転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ

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 マシューは出された菓子が気に入ったらしくバクバクと食べている。
 彼はお洒落な包み紙を高速で開けては口に放り込み、何度も咀嚼して味わっていた。

「お気に召したようですのでお部屋にもご用意いたしましょう」
「いいの? もう二度と食べられないと思っていっぱい食べちゃった」

 マシューがいつもお菓子を食べていないかのような発言をするので、ヴァージニアは顔が赤くなった。
 彼女は彼に高級そうな菓子は頂き物でしか食べさせていないが、お手頃な価格のものは適度に与えているので、こんな風に言われるとは思ってもみなかった。

「マシュー、お口の周り拭こうね」
「そうだった。僕は身だしなみを整えられる子どもだった」

 そんな設定かのような発言をするマシューである。
 ヴァージニアは苦笑しながら彼が口を拭くのを見守った。

「とっても美味しかった。ジニー、これ初めて見るお菓子だね」
「うん。ここだけのお菓子かもね」

 使用人の若い男性によると、西都にある老舗の菓子店の商品だそうだ。
 と言っても西都は歴史の古い都市なので、老舗の店は数多くある。

「こちらのお菓子は西都限定販売なので他の地域では手に入らないのです。ですので他地域からいらしたお客様にはこちらをお出しすることが多いのです」
「……さっき来たお客さんにも出すの? 」

 マシューはまだ対応の違いを気にしている。
 彼には今いる部屋までの移動中にジャスティンの挨拶する声が聞こえたらしく、僕達と違うと呟いていたのだ。

「申し訳ございませんが、個人情報なのでお答えいたしかねます。……ですが、よく他の地域からいらした方だとお分かりになりましたね」

 結局使用人の若い男性は個人情報を言ってしまっているが、ヴァージニアは聞かなかったことにした。

「精霊さん達がわざわざ集まってジロジロ見に来てたからね。また来たって言ってたし」

 ヴァージニアはこれだけで分かるものなのかと感心した。

「それでね、精霊さん達はあのお客さんを面白がってる気がする。なんでだろう? 」
「えーっとマシューが調べるのは幽霊達と犯人だよね」

 おそらく客はジャスティンの後援者だろうから詮索しないに限る。

「そうだけどね、犯人と繋がるかもしれないしさ」
「マシュー、違うって分かってるんでしょう」

 これはマシューのニッコリと笑った顔を見れば一目瞭然だ。

「へへっ、バレちゃったか。だってすでに地位と名誉があってお金も持っているのに盗むなんてあり得ないもんね」

 マシューがさらりと言うので使用人達は困った笑顔を浮かべていた。
 ヴァージニアは慣れているが、小さな子どもがこんなことを言ったら驚くだろう。

「今の生活を捨てるなんて馬鹿なことをする人じゃないと思う」
「……マシューはお客さんに会ってないよねぇ? 」

 マシューは客の声を聞いただけだ。
 それも遠くで話している声のみである。

「って精霊さん達が言ってる! 」
「そっか。精霊さんが言ったんだねぇ……。ん? 」

 精霊らしき光の玉が菓子の滓を食べている。
 使用人達もそれに気付いて光の玉を見た。
 そんな中でマシューは精霊と会話を続けた。

「えー、そうなの? 皆はそれを面白いって思ったんだね」

 これはかなり拙い情報なのではないか。
 ヴァージニアは衝撃のあまり美味な菓子の味を忘れた。

「マシュー、精霊さんから聞いたことは誰にも喋っちゃ駄目だよ。個人情報だからね。秘密だよ」
「……ジニーにも喋っちゃ駄目なの? 面白いのに? 」

 マシューのクスクスとした笑い声と表情から、ヴァージニアはとんでもない秘密だと断定した。

「駄目だよー」
「後でこっそりでも駄目なの? 」

 マシューはティーカップに手を伸ばし、お茶で喉を潤した。

「こっそりも駄目だし、勝手に話し出すのもやめてねー。口が軽いのはよくないよねー」
「別に精霊さんからは喋っちゃ駄目って言われてないよ」

 マシューは少々むくれている。

「ジャスティンさんが秘密を漏らしたって思われちゃうでしょう。そうなったらお仕事出来なくなっちゃうよね」

 秘密と決まったわけじゃないが、精霊が面白がっているらしいので誰にも言わないに越したことはない。
 現に使用人達がハラハラとしているので、先ほどの客が来た時は今回だけでなく常に人払いをしていると考えるべきだ。

「ハッ! そしたらキャサリンさんの洋服がなくなっちゃうから、キャサリンさんに怒られる! 」

 キャサリンの力は絶大だ。
 マシューは精霊から聞いたことを秘密にすると言った。



 休憩が終わると二人は裏庭に案内された。
 こちらの庭も立派すぎてヴァージニアはポカンと見ていた。

「ジニー、僕達はしばらく正面玄関に行けないね。だけどさ、秘密のお客さんなら裏から出入りすればいいんじゃないかな? 」

 それだと人目に付かなくていいが別の問題が生じる。

「それだと余計に目立つんじゃない? どうして裏から出入りしたのかを他の人に聞かれたら答えに困っちゃうでしょ。ま、最初から言い訳を用意しておくのも手だけど、ボロが出ちゃうかもしれないしさ」

