変な夢を見たよ。僕の体が大きくなる夢」
「夢じゃなくて現実ですよー」
マシューはリチャードに手鏡を渡され、自身の顔を見て驚愕した。
彼はパチパチと瞬きをしたり、眉間に皺を寄せたり、口を開けたり閉じたりして何度も確認している。
それが終わった後、彼は胸板や腹筋をペタペタと触って本当に自分の体なのか確かめた。
「ハッ! 」
マシューは何を思いついたのだろうと皆が見守っていたら、彼は寝具をめくって何か凝視した。
彼はとても驚いたのか、目を見開いて固まっていた。
「うわぁ、変なのになってる……」
「ま、取りあえず服を着ましょうかね」
マシューが着替え終わるまで、他の人達は部屋から出た。
妖精女王は立場上、廊下で待つ訳には行かないので彼女は別室に移動し、廊下で待っているのはリチャードとヴァージニアと綺麗な妖精だけになった。
廊下にいる間、ヴァージニアはリチャードが妖精の国に来た理由を尋ねた。
「先ほども言った通り、マシュー君が大人になると聞いていたからです。まさか今日だとは思いませんでしたけどね」
リチャードはいつものようにニコニコと笑顔だ。
しかしヴァージニアにとっては緊急事態なので、彼の余裕な雰囲気に少々苛ついている。
「……ジェイコブの従弟さんが別れ際に受け入れてやれって言っていたのですが、それってこのことですか? 」
「おや、彼はそんなこと言ってました? 」
この返答から、リチャードに聞いてもはぐらかされるだけだとヴァージニアは学んだ。
(いや、今の言葉からこれだけではないのが分かったからいいか)
これ以上の内容をこの後で女王から知らされるかもしれないので、ヴァージニアは気を抜かずにいようと考えた。
「それで……、リチャードさんはエルフを代表した立場なのでしょうか? 」
「はい。私はお二人と面識があるのでね。それと森に暮らす種族同士、エルフと妖精は交流がありますので、大きなことがある時は立ち会ったりするのですよ」
リチャードが言うと綺麗な妖精が頷いた。
「今回のために面識を持ったと考えていいでしょうか? 」
「いえいえ、まさか。今回だけでなく全てのためです」
「全て……」
全てとは大変ざっくりとした言い方だ。
「まあまあ、そんな顔をなさらないでください。すぐに分かりますから」
どうやらヴァージニアは怖い顔になっていたようだ。
あの騒動にあって、にこやかな方がおかしいので誰も彼女を責められない。
「マシューの出自と今さっき起きたことだけで驚愕するのに、これら以上のことが? 」
あってたまるかとヴァージニアは思っている。
「そうなんですよ。驚愕どころじゃないですよ。聞き返しちゃうと思いますよ」
「はあ、そうですか。ところで何故それをリチャードさんからではなく、女王陛下から? キャサリンさんだっていいじゃないですか」
「ふふっ、そんなにカリカリして、ヴァージニアさんは寝起きが悪いんですねぇ」
こんな状況でもリチャードがはぐらかしてくるので、ヴァージニアはジロリと彼に視線を向けた。
流石に睨むまでにはなっていないが、彼女の機嫌が悪くなる一方なので、見かねた綺麗な妖精が代わりに答えた。
「なんでも、マシューさんのご両親からの頼みだそうですよ。真実を明かすのは友人であるティターニア様からと」
「ええ。一般人の口からは言いにくいことですしね」
ヴァージニアは何を知らされるのだろうかと不安でしかなかった。
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