186 / 312
まだ捜索中!
しおりを挟むマシューは出された菓子が気に入ったらしくバクバクと食べている。
彼はお洒落な包み紙を高速で開けては口に放り込み、何度も咀嚼して味わっていた。
「お気に召したようですのでお部屋にもご用意いたしましょう」
「いいの? もう二度と食べられないと思っていっぱい食べちゃった」
マシューがいつもお菓子を食べていないかのような発言をするので、ヴァージニアは顔が赤くなった。
彼女は彼に高級そうな菓子は頂き物でしか食べさせていないが、お手頃な価格のものは適度に与えているので、こんな風に言われるとは思ってもみなかった。
「マシュー、お口の周り拭こうね」
「そうだった。僕は身だしなみを整えられる子どもだった」
そんな設定かのような発言をするマシューである。
ヴァージニアは苦笑しながら彼が口を拭くのを見守った。
「とっても美味しかった。ジニー、これ初めて見るお菓子だね」
「うん。ここだけのお菓子かもね」
使用人の若い男性によると、西都にある老舗の菓子店の商品だそうだ。
と言っても西都は歴史の古い都市なので、老舗の店は数多くある。
「こちらのお菓子は西都限定販売なので他の地域では手に入らないのです。ですので他地域からいらしたお客様にはこちらをお出しすることが多いのです」
「……さっき来たお客さんにも出すの? 」
マシューはまだ対応の違いを気にしている。
彼には今いる部屋までの移動中にジャスティンの挨拶する声が聞こえたらしく、僕達と違うと呟いていたのだ。
「申し訳ございませんが、個人情報なのでお答えいたしかねます。……ですが、よく他の地域からいらした方だとお分かりになりましたね」
結局使用人の若い男性は個人情報を言ってしまっているが、ヴァージニアは聞かなかったことにした。
「精霊さん達がわざわざ集まってジロジロ見に来てたからね。また来たって言ってたし」
ヴァージニアはこれだけで分かるものなのかと感心した。
「それでね、精霊さん達はあのお客さんを面白がってる気がする。なんでだろう? 」
「えーっとマシューが調べるのは幽霊達と犯人だよね」
おそらく客はジャスティンの後援者だろうから詮索しないに限る。
「そうだけどね、犯人と繋がるかもしれないしさ」
「マシュー、違うって分かってるんでしょう」
これはマシューのニッコリと笑った顔を見れば一目瞭然だ。
「へへっ、バレちゃったか。だってすでに地位と名誉があってお金も持っているのに盗むなんてあり得ないもんね」
マシューがさらりと言うので使用人達は困った笑顔を浮かべていた。
ヴァージニアは慣れているが、小さな子どもがこんなことを言ったら驚くだろう。
「今の生活を捨てるなんて馬鹿なことをする人じゃないと思う」
「……マシューはお客さんに会ってないよねぇ? 」
マシューは客の声を聞いただけだ。
それも遠くで話している声のみである。
「って精霊さん達が言ってる! 」
「そっか。精霊さんが言ったんだねぇ……。ん? 」
精霊らしき光の玉が菓子の滓を食べている。
使用人達もそれに気付いて光の玉を見た。
そんな中でマシューは精霊と会話を続けた。
「えー、そうなの? 皆はそれを面白いって思ったんだね」
これはかなり拙い情報なのではないか。
ヴァージニアは衝撃のあまり美味な菓子の味を忘れた。
「マシュー、精霊さんから聞いたことは誰にも喋っちゃ駄目だよ。個人情報だからね。秘密だよ」
「……ジニーにも喋っちゃ駄目なの? 面白いのに? 」
マシューのクスクスとした笑い声と表情から、ヴァージニアはとんでもない秘密だと断定した。
「駄目だよー」
「後でこっそりでも駄目なの? 」
マシューはティーカップに手を伸ばし、お茶で喉を潤した。
「こっそりも駄目だし、勝手に話し出すのもやめてねー。口が軽いのはよくないよねー」
「別に精霊さんからは喋っちゃ駄目って言われてないよ」
マシューは少々むくれている。
「ジャスティンさんが秘密を漏らしたって思われちゃうでしょう。そうなったらお仕事出来なくなっちゃうよね」
秘密と決まったわけじゃないが、精霊が面白がっているらしいので誰にも言わないに越したことはない。
現に使用人達がハラハラとしているので、先ほどの客が来た時は今回だけでなく常に人払いをしていると考えるべきだ。
「ハッ! そしたらキャサリンさんの洋服がなくなっちゃうから、キャサリンさんに怒られる! 」
キャサリンの力は絶大だ。
マシューは精霊から聞いたことを秘密にすると言った。
休憩が終わると二人は裏庭に案内された。
こちらの庭も立派すぎてヴァージニアはポカンと見ていた。
「ジニー、僕達はしばらく正面玄関に行けないね。だけどさ、秘密のお客さんなら裏から出入りすればいいんじゃないかな? 」
それだと人目に付かなくていいが別の問題が生じる。
「それだと余計に目立つんじゃない? どうして裏から出入りしたのかを他の人に聞かれたら答えに困っちゃうでしょ。ま、最初から言い訳を用意しておくのも手だけど、ボロが出ちゃうかもしれないしさ」
コソコソするのは内緒にしたいことがあると言っているようなものだ。
お金持ちには敵が多いので弱みを握られるのは避けたい。
「これは犯人にも言えるかもね。きっと犯人は堂々としていたから、今まで盗まれたって気付けなかったんだ。となると……」
「なると? 」
「……分かんないっ! 」
マシューの推理はここまでのようだ。
彼が名探偵になるにはまだまだ知識や経験が足りないのだろう。
「そんでさぁ、屋敷の中で他のお客さんと会わないようにするのも何か言われそうだけど、なんでするのかなぁ? 」
「えー……。多分お客さんは忙しい方なんだよ。他のお客さんと会ったら挨拶しないといけないから、その時間を省きたいのかもね。そもそも別々のお客さんが同じ時間帯に屋敷にいるのってあんまりないだろうから、今回は特殊なんだよ」
ヴァージニアは何とかしてマシューが納得しそうな理由をひねり出した。
