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依頼完了!
しおりを挟むジャスティンの執務室には彼の他にヴァージニアとマシューが残った。
マシューはこっそり持って来ていたコロッケをジャスティンにあげた。
どうやらジャスティンの顔色が完全に回復していないのを心配したらしい。
「マシュー君が大好きな物をくれるだなんて、嬉しくて良いデザインが出てきそうよぉ」
ジャスティンはコロッケを頬張ったのだが、ビシッと決めた姿にコロッケはあまり似合っていなかった。
「犬さんと猫さんも早く元気になって欲しいって言ってるよ」
犬と猫の幽霊はマシューが再び見えるようにしたので、ジャスティンの隣に座っているのがヴァージニア達にも確認出来た。
「……それなんだけど、この子達はずっとここにいていいのかしら? あの世に行った方がいいんじゃなぁい? 」
「んー、ジャスティンさんが心配だからまだいるって」
「そんな……、いいのよ。私なんて気にしないで。もう大人なんだし……大丈夫よ……」
ジャスティンはコロッケの断面をぼぅっと見つめた。
それは彼が疲れているからかもしれないが、ヴァージニアには彼が彼自身に言い聞かせている気がした。
「泣き虫ジャスティンを置いていけないって」
「やだ……何十年前の話をしてるのよぉ。もう子どもじゃないんだから平気よ」
ジャスティンはコロッケの残りを平らげたのだが、それはまるでマシューが食べているのかと思うくらいの勢いがあった。
どうやら彼はムキになっているようだ。
「へぇ、大人になっても夜中にトイレに行くときにビクビクしてるんだ」
ちなみにマシューは暗闇でも平気である。
「んもうっ! 恥ずかしいこと言わないでちょうだい。あれは暗くてよく見えないから何処かにぶつかっちゃうのが嫌なだけよ」
ジャスティンはコロッケの包装紙を丸めてゴミ箱に入れた。
「本当にぃ? 」
マシューはムキになっているジャスティンを見て、意地の悪い表情になった。
悪童と言ってもいいような表情だ。
「ホントよ、ホント。マシュー君ったら悪い顔しちゃってやぁね。全然っ可愛くないわ」
「僕は可愛くなくていいもんねっ」
「マシュー……」
ヴァージニアはマシューをたしなめ、落ち着くように言った。
「この子達が私を心配してくれているのは本当に嬉しいのよ? だけど私のせいであの世に行けないなんて嫌なのよ」
「ふぅん、ジャスティンさんが一人になっちゃうのが心残りなの? 」
いずれ弟子達も独立していなくなってしまう。
もちろん新しい人は来るが、何年かしたら皆ここから世界に旅立つ。
人の入れ替わりが頻繁なので、ずっとジャスティンの側にいる人はいないのだ。
(それで余計にマデリーンさんに怒ったんだ。ずっと側にいるのにって……)
犬と猫はマデリーンがいつもしない動作に不審感を抱いて警戒したのだろう。
「離婚して奥さんとドロシーさんがいなくなっちゃったからかぁ……」
「それは……」
ジャスティンは元妻が新しいパートナーを見つけられるようにと離婚したそうで、本当に好きな人と一緒になって欲しいと願ってのことだ。
「ふぅぅん……」
「マシュー君にはまだ早い話よねぇ」
「けどさ、友達としては好きなんでしょう? それだと家族じゃいけないの? 」
ジャスティンは口籠もったので明らかに動揺しているようだ。
「ジニー、いけないの? 」
マシューは困らせるために言っているのではなく、純粋に知りたいと思っている。
これは彼の真っ直ぐな視線を見れば明らかだ。
「え私に回って来た。……そうだね、色んな家族が、夫婦がいてもいいよね」
ヴァージニアはジャスティンがいるからこう言ったのではない。
一つの形に縛られるのは違う気がしたからだ。
「僕もそう思う」
マシューはヴァージニアの答えに小さく頷いた。
「そんな簡単に言わないでちょうだいよぉ。相手のことだってあるんだから」
「離婚を言い出したのってジャスティンさんなの? 元奥さんなの? 」
「私だけど……」
ジャスティンは先ほども言ったように元妻に新しいパートナーと新たな家庭を築いて欲しいと考えていたそうだ。
そのためには彼の存在は邪魔だろうと思ったようだ。
「相手を思っている感じだけど、ジャスティンさんはどうなの? ジャスティンさんは新しい人を探さなかったの? 」
「なっ、私は仕事で大忙しだからそんな人いないわよ」
「嘘だ。嘘のオーラだ。僕には分かるよ」
マシューは人相が悪くなっている。
「まぁ、別にジャスティンさんが相手のためでも自分のためでもいいけどね」
「ちょっと良い人がいるなって思っただけよ。私はずっと一人よ」
「ふーん……。あのさ、元奥さんの幸せを願ってるっぽいけど、どうしてその中にジャスティンさんと一緒にいるってのを考えないの? 変だよ」
ヴァージニアはマシューが興奮しているようなので、少し落ち着くように言った。
