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接触する!

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 マシューはウォーミングアップで汗をかいたので、上半身は肌着だけになった。
 なったのはいいが、彼はその状態で何度もジェイコブに転がされたため、肌着は元の色が分からないくらい土でドロドロになっていた。
 ヴァージニアは着替えを持ってくればよかったと思ったが時はすでに遅しだ。

(うーん、ジェイコブがこんなにきっちりとスモーの稽古をするとは思わなかった。……あ、マシューなら魔法で汚れを落とせるか)

 当然ながらマシューのズボンも泥まみれであるが、これも彼なら問題なく綺麗に出来る。

「マシュー、俺を押し出してみろ」

 スモーは円の中で行う。
 対戦相手をその円の外に出すか、足の裏以外をつけるかで勝敗が決まる。
 髪の毛もついてはいけないらしく、マシューはおさげをお団子にしていた。

「おりゃー」

 マシューは一生懸命押しているようだが、ジェイコブはピクリとも動かなかった。
 ヴァージニアはマシューが顔を真っ赤になるまで力んでいるのを初めて見た。

「うぬぬぬ」

 マシューは身体強化の魔法を使っているのにジェイコブを動かせないようだ。

(ジェイコブは使ってないみたいだね)

 ヴァージニアは魔力を練るのにも慣れてきたので、もしかしたら自分も身体強化が出来るようになったのではと思いやってみたが出来なかった。
 それとも強化されても微増しただけなので分からなかったのか。

(知ってたし! 知ってたしそんなの! )

 急にヴァージニアの機嫌が悪くなったので、ジェイコブは眉間に皺を寄せながらマシューの稽古を続けた。



 正午になったのでスモーの稽古は終了し、マシューは昼食にカレーライスを食べた。
 厨房のおじさんはマシューのためにジャガイモを多めに盛ったらしく、マシューは大喜びだ。
 昼食後、二人とジェイコブは別行動をすることになったので、ジェイコブは先にギルドを出て行った。
 マシューは時間が出来たので、通信制の小学校の課題を全て終わらせることにしたようだ。

「ジェイコブは仕事なんだね。何するんだろう? 」

 先ほどマシューがジェイコブに尋ねてみたら依頼内容は言えないそうだ。
 だが、この町の周辺にはいるらしい。

「ま、ジェイコブが町にいなくても僕がいるから平気だけどね! スモーで悪い奴をやっつけるよ! 」
「ジェイコブみたいに相手を転がせるといいね」

 マシューはジェイコブに優しくコロリンと転がされていた。
 ジェイコブは稽古と言えど、大分手加減をしていたらしい。

「受け身だよ! あれは受け身なんだからねっ! 」
「う、うん。ごめん。受け身だね。受け身が取れないと大怪我しちゃうもんね」

 結局マシューは一度もジェイコブを押し出せなかった。
 ジェイコブも力を抜いて円の際まで行ったのだが、マシューは最後の一押しが出来なかった。

「張り手ならいけそうな気がする! 」
「頑張ってね」

 ヴァージニアはマシューがカレーの皿を舐めないように見張っていたが、いつの間にか皿が綺麗になっていた。



 マシューは宣言通り課題を全て終えた。
 問題は難しくなっているはずなのに、解くスピードが上がっているようだ。
 慣れとは恐ろしい。

「暇つぶしなくなっちゃった……。急いでやらなきゃよかったかな? 」
「復習するのはどう? 」
「教科書は全部覚えてると思う」
「だよねぇ……」

 マシューは暇つぶしにヴァージニアの夕食作りを手伝うようで、エプロンをつけて彼女の隣にやって来た。

「コロッケバーガー美味しかったね。あのお店は近くにないのかな? 」
「見たことないねぇ」

 一応チェーン店のようだが、全国展開ではないのかもしれない。

「味を覚えているから再現すればいいかな? 」
「……まさかバンズから作る気じゃないよね? 」
「フフッ良い考えだね、ジニー。小麦から作ろうかな? 」

 マシューはクククと笑っている。
 流石に冗談のようだが、味の再現は本気らしい。

「出来るといいね」
「味を覚えているから大丈夫! 」
「……接触感応サイコメトリーしなかったんだ」

 ヴァージニアがこう言うと、マシューは思いついてなかったようで目を見開いて固まった。
 そしてすぐに正気に戻り言い訳を始めた。

「それってさ、ズルだと思うんだよね。料理人が一生懸命、皆が美味しいって思ってくれる食べ物を考えたんだから良くないよ。料理って舌で味わうものなんだよ。だから魔法で分析しちゃ駄目なんだよ。それくらい分かるでしょ! 」
「そうだねぇ」

 マシューがベラベラと喋る中、ヴァージニアは食材をカットしていた。

「そう言えば、どうしてシャキシャキのレタスが挟まってたの? どのバーガーにも入ってたよね。レタスって一年中ある食べ物なの? 」
「今は暖かい地域のレタスなんじゃない? 」