 コソコソするのは内緒にしたいことがあると言っているようなものだ。
 お金持ちには敵が多いので弱みを握られるのは避けたい。

「これは犯人にも言えるかもね。きっと犯人は堂々としていたから、今まで盗まれたって気付けなかったんだ。となると……」
「なると? 」
「……分かんないっ! 」

 マシューの推理はここまでのようだ。
 彼が名探偵になるにはまだまだ知識や経験が足りないのだろう。

「そんでさぁ、屋敷の中で他のお客さんと会わないようにするのも何か言われそうだけど、なんでするのかなぁ? 」
「えー……。多分お客さんは忙しい方なんだよ。他のお客さんと会ったら挨拶しないといけないから、その時間を省きたいのかもね。そもそも別々のお客さんが同じ時間帯に屋敷にいるのってあんまりないだろうから、今回は特殊なんだよ」

 ヴァージニアは何とかしてマシューが納得しそうな理由をひねり出した。
 正直苦しい言い訳だが、ジャスティンは使用人も寄せ付けないようにしている感じなので、他の客を近づけないのは当然だ。
 それほどの秘密なのだろうが、マシューがこれを知ったら絶対にヴァージニアに話してくる。
 彼女はそんな大きな秘密を聞きたくない、と思いつつも、デザイナーに頼むのだからおそらくは特殊な服を作って貰うのだろうと考えている。

「おおー。それもそっか」

 マシューは今のヴァージニアの説明で納得いったようなので、二人は裏庭を散策することにした。
 ここにも精霊や幽霊がいるようで、マシューは空中を見たり中途半端な場所を見たりしている。
 相変わらずヴァージニアは集中しないとそれらが見えなかった。

(妖精さんなら見えるようになったんだけどなぁ。もしかしてあの妖精達の見方だけ覚えたのかな? )

 ヴァージニアは妖精でも別の個体だと見えないのではないかと推測した。
 それなら今マシューには見えている者達がヴァージニアには見えない理由が分かる。
 彼らの見方を知らないからだ。
 ならば先ほど見た精霊や幽霊ならば再び会った時に普通に見えるのではないか。

「うーん、ここには他の精霊さんより大きな力を感じるんだけど……隠れてるのかな? 全然姿が見えないや。怪しまれてるのかな? 」

 マシューを怪しむ精霊がいるらしい。
 それともヴァージニアが怪しまれているのだろうか。

「精霊さんだって休憩はするよ。また明日にでも話を聞きに来よう」
「そうだね。……あ、人間だ」

 ヴァージニアは人間の幽霊がいるのかとドキドキしたが、庭師の男性が木の陰から出てきただけだった。
 彼女は彼を凝視して何度も生きている人間だと確認した。

「こんにちは! 僕はマシュー、こっちはヴァージニアだよ。ジャスティンさんの身のまわりで起きてる不思議な事を解決しに来たんだ」

 庭師は二人の目の前まで来て会釈をした。

「ああ、君達が。どうぞよろしく」
「お庭で何か変わった事は起きてない? 」
「いやぁ……特には。……あ、最近犬と猫が住み着いたみたいだけど排泄物がないんだよね。どこで用を足してるんだろうって皆で話してるよ」

 動物の排泄物は庭の景観を損ねるし衛生的にもよくない。
 管理している木々にも悪影響を及ぼす可能性もある。

「どんな犬さんと猫さんなの? 」
「それがねぇ、鳴き声はするんだけど誰も姿を見てないんだよ。何処か隙間に入っちゃって出られなくなっちゃったのかなぁ? 」

 庭師はうーんと唸り首を傾げた。

「早く助けてあげないと! 」
「と思って声がするところを探しても何処にも隠れられそうな場所はないんだよ。ここは縄張りの一部なだけで住んでいないのかな? 」

 ならば姿が見えないのは分かるが、マーキングをしていないのは変だ。
 それに犬と猫なら互いに避けるか縄張り争いで戦ったりしないのだろうか。

「精霊さんに聞いてみるね」
「今は大きいのがいないみたいだけど大丈夫かい? 」

 庭師は見えはしないが存在を感じられるらしい。

「小さい精霊さんでも大丈夫だよ。あ、こっち来てくれたよ」

 小さな光の玉がマシューの周囲に集まって来た。
 皆がマシューに色々と教えているらしく、彼はふむふむと言って話を聞いていた。

「すごい子だなぁ。最初は子どもが解決出来るのかって思ったけど、これなら大丈夫そうだなぁ……」

 庭師は呆気に取られている。
 正直言うとヴァージニアも驚いていた。
 それほど現実離れしすぎて、とても神秘的な光景だったのだ。

「あのね、犬さんと猫さんは前から来てたんだって。けど最近見かける回数が増えたんだって」
「ええ? そうなのかい? 全然気が付かなかったよ」

 排泄物の他に足跡も体毛もなかったので、誰も犬と猫が来ているのを知らなかったそうだ。

「ま、庭木に悪さをしないからいいか」
「精霊さん達も犬さんと猫さんも、この庭を気に入っているから悪いことしないし、そんな奴見つけたらとっちめるって」
「本当かい? 皆にも言っておくよ。喜ぶだろうなぁ」

 庭師は目尻の皺が深くなるほどニッコリと笑った。


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