正直苦しい言い訳だが、ジャスティンは使用人も寄せ付けないようにしている感じなので、他の客を近づけないのは当然だ。
それほどの秘密なのだろうが、マシューがこれを知ったら絶対にヴァージニアに話してくる。
彼女はそんな大きな秘密を聞きたくない、と思いつつも、デザイナーに頼むのだからおそらくは特殊な服を作って貰うのだろうと考えている。
「おおー。それもそっか」
マシューは今のヴァージニアの説明で納得いったようなので、二人は裏庭を散策することにした。
ここにも精霊や幽霊がいるようで、マシューは空中を見たり中途半端な場所を見たりしている。
相変わらずヴァージニアは集中しないとそれらが見えなかった。
(妖精さんなら見えるようになったんだけどなぁ。もしかしてあの妖精達の見方だけ覚えたのかな? )
ヴァージニアは妖精でも別の個体だと見えないのではないかと推測した。
それなら今マシューには見えている者達がヴァージニアには見えない理由が分かる。
彼らの見方を知らないからだ。
ならば先ほど見た精霊や幽霊ならば再び会った時に普通に見えるのではないか。
「うーん、ここには他の精霊さんより大きな力を感じるんだけど……隠れてるのかな? 全然姿が見えないや。怪しまれてるのかな? 」
マシューを怪しむ精霊がいるらしい。
それともヴァージニアが怪しまれているのだろうか。
「精霊さんだって休憩はするよ。また明日にでも話を聞きに来よう」
「そうだね。……あ、人間だ」
ヴァージニアは人間の幽霊がいるのかとドキドキしたが、庭師の男性が木の陰から出てきただけだった。
彼女は彼を凝視して何度も生きている人間だと確認した。
「こんにちは! 僕はマシュー、こっちはヴァージニアだよ。ジャスティンさんの身のまわりで起きてる不思議な事を解決しに来たんだ」
庭師は二人の目の前まで来て会釈をした。
「ああ、君達が。どうぞよろしく」
「お庭で何か変わった事は起きてない? 」
「いやぁ……特には。……あ、最近犬と猫が住み着いたみたいだけど排泄物がないんだよね。どこで用を足してるんだろうって皆で話してるよ」
動物の排泄物は庭の景観を損ねるし衛生的にもよくない。
管理している木々にも悪影響を及ぼす可能性もある。
「どんな犬さんと猫さんなの? 」
「それがねぇ、鳴き声はするんだけど誰も姿を見てないんだよ。何処か隙間に入っちゃって出られなくなっちゃったのかなぁ? 」
庭師はうーんと唸り首を傾げた。
「早く助けてあげないと! 」
「と思って声がするところを探しても何処にも隠れられそうな場所はないんだよ。ここは縄張りの一部なだけで住んでいないのかな? 」
ならば姿が見えないのは分かるが、マーキングをしていないのは変だ。
それに犬と猫なら互いに避けるか縄張り争いで戦ったりしないのだろうか。
「精霊さんに聞いてみるね」
「今は大きいのがいないみたいだけど大丈夫かい? 」
庭師は見えはしないが存在を感じられるらしい。
「小さい精霊さんでも大丈夫だよ。あ、こっち来てくれたよ」
小さな光の玉がマシューの周囲に集まって来た。
皆がマシューに色々と教えているらしく、彼はふむふむと言って話を聞いていた。
「すごい子だなぁ。最初は子どもが解決出来るのかって思ったけど、これなら大丈夫そうだなぁ……」
庭師は呆気に取られている。
正直言うとヴァージニアも驚いていた。
それほど現実離れしすぎて、とても神秘的な光景だったのだ。
「あのね、犬さんと猫さんは前から来てたんだって。けど最近見かける回数が増えたんだって」
「ええ? そうなのかい? 全然気が付かなかったよ」
排泄物の他に足跡も体毛もなかったので、誰も犬と猫が来ているのを知らなかったそうだ。
「ま、庭木に悪さをしないからいいか」
「精霊さん達も犬さんと猫さんも、この庭を気に入っているから悪いことしないし、そんな奴見つけたらとっちめるって」
「本当かい? 皆にも言っておくよ。喜ぶだろうなぁ」
庭師は目尻の皺が深くなるほどニッコリと笑った。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。
古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。
頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。
「うおおおおお!!??」
慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。
基本出来上がり投稿となります!

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


マヨマヨ~迷々の旅人~
雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男)
んで、あの世で裁判。
主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。
襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。
なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。
オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。
では、才能溢れる俺の初クエストは!?
ドブ掃除でした……。
掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。
故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。
『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる