転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ

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非常事態だ!

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「ぬおっ! 」
「わぁあ」

 狼人の二人は急いで耳を塞いだが、あまりに大きな音なのであまり防げていないらしく、苦痛で顔が歪んでいる。
 ヴァージニア達人間は顔を見合わせてみたが、会話出来ないので何が起きたのか確認出来ない。
 サイレンは叫んでも何を言っているのか分からないほどの大音量で鳴っているのだ。
 皆がいつまで続くのかと思っていたが、このサイレンは一分ほどで止んだ。

「お、止まったな」

 サイレンが鳴ったのだから何か非常事態が起きたのだと、皆が身構えて放送を聞いていると、ヴァージニアの顔が真っ青になった。
 寒さのせいでもあるが、もっと恐ろしいことだった。

「また魔水晶のトラブルか。最近多いな」
「魔力の流れが乱れるんだったか。あ、ヴァージニアは帰れるのか? 」

 皆はヴァージニアの顔を見たので、彼女が何も言わなくても分かったようだ。

「今の時間だと、ここからじゃ馬車を乗り継いでも日が暮れるまでに帰れないだろうな……」

 コーディの言う通り、かなり距離があるのでどう頑張っても間に合わず、どこかで一泊せねばならない。
 なのでコーディはヴァージニアに転移魔法テレポートを依頼したのだった。

「うん、まあここに泊まっていってくれ」
「ありがとうございます……」

 もふもふした人達に何度も引き止められたせいだ、とヴァージニアは思ったが口には出さなかった。

「私の部屋のベッド空いてるからそこに泊まりな! ね、そうしなよ! 」

 ヴァネッサはヴァージニアと違い、なんだか嬉しそうだ。
 いや、同情されるよりこうやって明るく接される方が有り難いのかもしれないとヴァージニアは思った。

「ではお邪魔しますね」

 ヴァージニアは皆について行きログハウスの中に入った。



 中に入ると他に狼人が二人いた。
 ヴァネッサが野郎ばかりと言っていたので男性だろう。
 実際男物の服を着ているし、体つきもヴァネッサよりがっしりとしている。

「また魔水晶のトラブルだそうだな。しばらく魔力消費量が多い魔法は使えない、か……。ヴァージニア、災難だったな」
「ええ、はい」

 ヴァージニアは何故彼が自分の名前を知っているのか、彼と会ったことがあっただろうかと考えたが心当たりがない。
 となると彼らの聴力のおかげだろう。

「俺はイサーク、こいつはダヴィード」

 イサークは毛が白く、ダヴィードは灰色だ。
 グレゴリーも灰色の毛をしているが、ダヴィードには顔に傷がついているので判別出来る。
 ちなみにヴァネッサは茶色い毛である。

「ヴァージニアです。よろしくお願いします」
「よろしくな」

 挨拶が終わり、コーディは改めてティモシーから現状を聞いた。
 ヴァージニアは聞く必要はないが、流れで目撃場所や被害状況を聞いていた。

「どんな姿をしているんだ? 魔獣か何かか? 」
「……それがだな、上半身が人間で下半身が馬なんだよ」
「は? 」
「え? 」

 コーディとヴァージニアはポカンとし、ティモシーとグレゴリー達も困った表情になっている。
 それほどおかしな話なのだ。

「その姿だとケンタウロスだろ? 何処かから紛れ込んだのか? 」
「何処かって何処にいるんだよ……。もういないだろ。少なくとも俺達の世界には」

 千年前には人間と共にいたと言われているが今はいない、らしい。
 あくまでらしいなので、実は何処かの秘境にいるかもしれないが、いないものはいない。

「いや、だから別のところから紛れ込んだんだろ? お忍びかもしれないぞ」
「確かにそういう例もあるから先輩方に聞いてみたが、ユニコーンやペガサスは見たことがあってもケンタウロスは見たことがないそうだ」

 ユニコーンやペガサスはケンタウロスと同じく馬の体を持つ伝説上の生き物だ。
 ヴァージニアは某お金持ちの家の庭にあった植木、トピアリーを思い出していた。

「ねぇ、千年前にはいたっていう生き物は、神の世界に帰ったっていうけど本当なのかな? まさか元からいなかったとかないよね? 」
「こればっかりは昔の人を信じるしかないだろう」

 ヴァージニアはマシューに聞いたら分かるだろうかと思ったが、彼ら家族は他の人間から隠れて暮らしていたらしいので見ていないだろう。
 ならばジェーンやキャサリンならどうだろうか。
 この二人なら世界中を旅しているので見ていなくても話を聞いていないだろうか。

