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指摘される!

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「マシュー君、大丈夫ですか~? 」

 案内所の女性は机状の台越しにマシューを覗き込んだ。
 ヴァージニアは唸っているマシューを見ながら、忘れていたのはこれかと苦笑いした。
 ブラシの売り方を方向転換したのに、その違いを考慮していなかったのだ。
 出稼ぎに来る狼人達は、彼らの国の威信もあるので実力がある人しか選抜されないそうだ。
 そんな彼らは当然ながらオーラが見えたり匂いで他者の属性が分かったりするらしい。
 なのでプレゼント用でもその人に合ったブラシを買える。

「ううう……忘れてたよ……。僕としたことが……」
「マシューしっかりして」

 ヴァージニアはマシューを立たせたが、彼はぐったりして彼女に寄りかかっている。

「マシュー君がお手伝いって形で販売員をすればいいんじゃないですか~? 」
「それならマシューが属性付与したかは分からないですし、その人に合った属性の物を売れますね」
「そう? 」

 マシューはヴァージニアに寄りかかるのをやめ、腕を組んで首を傾げた。

「ああけど、買いに来たのがブラシの使用者本人じゃないとダメですね~」
「本人限定かぁ。この方法だと沢山売るのは無理そうだなぁ……」
「残念だったねぇ……」

 マシューは牧場でのブラシの販売を諦めたようだ。
 彼は話を聞いてくれた案内所の女性にお礼と言って、彼女のヘアブラシに属性付与した。
 彼女が試しに前髪を梳かすと髪に艶が出た。

「わわ、こんなに効果があるとは! 驚きですよ~。家族や友人に勧めたいですね~。こうやって噂が広がっていってお客さんが増えるのもアリじゃないですか~? 」

 女性は鏡を見ながら前髪を撫でていた。
 マシューが属性付与したブラシで髪を梳かすと手触りもよいのだ。

「ふぅん? そう? 」

 マシューはピンと来ていないようだ。

「口コミですね」
「そうです~」

 マシューはふむふむと言った顔をしている。

「けどさ、影響力が大きい人でないと広まらないんじゃない? 」

 手っ取り早くインフルエンサーに依頼すれば良いが、それにはお金がかかるし、購入希望者数が急激に増加したらいくらマシューでも疲労で倒れてしまうかもしれないし、いちいち使用者と対面していたらとても時間がかかる。
 注文した期間から日が経過したら希望者から文句を言われかねない。
 
「現実的だね」

 そう、マシューはギャンブルめいたことはしない。
 堅実なのだ。

「口コミを広めるためにどれだけの数のブラシに属性付与すればいいの? 僕はコロッケの研究もしないといけないから暇じゃないんだよね」

 マシューはやれやれとした表情をしたが、キャサリンがいたら生意気と言われていただろう。

「コロッケ大事ですもんね~」

 マシューはそうだよと笑顔で言うと、女性はブラシのお礼にソフトクリームを奢ってくれると切り出した。
 話がこれ以上進展しそうになかったので有り難い申し出だとヴァージニアは思った。

「んー、でもなぁ。寒いからなぁ」
「マシュー、暖房の効いた部屋で食べるアイスはとっても美味しいんだよ」
「ですね~」

 マシューは二人の微笑みを見て目を輝かせ、ミックスソフトクリームを食べた。
 彼の一口は大きいので、暖房の熱で溶ける間もなくすぐに彼の腹の中に消えていった。

「ブラシの値段はどうしたらいいんだろう? ソフトクリームよりはずっと高いよね」

 マシューはヴァージニアから渡されたティッシュで口の周りの汚れを拭いた。

「ふふふ、もっと食べたいですか~? 」
「お腹が冷えちゃうし、食べ過ぎるとジニーが怒るから一つで大丈夫だよ」

 後半の言葉は余計である。

「キャサリンさんはそういうの詳しそうだけど、あんまり良く思ってなさそうだしなぁ……」

 ここで、マシューの通信機が鳴った。
 キャサリンからだったので、マシューは地獄耳と呟いて顔が青ざめた。
 彼が出るのを嫌がったので、仕方なくヴァージニアが代わりに出た。

「あら、ヴァージニア。マシューは側にいるわよね。まぁいいわ、討伐依頼が入ったからすぐにギルドに戻るように伝えてちょうだい」
「ジニー……僕はいないって言って……」

 マシューはヴァージニアにこっそりと言ったつもりのようだが、声を潜め切れていない。

「聞こえてるわよ。いいテレビが買えるほどの報酬が貰えるからすぐに来なさい」
「コロッケは? って聞いて……」

 マシューはもはやワザとではないかと言うくらいハッキリと聞こえる声で言っている。

「聞こえてるって言ってるでしょ。帰りに買ってあげるからさっさと来なさい」

 マシューはわーいと喜び、とうめいと別れの抱擁をしに走って行きギルドに転移魔法テレポートして行った。

「あっという間でしたね~」
「そうですね……」

 ヴァージニアは案内所の女性に礼を言い、とうめいの所に向かった。



 とうめいはヴァージニアの姿を見て、歓迎するかのように飛び跳ねた。
 他のスライム達もぽよぽよと跳ねている。
 ヴァージニアは可愛らしい光景に頬が緩むが、彼女が他のスライムに好かれている理由が分からない。
 彼らはとうめいの真似をしているだけだなとヴァージニアは納得した。

