転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ

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ピアノ!

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 一同がドロシーのピアノに聞き入っていたところ、マシューが何かを見つけたようだ。
 彼はドアを見て、そのまま視線を部屋の中に移動させた。
 まるで誰かが入室したかのようだが、ドアは1ミリも開いていない。
 ヴァージニアは気になったので演奏を邪魔しないように、小声でマシューに何があったのか聞いた。
 すると彼もヒソヒソと小声で答えた。

「おばあちゃんがこの部屋に来たんだよ」

 マシューの言葉にヴァージニアはギョッとして部屋中も見渡してた。
 彼女が何処だ何処だと探していると、マシューが空中を指さした。

「おばあちゃん、なんだか泣いてるよ」
「え」

 ヴァージニアが驚きの声をあげたと同時に、何故か老婆の幽霊が見えるようになった。
 ジャスティンにも見えたようで体がビクリと反応していた。
 ドロシーにも見えているようだが、動揺せずに指を動かし続けていた。

「この人幽霊よねぇ……。身に付けている物からすると二百年は前よ。ずっとこの屋敷にいたの? 」
「そうみたいだよ。ねぇねぇ、おばあちゃんどうしたの? 」

 マシューは老婆の幽霊が何故泣いているのかを聞き出そうとした。

「この曲がどうしたの? ……悲しいの? 違うの? 」

 老婆の幽霊は泣くばかりでマシューは話を上手く聞き出せない。

「んー……確かこの曲はこちらのご婦人が生きていたであろう時代に作曲されたはずよ。だから生前に聞いている可能性があるわ」
「そうなの? ……へぇ、娘さんが弾いていたんだ。その時のことを思い出して涙が出ちゃったんだね」

 老婆の幽霊はゆっくりと頷いた。

「きっと娘さんや他のご家族もあちらで待ってると思うわよ。まぁ、もう生まれ変わってるかもしれないけど……」

 二百年前ではどんなに長命でも娘や家族は生きていない。
 それだけ長い間、老婆の幽霊は屋敷を一人で彷徨っていたのだ。
 ここで曲が終わり、ドロシーが鍵盤から手を下ろして膝に置いた。

「他に聴きたい曲はある? ドロシーさんにお願いして弾いて貰おうよ」
「えっ、知ってる曲じゃないと弾けないよ」

 老婆の幽霊はもう一度同じ曲をリクエストしたので、ドロシーは再び弾き始めた。
 曲が始まってから少し経って、部屋の中の雰囲気が変わった。

「あらぁ? 」
「おばあちゃんが光ってる! 」

 部屋の中がキラキラとした光で照らされた。
 老婆の幽霊はマシューの魔法ではなくドロシーのピアノ演奏で昇天するようだ。

「ああっ! お、おばあちゃん! 犬と猫は撫でなくて良いの? え? もう撫でた? 何処にいたのー! おーい! 」

 マシューは情報を得ようと光に手を伸ばしたが、光は消えてしまった。
 無事に老婆の幽霊は家族の元に行ったようだ。
 ドロシーはポカンとした顔になり、ここで手を止めた。

「思い出したわ。今の方……この屋敷の何代か前の持ち主の夫人よ。肖像画を見たことあるわ」

 肖像画は屋敷の倉庫に残されていたそうで、ドロシーも子どもの頃に見たことがあるそうだ。
 そしてジャスティンによると、娘は駆け落ち同然で屋敷を出て行ってしまったらしい。
 娘と相手は身分が違ったのだろうとジャスティンが言った。

「なんでお父さんはそんな話を知ってるの? 」
「不動産屋が言ってたのよ。屋敷を買ったときにご近所に挨拶に行ったら皆さんも言ってたし」

 ご近所は何代も続く家が多いらしいが、この屋敷はそうではないらしい。
 ジャスティンはデビュー作が大ヒットしたのでノリで買ったのだそうだ。
 ちなみにキャサリンと知り合ったのはデビュー作だそうなので、この屋敷を買えたのはキャサリンのおかげかもしれない。

「……この屋敷の持ち主が頻繁に変わってたのって、あのお婆さんの幽霊がいたからかな? 」
「かもねぇ……。あら? だけど私達は今まで幽霊の存在に気付かなかったわよねぇ? 」
「ハッ! ま、まさか! 」

 マシューが何かを思いついたらしく、眉間に皺を寄せて真剣な顔をしている。

「まさか? 」

 皆が期待を込めてマシューを見つめる。

「……今日まで寝てたとか? 」

 マシューは推理力はないようだ。
 完全には否定出来ないが確証もない。

「幽霊って寝るの? 」
「寝るにしても寝過ぎでしょうよ。このタイミングで起きるのもよく分からないし」

 ドロシーとジャスティンからツッコミが入った。

「じゃあ、別の所に行ってたとか! 」
「この屋敷に思い入れがあるみたいだから、それはないんじゃないかなぁ? 前の住人達はお婆さんの幽霊を目撃したから引っ越しした可能性が高いのに、ジャスティンさんの時にだけ出てないのっておかしくない? 」