しかし、彼は落ち着いていると返事をした。
「マシューの言いたい事も分かるけど、他人の家庭の事情に踏み込むのは控えようね」
「……そうよね、勝手に決めつけちゃってたかも……。私がいない方が彼女が幸せになれるって思い込んでたわ」
ジャスティンはヴァージニアの言葉を無視してマシューの言葉に返答した。
「ドロシーさんのこともちゃんと考えたの? 」
「考えたわよ。こんな普通じゃない父親と離れた方がいいって思ったわ」
なんと自虐的なのだろうか。
だが、ヴァージニアには少しジャスティンの気持ちが分かった。
マシューと一緒にいるのが自分で良いのかと何度も悩んだからだ。
「ドロシーさんはそんな事少しも思ってないよ」
「思ってたら屋敷に遊びに来ないもんね……」
実に仲の良い親子だとヴァージニアは思っていた。
「でしょ? ねぇどうしてジャスティンさんは自分の幸せを考えてないの? ドロシーさんが来たとき嬉しいオーラが出てたよ。本当は一緒にいたいんじゃないの? 」
ヴァージニアはマシューが随分と踏み込んだ話をするなと疑問に感じた。
もしかすると、マシュー自身が両親と離ればなれになってしまったからではないか。
ヴァージニアが色々考えていると勢いよく部屋の扉が開いた。
彼女が振り返ると、なんとそこには今にも泣き出しそうなドロシーが立っていた。
マシューはドロシーがいるのに気付いていたのもあって、興奮して話していたのだろう。
(マシューが魔法で執務室の外に声が聞こえるようにしたのかな? そうでないと魔法がかけられているこの部屋から声が漏れないはず……)
ドロシーは鼻をすすりながら、ジャスティンの前まで歩を進めた。
「お母さんは、自分がお父さんの仕事の邪魔になっちゃうから離婚を受け入れたって言ってた」
「そんな……。私はそんな風に思った事は一度もないわ」
「ほら! ちゃんと話し合ってないんだ! 互いが互いを思い合ったのに離ればなれになっちゃうなんて変だよ。変! 」
マシューの頬は赤くなっているし鼻息も荒くなっている。
「マシュー落ち着いて……」
「落ち着いてるってば! 」
マシューが明らかに興奮しているので、ヴァージニアは彼の背中を撫でて落ち着かせようとした。
「お母さんも恋人を作らずにずっと一人だったよ。親しくなった人はいたみたいだけど……その人は小児性愛者の変態で本当は私狙いだったんだって。そんな事があった後はずっと警戒して誰とも親しくしなくなっちゃって……」
母親はドロシーに会わせる前に不信に感じたため被害はなかったそうだ。
この話はドロシーが母親本人から聞いたのではなく、つい最近母方の叔母から聞いたらしい。
「嘘でしょ……、私は何にも聞いてないわよ……」
回復しかけていたジャスティンの顔色は再び悪くなった。
「私が今より子どもだったから気のせいかもしれないけど、その変態の時も何だか無理に好きになろうとしてた感じがあったかも。新しい人を見つけるためにって。……それからは、さっきも言った通り私を守るために軽い付き合いしかしてないみたい」
マシューは何が変態なのか分からないようなのでヴァージニアが教えておいた。
「ふむふむ、余計に無理させたみたいだね」
「おおう、なんだか偉そうだね……」
物知り顔で言うマシューにヴァージニアは思わずツッコミを入れた。
「いいのよぉ。マシュー君は私を独り善がりって気付かせてくれた偉い子だもの」
「フフンッ! 」
マシューはジャスティンとドロシーから礼を言われてさらに得意気にドヤ顔になった。
今後ジャスティンは元妻とドロシーと三人で話し合う機会を作るそうだ。
ヴァージニアとマシューは依頼を完了したが、ジャスティンに夕食に招かれたので帰らずにもう一泊することになった。
マシューはまたご馳走が食べられ大喜びしていた。
「キャサリンさんに報告しなきゃ! 」
「うん、頑張ってね……。あ、私がするんだー」
マシューはヴァージニアに彼女の通信機を笑顔で渡した。
「キャサリンさんこんばんは。ヴァージニアです。無事に解決出来ました」
「そのようね。よかったわ。まさか彼の家庭の事情も解決するなんて……。私もそれとなく話し合うように言ってたんだけどね」
キャサリンは長い間心配していたが、友人故に深い話は出来ていなかったそうだ。
「近い人の意見より、知り合い程度の意見の方が刺さりやすかったりしますし……」
「ええそうなのよ。……ま、屋敷中の浄霊も大体出来たみたいだし、合格点をあげるわ」
「コロッケ沢山? 」
「今回私は同行してないんだからご褒美は自分で買いなさい」
キャサリンは完全に呆れており、長いため息をついていた。
「明日は買ってから帰ろうね、ジニー」
「覚えてたらね」
マシューは手に油性ペンでコロッケと記入した。
これはエアーメモではなくきちんと書くようである。
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