 あるいはビニールハウス栽培かもしれない。

「そっか。同じところのじゃないんだ。一年中出すには色んな所に畑がないといけないんだね……。土地を買うお金大変そう……」
「マシューなら魔法でなんとかなるんじゃない? 」

 ヴァージニアは契約農家の存在を教えようと思ったが面倒臭かったのでやめた。

「ジニーは何でも魔法で解決しようとしちゃってさ、そういうの良くないと思うよ。何でもかんでも便利だからってさ」

 残念ながら余計に面倒臭いことになった。
 マシューはいつも魔法で家事全般をやっているのに、とヴァージニアは思った。

「そんなマシュー君にお願いがあります。魔法を使わずに手で薄焼き卵を作ってください」
「前に出来るようになったんだから簡単だよ! 」

 意気揚々と調理を始めたマシューだったが、結果は失敗だ。
 なので、サラダの上にぼろぼろになった玉子焼きが乗せられた。

(まぁ、スクランブルエッグを乗せる予定だったからいいんだけどね)

 そんなヴァージニアの思惑を知らないマシューは悔しそうにしており、もう一枚作ると騒いでいる。
 だが、もういらないのでヴァージニアは断った。

「魔法で出来る事は魔法でやった方が楽でしょう。失敗して悔しい思いをしなくて済むしね」
「うん……」

 労働時間の短縮はいいことだ。

「楽出来るところは楽すればいいんだよ」
「味の研究は魔法に頼らずにしたいよ」
「うん。それは良いと思う」

 真似だと問題になるので、マシューがコロッケを売るならオリジナルでないといけない。
 なのでヴァージニアはこの意見には賛成だ。

「お芋達を育てるのは魔法でやった方がいいのかな? 」
「最近は工場で作っているところもあるみたいだけど、どうなんだろう? 」
「け、研究者を調べなくちゃ! 技術を教えて貰わなくちゃ! 」

 マシューは忙しくなりそうだ。



 翌朝、ギルドに訪問客が来た。
 一昨日出会ったエルフだそうだ。
 ヴァージニア達はギルドに向かうために支度をしている。

(ジェイコブにジェーンさんの元仲間の最後の一人がエルフなのか聞きそびれていたんだよね。本人が来てくれたなら直接話が聞ける。だけど何しに来たんだろう? )

 二人がギルドに到着すると、フードを被った人が目に入った。
 その人が二人を見つけてフードを取ると、長い耳と色素が薄い肌と目と髪の毛が見えるようになった。

「おはよう! お兄さんが僕達を呼んだんだよね! 」
「やあ、一昨日ぶりですね。あの時は病院の場所を教えて下さってありがとうございました」
「どういたしまして。……ハッ! 僕、変装してない! 」

 マシューはエルフと会ったときはマーサの格好をしていた。

「君のことはジェーンとキャサリンから聞いていますよ」
「やっぱりジェーンさん達と知り合いだったんだね」
「ええまぁ、短い間でしたがね。……いや、人間だと短くないのでしょうかね? 」

 エルフは顎に手をやり、首を傾げた。

「そういうお兄さんにも人間の血が流れているでしょ」

 マシューはオーラがそうだと言った。

「おお、よく分かりましたね。四分の一ですが流れています。なので私は普通のエルフより短命で人間より長命なんです。私は人間の友を何人も見送ってますが、エルフの友は私を見送るのでしょう」

 エルフ族特有の考え方なのか、それとも目の前のエルフの個人の考えなのか不明だが独特な言い回しだ。

「ふーん」
「マシュー、少し興味を持とうね」

 ヴァージニアはマシューに耳打ちした。

「寂しい思いもするし、寂しい思いをさせるのは、どの生き物も一緒だよ」

 ヴァージニアは犬のマシューが老衰で死んでしまったとき、悲しくてずっと泣いていたのを思い出した。

「ふむ、そう言われるとそうですね。寿命は人それぞれですし、出会う年齢も人それぞれですし。エルフは余程の事がない限り老衰で死を迎えるのでつい忘れていました」
「友達に年齢は関係無いよ。ところで、お礼を言うためにわざわざ来たの? 」
「それもありますけど……、場所を変えましょうか」

 エルフがにっこりと微笑んで言うので、ヴァージニアは受付で奥の部屋の使用許可を得てから三人で移動した。

「さて、今回は私自身が用があるというよりは、エルフのおさからお二人に接触するように言われましてね」
「接触ね……はい」

 マシューは腕を伸ばしてテーブルの向かいにいるエルフの手に触れた。

「……まだ小さな手ですが、あらゆる力が漲っているのが伝わってきますね」
「マシュー、接触ってそういう意味じゃなくて会うって意味だよ」
「なぁんだ。早く言ってよ」

 マシューは恥ずかしかったらしく、頬を赤くしてむくれた。
 エルフはそんな彼を見てフフフと笑った。


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