(とうめいが気に入っているものは無条件で気に入るんだよ、きっと)

 とうめいは他のスライムと比べたらかなり大きいのでリーダーのような存在だ。
 なので他のスライムがとうめいの真似をするのも分かる。

「……! 」
「どうしたの? 」

 とうめいは他のスライムを押してヴァージニアの前に並べた。
 彼らは何かを期待しているように彼女の目に映った。

「撫でて欲しいのかな? 」

 どうやらそのようなので、ヴァージニアは順番にスライム達を撫でていった。
 どのスライムも綺麗な妖精がベッドにしたがるであろう感触だったが、ブルースライムはグリーンスライムよりやや冷たかった。

(あれ? この撫でる人って水属性の人なら誰でもいいんじゃ……)

 などとヴァージニアは思ってしまったが、とうめいは信用出来る人間にしか彼らを撫でさせなかったりする。
 とうめいは観光客が来てもスライム達を撫でさせたりしないのだ。

「そうだ。お水を持って来ようかな。ちょっと待っててね」
「! 」

 ヴァージニアは案内所に戻り如雨露を借りた。
 大きい如雨露なので水は彼女が持てるくらいの量を入れた。
 ヴァージニアがとうめい達の所に行くと、彼らは今か今かと飛び跳ねたり震えたりしている。

「お待たせ」

 ヴァージニアがとうめい達に水をかけると、まるで日照りで苦しんでいたかのようにとうめい達は大喜びした。

「美味しいんだねぇ」

 サンドスライムは水は苦手だが、グリーンやブルーのスライムは水が大好きだ。
 レッドとイエローのスライムも水は積極的に摂取しないらしいが、サンドスライムほどではない。

「そう言えば、北の国には白っぽいスライムがいるって言ってたね。雪とか氷の色かな? 」
「! 」

 ヴァージニアは少し凍っているのだろうかと予想していた。
 とうめいは一度凍って死にそうになった経験があるので、寒さに適応したスライムなんて信じられないだろう。
 彼女がとうめい達に水をかけ終わった頃、グリーンがやって来た。

「おや? マシュー君は帰っちゃいましたか? 」
「はい。討伐の依頼が入ったみたいです」

 グリーンはマシューにとうめいの返却の署名をして欲しかったようで、ヴァージニアが代理で署名した。

「最近忙しそうですね。彼ほどの才があれば当然と言えば当然なのでしょうけど、彼はまだ子どもですから心配です……」
「マシューを指導して下さっている先生が一緒なので大丈夫だと思います」

 キャサリンがマシューの側にいて何かが起るとは考えられない。
 討伐も依頼内容を入念に確認しているだろうから気を揉まなくてよい。

「勿論そうでしょうけど、もっとゆっくりと学ばせないとマシュー君の心身の負荷が大きくなってしまうのではないでしょうか……」
「そう、ですね……」

 ヴァージニアはキャサリンを信じ切っていたので、指導方針に疑念を抱いていなかった。
 言われてみれば、エミリーとアリッサがキャサリンとマシューの特訓について、最初からレベルが高いことをしていると驚いていた。
 しかし特訓が続くとヴァージニアは自身の無力さに気を取られて、マシューは元の能力が高いから現在の特訓内容は当たり前だと思ってしまっていた。
 能力がある者ならどんどん先に進むものなのだと、彼女のような落ちこぼれはのろのろとほぼ止まっているかのように進むのだと。
 ヴァージニアは最近実力者にばかり会っていたので、マシューが置かれている状況がおかしいと感じず、そういう物なのだと感覚が麻痺していた。
 いや、ヴァネッサも子どもの時は今のマシューのようには稽古等はしておらず遊んでいたような発言をしていたので、やはりマシューの特訓内容は異常なのだ。

(キャサリンさんはなんでこんなに急いでいるんだろう……? )

 マシューはまだ子どもだ。
 これからいくらでも学べる。
 いくら潜在能力が高いと言っても、じっくりと特訓や修業をしてもいいのではないか。

「マシュー君の先生は王立魔導大学の理事長をなさっていた方だそうですから、間違いはないとは思いますけど……。ああ、部外者なのに口を挟んでしまいすみません」
「いえ、心配してくださってありがとうございます。私もどこか麻痺していたようです」

 ヴァージニアはキャサリンに詰め込みすぎの特訓に文句を言ってやろうと決意した。


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