転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ

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ケンタウロス!

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 ヴァージニアは今の食事だけで一月分の肉を食べた。
 と言うのは流石に言いすぎかもしれないが、それくらい肉まみれだったのだ。

(やっぱり狼人だからお肉しか食べないのかな? )

 ヴァージニアは町に行って夕食と朝食の分の食材を買おうと思った。
 だが一人で町まで行って平気なのだろうか。
 町までの道のりでケンタウロスに遭遇してしまわないか不安だった。
 いつもだったら転移魔法テレポートで逃げられるが、今は出来ないので怖いのだ。

「よし、腹も膨れたし俺も仕事するか」

 コーディの言葉にティモシーが紙の地図を出してダウジングを始めた。
 いつもの探知魔法は魔水晶の不具合により正確性が不明なのでこの方法にしたようだ。

「分かっていると思うが、ケンタウロスの足跡などの痕跡があったのは印がついている箇所だ」

 グレゴリーが鋭い爪がついている指で地図を示すと、コーディは覗き込んで確認した。
 ケンタウロスは下半身が馬なので行動範囲が広いのが読み取れる。

「まだ人は襲われていないのか? 」
「時間の問題だろうな。国境の向こうでは家畜や野良の犬猫が何頭もやられてるそうだ」

 ヴァージニアは血生臭い話は嫌だが、出没場所を確認すべく彼らの話を聞いていた。
 最初の目撃地点から南下してきており、現在は森の中に潜伏中だそうだ。
 ヴァージニアは想像していたよりも危険な状況であるのが分かり顔面蒼白だ。

「ヴァージニア、このログハウス周辺には魔物や魔獣避けを施してあるから、この中にいれば大丈夫だよ」
「ありがとうございます……」

 ヴァネッサは人間でいう笑顔のような表情をした。
 狼よりも狼人は表情筋が発達しているようだ。

(生き物を襲って食べているのかな……。けど食べている間に捕獲されてないし、腐った屍肉がどうのってさっき言ってたから肉を保管しているのかな? じゃあねぐらにしている場所があるんじゃ……)

 ヴァージニアは考察してみたが、コーディ達はプロなのですでに探しているだろう。
 だが見つかっていないのなら塒はないし、肉は保管していないと考えられる。

(屍肉じゃなくてそれに似たものの匂いとか……。発酵食品ですっごい臭い奴あるし……。って、ケンタウロスがそんな珍味を食すはずないか)

 では何故酷い匂いがするのか。
 ここでヴァージニアの頭にボンヤリと何かが浮かんだ。

「……本人の匂い? 」
「ん、どうしたんだ? 」

 ヴァージニアは思わず声を出してしまい、それにダヴィードが反応した。
 そしてグレゴリー達も気付いてヴァージニアに顔を向けた。

「グレゴリーさん、襲われた家畜達には食べられた痕跡があったんですか? 」
「ん、いや、引きちぎられたりして酷く傷付けられていたから判別は出来ていなそうだが……」
「ちょっと待ってくれ。……そうだなぁ、写真を見たが体の一部が減ったようには見えなかったぞ」

 イサークによると、どの遺骸も繋ぎ合わせれば欠損箇所はなく五体満足だったらしい。
 報告書を読み返すと被害頭数と一致したので、ケンタウロスは動物を食べていないと結論が出た。

「ケンタウロスは殺した動物を食べないのか。俺達と違って食べる必要がないのか? 」

 ヴァージニアは地竜達も食事をしないと伝え、さらにケンタウロスと同じ理由かは不明だと付け加えた。

「地竜さん達は自然から魔力を得られるので食事は滅多にしないそうです」
「ケンタウロスもそうなのか不明だが、食事の必要がないって可能性もあるのか……」
「思ったんだけど、ケンタウロスって肉食なのかな? 草食なのかな? 」

 ケンタウロスの口は人間の物だけだが、内臓は人間と馬の分がそれぞれありそうだ。

「あー、人間の胃と馬の胃を持ってるもんな。いやしかし、普通の生き物と同じ体をしているのか? 」

 これは解剖して見ないと分からないが、中身は人間達とは全く違うのかもしれない。

「どちらの胃でも消化できるように、草だけ食べてるとかかな? 」
「それだと生き物を殺す理由はなんだ? 楽しんでいるだけなのか? 」
「家畜を食っていない時点でそうだろう」

 グレゴリーに言われ、コーディはああそうかと呟いた。

「思っていたより危険すぎる。早々に討伐しないと拙そうだ」

 グレゴリーがより一層鋭い目つきになったのを見て、ヴァージニアは一刻も早くこの場から逃げ出したかった。

(魔水晶の馬鹿ー! なんでこんな時に不具合起こすのー! )