 ヴァージニアもマシューにツッコミを入れた。

「むむうぅ」

 マシューが唸ると腹の音が鳴った。
 皆が笑っているとコロッケ店の店主が到着したと連絡が来たので、四人は食堂に移動した。



 マシューはコロッケを多量に食べた。
 店主はそんなマシューを見て、よい食べっぷりだと喜び、屋敷に来てよかったと言った。
 そして今、夕食に大満足したマシューはベッドの上ですやすやと眠っている。

(お腹が丸くなってた……)

 マシューの腹は今まで見たことがないくらいに大きく膨れていた。
 ヴァージニアは彼が風呂に入る前と後に見せられ、どん引きしてしまった。

(全部脂肪にならないよね……。丸い美少年……)

 ただでさえ、屋敷の食事や町中では土地の食べ物が出てきて食べ過ぎているのに大丈夫だろうか。
 ヴァージニア自身は気を付けているが、マシューは気にせずムシャムシャと食べまくっている。

(修業や特訓をすれば元の体型になるよね。うん。うん)

 マシューは子どもなので、きっと成長のために使われるだろうともヴァージニアは考えた。

(あ、そうだ)

 ヴァージニアは通信機を手に取りマシューが寝ているベッドから離れてキャサリンに連絡した。
 経過報告と助言を求めるのと、あとは少し文句を言おうと思ったのだ。
 キャサリンは手元に通信機があったのかすぐに繋がった。

「ハァイ。どうしたの? 」

 ヴァージニアは本日の内容を報告した。
 キャサリンは全て聞き終わるまで相槌を打つだけだった。

「終わり? 」
「いえ、まだあります。マシューが先ほどコロッケを食べているときに口の中を噛んじゃったんです」
「随分と勢いよく食べたのね……」

 キャサリンは呆れたような笑い声を出した。

「そうなんですよ」

 マシューは美味しいと言いながら目を輝かせて次々とコロッケを食べていたのだが、急ぎすぎて口の中を噛んでしまったのだ。

「それでですね、マシューが痛くて食べられないと泣きそうな顔で言ったので回復魔法で治してあげたんです」

 マシューは傷が治ると再び口の周りにコロッケの衣をつけ始めた。

「あらそう……」
「あの、マシューなら教わっていなくても一度魔法をかけて貰ったら出来るようになると思うんですよ。とても難しい魔法なら出来ないのは分かるんです。ですけど、マシューほどの才能を持った人が初歩的な魔法が出来ないなんてありますかね? 」

 ヴァージニアが言い終わるとキャサリンは面倒臭そうにため息を吐いた。

「やらないのは今度教えるって言ってあるからじゃないかしら? 」
「本当にそうでしょうか。困っているのに見様見真似ですらやろうとしなかったんですよ? おかしくないですかね? 」

 マシューが大好物を目の前にしてやろうとすらしなかったのだ。

「貴女に甘えていただけでしょう。可愛いじゃない」
「そうかもしれませんが、キャサリンさんが回復魔法の使用を止めているからではないですか? 」

 今度教えると言われても、不便に感じたら今までの経験で魔法を再現してしまうのがマシューだ。
 なのにやろうともしないのは、禁止されているからではないか。

「何のためによ」
「……それは分かりませんが。例えば怪我が回復する以外の何か副作用のような事が起きるとか」

 この説は以前ヴァージニアが考えたものである。

「何それ。今の説は聞いたことないわね」

 ヴァージニアはキャサリンの声色や喋り方から、キャサリンは嘘を吐いてはいないと判断した。
 なら知らないのではないかと考えたが、キャサリンほど魔法に精通している人が知らないはずがないので、ヴァージニアはこの考えをすぐに捨てた。

「では何故生活に必要不可欠な魔法を教えないのですか? 現に今日、彼は困りました」
「いつか教えるって言ってるでしょう」
「いつか? 今度ではなくいつかですか? いつかっていつです? そうやって、どんどん先延ばしになさるおつもりですか? 一旦、他の魔法の特訓を中断すればすぐに覚えられると思いますよ」

 言い方は悪いが転移魔法テレポート以外が苦手なヴァージニアでさえ回復魔法が出来る。
 マシューが出来ないはずがない。

「あら? 指導方法について、この私に指図する気? 面白い子ね」

 キャサリンは冷たい笑い声を上げた。

「面白くて結構です。マシューの命が最優先ですから」
「あっそ。マシューが聞いたら喜ぶでしょうね」
「はぐらかさないで頂けますか? 質問に答えてください」
「私がいつ質問に答えるって言ったのよ。学校じゃあるまいし」

 確かにキャサリンは一言も言っていない。
 ヴァージニアが勝手に質問しただけだ。

「キャサリンさんは一体何を隠しておられるのですか? 」
「やぁねえ、私が悪いみたいに言わないでくれる? 」

 また、キャサリンははぐらかせている。

「答えてくださらないのが答えだと考えますね」
「ご自由にどうぞ」

 キャサリンはヴァージニアのどんな返しにも余裕たっぷりだ。


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