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尼寺に到着!
しおりを挟むヴァージニア達は朝食が美味しくてつい食べ過ぎたので小休憩の後、屋敷を出て尼寺に向かって歩きだした。
転移魔法で行かないのはジャスティンの服を大勢の人に見てもらうためである。
なので二人はスーツとコートの他に、寒くないようにとの名目で帽子とマフラーと手袋と靴と靴下も貸与され、全身ジャスティンのブランドの物を身に付けている。
この時点でヴァージニアは気が気でなかったが、腕時計も渡されそうになり、彼女は必死の思いで断った。
(靴下は見えないんじゃ……。はぁ、きっと総額は見たことのない桁になってるよ)
ヴァージニアはいつもより背筋を伸ばして歩いた。
もしヴァージニアが身についている衣類の売り上げが悪くなったら、確実にモデルのせいだからだ。
なので必死に着こなしている感を出して歩いた。
秘書のマデリーンの指示により、ヴァージニアは化粧をされ髪型も整えられたので、それっぽくはなっている。
(マシューは普段から着ているみたいに歩いている。いや、普段と同じ歩き方なんだけど、生まれ持った素材がいいから特別な事をしなくても一流に見える)
マシューは高級な服に着られるなんて事態にはなっていない。
もちろん二人に似合う服をジャスティン達が選んだのだが、それでもヴァージニアは不安で仕方なかった。
(マネキンの方がいいってならないようにしないと)
とヴァージニアは思ったが、マネキンはスタイルがいいので大丈夫だろうかと余計に不安が大きくなった。
「ねぇ、ジニー。僕達の服、ちゃんと見て貰えてるかな? 」
「大丈夫だと思うよ」
これを聞き、マシューは呟くように自作のコロッケの歌を歌った。
なおコロッケ屋の周辺は避ける道順になっているので少々遠回りだ。
それだけ服の宣伝も出来るだろうから一石二鳥だ。
「そうだ! ジニー、前に体に紋章を刺青する人達がいるって教えてくれたよね。それでね、キャサリンさんに詳しい話を聞いてみたんだ」
「おーキャサリンさんならご存じだろうねえ」
キャサリンは古今東西の魔法に精通してるので話を聞くにはうってつけの人物だ。
「うん。物知りだからね。でね、その人達は住んでいるところの周りの木を燃やして出来た炭でインクを作るんだって。だけどね、他の人達が再現しようとしても出来ないんだってさ。木も分けて貰って植えてみたけど他の場所じゃ育たなかったって」
「その土地の人々だけの特殊な魔法なのかな? 」
マシューは他にも様々な魔法について質問したらしい。
「魔銃ってあるんでしょ? バーンってするやつ。魔力が少ない人でも扱えるって聞いたけど……」
マシューはチラリとヴァージニアを見た。
「そう思ってやってみたけど、弾がさ、変な所に飛んでいくんだよ。どうやら転移魔法と相性が悪かったみたい」
ただ的から外れるのではなく、途中で消えてあらぬ方向に飛んで行くのだ。
練習するのにも危険が伴うのでヴァージニアは数回試しただけだ。
「……ジニーが下手くそなんじゃなく、ジニーが転移魔法の能力があるからってこと? 」
「だと思う……」
ヴァージニアは数度しか練習していないので、そうだと言い切れる自信がなかった。
「精霊術ならどうだろう? 精霊さんの力を借りるんでしょ? これなら出来るかもよ! 」
「うーん、期待しないでおくよ」
二人は観光客の合間を縫って尼寺へと突き進んだ。
尼寺は山の中腹にあるので二人はスーツで登山したのだが、場違いの格好に観光客からじろじろと見られてしまった。
ヴァージニアは若干の気まずさを感じながらも無事に上り終え尼寺に到着した。
「あの人、僕達を見てるよ」
ヴァージニアがマシューの視線の先を見ると、尼僧が二人に微笑みながら会釈した。
どうやら彼女が奥の寺院長がいる部屋まで案内してくれるようだ。
マシューはそんな尼僧の頭部を不思議そうに見つめながら近づいた。
「お姉さんはどうしてツルツルなの? 」
「入山したときに剃ったんですよ。当宗派の決まりで、修業に邪魔になるものは排除するのです」
「眉毛は良いの? 」
マシューはヴァージニアが眉毛の手入れをするのを見ていたらしい。
「精霊は人間の表情をよく見ていますので、眉毛までなくしてしまうと――」
「分からなくなっちゃうんだ」
「ええ。ですので頭髪だけを剃ります。それではご案内いたします」
ヴァージニアは皮膚が弱い人は大変だなぁと思いながら尼僧の後頭部をチラリと見た。
その尼僧に連れられて二人は煌びやかではないが重厚感のある建物の中に入ると、彼らはジャスティンの屋敷とも違う厳かな空気に自然と気が引き締まった。
どんどんと奥に進むにつれ、マシューの周囲に光の玉が集まりだし、それらは彼の肩に乗ったり三つ編みにぶら下がったりしていた。
マシューは精霊達に歓迎されているらしい。
「こちらの部屋に院長がいらっしゃいます。……お客様をお連れいたしました」
室内から返事あり二人は尼僧に戸を開けて貰い入室した。
「お待ちしておりました」
二人はにっこりと柔らかに微笑む院長に出迎えられた。
当然ながら院長も剃髪しているのでツルツルであるが、驚くのはそこではない。
(年齢が分からない。ジェーンさんともキャサリンさんとも違う)
院長は妙齢の女性に見えたり、もっと上に見えたり、流石に老婆には見えないが年齢不詳の人物だ。
ヴァージニアはこの尼寺で一番偉い人なのだからお年寄りかと勝手に想像していた。
この年齢でこの役職なのは院長が貴族かもしかしたら王族だからだろうか。