「んで、どこから来たのかは置いておいて、その伝説上の生き物と同じ格好の奴が暴れていると言うんだな」
「ああそうだ。一度遠目で見たが体中に血が付いていた」

 獲物の返り血を浴びたのか体中が真っ赤だったそうだ。
 匂いも酷かったらしい。

「その匂いを辿れないのか? 」

 彼らの鼻を使えばすぐに見つけられるはずだ。

「そうなんだが……。変な匂いなのは覚えている。腐った屍肉を喰ったのか酷い匂いだったし、何かの薬品の匂いもした」
「ああ。あんまり嗅ぎ続けたいと思えない匂いで、もう鼻がひん曲がりそうだった」

 イサークとグレゴリーが言うと、ヴァネッサは匂いを思い出したのか牙を剥きだして顔をしかめている。

「匂いが酷くて嗅ぎたくないというので、探知魔法が使える俺が残ったんですよ」
「なるほどな。危険だと思ったらすぐに退避しろよ」

 ティモシーはヴァージニアよりもずっと腕が立つがコーディほどではない。

「危険の察知は皆さんにお願いしたいですね」

 狼人は鼻が駄目でも耳がある。

「だよな。人間よりずっと得意なんだから頼むわ。足音は覚えたんだろう? 」
「まあな」

 ヴァージニアは色んな探知方法があるのだなと感心していた。
 だが嗅覚や聴覚はいくら人間が魔法で強化しても天性の物には敵わない。

(あ、エミリーさんとスージーならすぐに見つかるんじゃ……。お金がかかるから駄目か……)

 ヴァージニアが何かもっと良い方法はないかと考えていると、それに気付いたコーディに話しかけられた。

「ヴァージニアは何か意見はあるか? 」
「ありません。そもそも私は部外者ですし……」

 何か言って参加させられたら大変だとヴァージニアは思った。
 なので何も思いついていないふりをした。

「そうか? エミリーの便利な能力を考えてたんじゃないか? 」

 だが、コーディに見透かされていた。
 ヴァージニアはどうして分かったのか不思議でならない。

「何故それを……」
「フッフッフッ、何故なら俺も考えていたからだ! 」

 あんな便利な魔法をコーディが思いつかないはずがなかった。

「悪かったですねえ。エミリーほどの精度がなくて。けど、あんな特殊な魔法と比べないでくださいよ」
「けどあの一族の血が流れてるんだろ? 」

 コーディに言われるとティモシーは苦笑した。
 ヴァージニアは知らないことだったので少し驚いた。

「遠縁の遠縁なので、もはや親戚でも何でもないですから。俺はあんな便利な魔法出来ないですし」

 ティモシーが言うには特殊な魔法が使えなくても、一応血縁なので探知魔法が得意なのだろうとのことだ。

「それにエミリーはあの一族の中でも特に魔力が高かったはずです」

 ヴァージニアは一族全員があれだけの魔力を持っているのではないのだと安心した。
 あんなに魔力量が多い人が沢山いたら、ちょっとした喧嘩でもそこら辺が壊れそうだからだ。

「そのエミリーっていうのは犬の魔導生物を使う一族の人だったよな。後継者が優秀でよかったじゃないか」
「いやぁ、それがエミリーんちは分家らしいぞ~」
「わぁ……勝手に派閥が増えそう……」

 ヴァネッサは怯えた声色で言ったが、尻尾が激しく揺れている。

「大学を卒業したら次期当主に嫁がせるって話もあったとかないとか」

 ヴァージニアには真偽は分からないが、こうやって噂が拡散するのだなと冷めた笑いをした。
 仲間だと言ってくれた人の噂は嫌に感じたのだ。

「それで間接的に窮地を救ったのが当時理事長だったキャサリンさんだ。えーっと、ちょっと前までは大学の在学中にはギルドに所属出来なかったんだよ。当然仕事も出来ない。だが、キャサリンさんが長期休暇中のみギルドでの活動を可能にしたんだ。んで彼女達は腕が良いからすぐに世間に名が知れ渡ったってわけさ」

 それまでは大学が紹介する依頼しか受けられなかったそうだ。
 キャサリンが理事長のままだったのはこれが理由なのだろう。

「名が知れ渡っても結婚させられなかったのか? 」
「昔からいる家系だぞ? 頭カチカチなんだよ。当主より有能で名が売れてる嫁なんて目障りだろう。それに――」
「あ、女の人は家に閉じ込めてるんだ! 表舞台には出さないんだ! 」
「そういうこと」

 エミリー達は各地の有力者からも指名が入るので、エミリーを閉じ込められない。
 なのでエミリーには一族の名を広げさせるために活動を続けさせているらしい。

(売り出し中って……そういう意味もあったのか……)

 ヴァージニアは売れっ子なのに慢心せず向上心があるなとしか思っていなかった。

「ヴァージニア、大丈夫か? 」

 コーディは親しいエミリーの話を聞いてヴァージニアがショックを受けたと思ったようで心配している。

「ええ大丈夫です」
「そう言えば飯は食ったのか? 俺はまだだ」

 他の人達もまだだったので昼食になった。
 ただ、狼人用の食事なので肉しか出なかった。



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