 今すぐ逃げだしたいヴァージニアは心の中で暴言を吐いた。
 そんな彼女にダヴィードが話を戻すために再び話しかけてきた。

「で、ヴァージニアが先ほど言った本人の匂いってなんだ? 」
「私達が獣臭いとかじゃないよね? 他の三人は知らないけど私はちゃんと体を洗ってるよ」

 ヴァネッサが他の狼人三人に文句を言われるのを人間三人は苦笑しながら見ていた。

「えっとですね、酷い匂いはケンタウロス自身が放っているんじゃないかなと思いまして」
「水浴びをしていないのか? 」

 グレゴリーは首を傾げており、他の者達も不思議そうな顔をしている。
 しかしコーディとヴァージニアは違った。

「いや……、違うな。体が腐ってるんだ」
「は? ケンタウロスのゾンビってことか? 」

 コーディの言葉にイサークは馬鹿馬鹿しいと思ったのか険しい顔つきになった。
 しかしすぐにグレゴリーが彼を諫めた。

「待て、少し前に禁術を使って動物の死体をくっつけた奴がいたよな」
「え? 捕まったんでしょう? 仲間がいるってこと? 」
「あるいは捕まる前に作ったとかだな。くそ……」

 コーディは急いでジェイコブに連絡し、グレゴリーは成人男性の行方不明者がいないかを周辺の国に確認し始めた。

「うへぇ、腐ってたからあんなに臭かったんだ。薬品の匂いもしたから惑わされてたよ」
「死体を保存するための薬品の匂いだったのか」

 狼人達の表情からすると余程嫌な匂いだったようだ。
 腐った匂いなら人間が嗅いでも悪臭に違いないから当然の反応だろう。

「ヴァージニア、巻き込んでしまったようだ。すまない」

 本当は近くのギルドから別の人を呼ぼうと思ったが、ティモシーが南ノ森町のギルドには転移魔法テレポートが出来る人がいるからとグレゴリーと面識あるコーディを推薦したそうだ。
 顔なじみの方が連携も取りやすいと考えもあったらしい。

「いえ、大丈夫です……」

 ヴァージニアは嘘をついた。
 本当は全然大丈夫ではない。

「俺は食事を買ってくるか……。ヴァージニアは何か食べたい物はあるか? 」

 ヴァージニアはティモシーにお任せにしたが、そういうのが一番困ると言われた。
 彼女もマシューに夕飯に何を食べたいか聞いて何でも良いと言われたら困る。

(マシューはコロッケとしか言わないだろうけどね)

 ティモシーは笑いながら何を買って来ても文句を言うなと言った。
 そして一人では危険なので護衛にダヴィードを連れて町に買い物に出かけた。

「私はもう一回周囲を見てくるよ。ケンタウロスもサイレンに驚いて何か行動してるかもしれないし」

 ヴァージニアは森に行くヴァネッサを見送った。



 何分か経った後、コーディが通信機をテーブルの上に置いた。
 どうやら各所への連絡が一段落したようだ。

「ふぅ……」

 コーディの顔には疲れが見えた。

「コーディさん、何か分かりましたか? 」
「ジェイコブに言われて刑務所に連絡したんだが……、禁術使いは気がおかしくなってるから話が聞けそうにないらしい。それで資料を保管している研究所に連絡してケンタウロスを作ったのか調べて貰うことになった」
「資料って沢山あったんですよね」
「らしいな。こりゃ調べるのに時間がかかるかもしれないな」

 コーディが頭をぼりぼりと掻いていると、イサークがお茶をいれて持って来た。
 イサークは人間と同じように前から器用にお茶を飲んだのでヴァージニアは少し感動した。

「よく零さないで飲めるな」
「そりゃ練習したからな。横から飲む奴もいるぞ」

 おそらく牙の隙間から飲むのだと思われる。
 子どものうちから練習するそうで、どうやら人間に馬鹿にされないためらしい。

(なんだか申し訳ない……。それぞれの顔の構造に合ったカップがあればいいのに……。ストローだと熱い飲み物は飲めないしなぁ……)

 ヴァージニアが何か良い器はないかと考えていたら、グレゴリーがこちらにやって来た。
 行方不明者の確認が出来たのだろうか。

「どうだった? 」
「駄目だ。成人男性の行方不明者なんていすぎる。もっと年齢や容姿で絞り込めたらいいんだがな」

 狼人達は耳と鼻は良いが、視力は人間と同じか悪いくらいだ。
 それに彼らは遠くにいる姿しか見ていない。

「年齢も身長も分からないもんな。髪の色はどうだった? 」
「陰にいたから分からないが明るい色ではなかったな。だがかなり鍛えられた体をしていたのは分かった」

 これはすでに連絡相手に伝えてあるが、失踪時と体型が変わっている可能性もあるので絞り込めていないそうだ。

「素手で家畜を殺せるぐらいだからかなり強い奴だろ。禁術使いはそんな奴をどうやって捕まえたんだよ」

 コーディの言う通りだ。
 禁術使いは罠や魔法を駆使して捕らえたのだろうか。
 それとも男性はケンタウロスにされてから凶暴になったのだろうか。


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