身分を詮索するのはよくないのでヴァージニアは聞かないでおくことにした。
「僕はマシューで隣がヴァージニアだよ。……お姉さんは人間ですか? 」
「んなっ、……マシューなんてことを。誠に申し訳ございません……」
「ふふふ、大丈夫ですよ。たまに言われますので」
院長はマシューに失礼なことを言われても笑って許してくれた。
ヴァージニアは予想しない出来事に心臓を痛めてしまったが、院長の次の言葉によって痛みよりも疑問が勝るようになり気にならなくなった。
「大きくなりましたね……」
院長は笑顔の後に真顔になり、ポツリと言った。
(え? )
ヴァージニアが困惑していると、マシューが返事をした。
「そうだよ。僕ね、乳歯が抜けたの! 」
マシューは歯をイーっとやってみせた。
この様子を見たヴァージニアは、院長はついさっきマシューが喋った時に彼の歯が抜けているのが見えたのかもしれないと考えた。
「ふふっ、早く歯が生え替わって身長も伸びて大人になれるといいですね」
「うん! そしたら色々出来るもんね! 子どもだと出来ない事が多すぎて、嫌になっちゃうよ。前は子どものままでいいやって思ってたけど、やっぱり大人の方が良いと思う」
出来ない事とはブラシの販売やコロッケ屋の話だろう。
このマシューの突拍子もない話を院長は笑って聞いていた。
「それで、私に聞きたい事があるそうですが……」
「それがねっ、精霊術で精霊さんを操れるのか教えてもらおうと思ってたんだけど、昨日キャサリンさんに出来ないって教えて貰っちゃったんだあ。キャサリンさんっていうのはね、大学で理事長をしていた人だよ」
キャサリンはジェーンのパーティにいたので有名人だが、更に王立魔導大学の理事長もしていたので魔法関連の施設にいる人が知らぬはずないが、マシューは親切に説明した。
「もちろん存じておりますよ。何度かお話しさせて頂きました。キャサリンさんの仰る通り精霊は操れません。自由気ままに生きている彼らに何かをしろなんて命令は無理でしょう。もちろん優しい言い方に変えても、興味をひくように言っても無理です」
精霊自身に何かをさせるのは不可能のようだ。
「ふぅん。自由気ままかぁ。そんな精霊さんに力を貸して貰うのって大変そうだね。気に入られるために修業するのも分かるよ」
何もしなくても精霊が寄ってくるマシューが言うと嫌味に聞こえるので、ヴァージニアは苦笑をせざるを得ない。
「はい。少しでも邪な考えがあると精霊はすぐに見抜いてしまうのですよ」
「すごいんだね! 」
この邪心をなくすために修業するのだ。
他にも気に入られるために色々とするらしい。
「キャサリンさんちの人達は青い炎の精霊さんに力を貸して貰っているって言ってたよ。これは精霊術になる? 」
「なりませんね。その場合は通常の魔法と同じく自分の魔力に加え精霊の魔力で魔法を発動させていますが、精霊術は精霊の魔力だけなんです。それに同時に複数の精霊から力を借りられるのが精霊術です」
「へぇえ、一人じゃなくて沢山の精霊さんから借りられるんだね。いいなぁ」
ただし気に入って貰えればである。
力を貸すに値するかを見られるのだ。
それも精霊によって基準が違うらしく、同じ場所にいても反応は様々だそうだ。
「マシュー君は精霊達から興味を持たれているようですので、すぐに力を貸してくれると思いますよ」
「本当? そういえばジャスティンさんちにいる精霊さん達は色々教えてくれたよ」
「ほう……、そんなにお話し出来てるのですねぇ……」
院長は少し驚いた顔になり呟くように言った。
もしや院長でもマシューのように精霊と会話出来ないのではないか。
「あっ、そうだ。肝心なことを聞くの忘れてた」
ヴァージニアは聞くことはもう聞いたと思っていたので首を傾げた。
「ジニー……ヴァージニアも修業すれば精霊術を使えるようになるの? 」
町を歩いている時にした話だが、ヴァージニアは期待しなさすぎて忘れていた。
「そうですねぇ、ヴァージニアさんは何者からか力を借りていますよね。となると精霊から助力は期待出来ません。他の者の気配があると精霊達は力を貸してくれないのです。どうやら自分が力を貸す必要はないと判断するようですね」
昔、入山時に発覚した人がいるそうで、それ以来は入山前に調べているそうだ。
志を持って修業しに来たのにそれが叶わず悲しむ人がいなくなったのはよかったが、自分のせいではないのに、修業すら出来ないなんて少々酷である。
「ジニー残念だったね……」
「薄ら分かっていたから大丈夫だよ」
精霊らしき光の玉がマシューにばかり集まってヴァージニアの所に来ないのは、ヴァージニアにヤドカリの気配がするからだ。
「キャサリンさんは精霊さんから力を借りているけど、それでも駄目なの? 」
「同じです。精霊は誰かが助けているなら自分はいいや、と思うようです」
マシューはお願いしても駄目なのか聞いた。
ヴァージニアは随分粘るなと思っていた。
「先ほどの操るのと同じで言い方を変えても無理なのです。彼らはその人にお願いしなよ、と思うだけでしょうね」
「えー目の前で困っていても? 助けてーって言っても? 」
「どんな状況でも変わりません。興味は持っても、あの人間は何してるのだろう? とか、大変だね。と思うだけで助けてくれないでしょう」
精霊には自分達以外に気に入られている人間に力を貸すつもりはないのだ。
ヴァージニアはまたしてもヤドカリの力のせいかと思い、院長の後ろの壁を見つめた。
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