転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ

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特訓4日目の夜!

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 四日目ともなるとマシューは慣れてきたのか入浴後すぐに眠らなくなった。
 初日よりハードになっているのにだ。
 ヴァージニアは彼の順応力に驚愕しながらも、マシューだものと思い一々驚くのをやめた。

「ジニー! ボディクリームを背中に塗ってー! 」

 ヴァージニアが塩水を移動させる練習をしていたら、マシューが風呂上がりでホカホカと湯気を出しながらパンツ一丁でヴァージニアの所に駆けてきた。
 なお彼の長い髪の毛は、ボディクリームを塗るのに邪魔にならないように頭頂部付近でまとめてある。

「はいはい」

 ヴァージニアは練習を中断して、マシューの背中にお徳用のボディクリームを塗った。
 乾燥する季節になってきたので保湿は大事である。

「ねぇねぇ、お尻にも塗った方がいいの? 」
「え、……好きにしなよ」

 マシューは手に残っている物を自身の尻に塗っていた。
 ヴァージニアは彼が何故脱衣所で背中以外を塗ってこないのか疑問に思っていると、彼はポーズを取って見せてきた。

「見て見て! 前よりも筋肉ついてきた! 」
「すごいねー。日々の特訓の成果だね」

 ヴァージニアは疑問の答えをこれだと知っている。
 彼女はマシューに保湿のためにボディークリームを買い与えた日から、毎日彼のボディビルダーポーズを見せられているのだ。

(マシューがこのまま体を鍛え続けたらムキムキになるのかな? )

 ヴァージニアは綺麗な顔で黒い長髪のマッチョを想像してみたが、あまり現実的でないのですぐにその絵は消えていった。

「服を着て髪の毛を乾かさないと風邪引いちゃうよ」
「はーい」

 マシューがポーズをやめてパジャマを着て髪の毛を乾かし始めたので、ヴァージニアは塩水を動かす練習に戻った。

(うーん、何度やってもちょっとだけしか移動しない……)

 ちょっととは量と距離の両方だ。
 ヴァージニアは先ほどマシューから出ていた湯気を思い出し、気体だったらどうだろうかと考えてみたが、やってみても気体は見えないので成功したか分からないだろう。

(一気に十滴ぐらいやってみよう。もしかしたら移動するかも)

 ヴァージニアはスポイトでグラスから塩水をを採り、掌に塩水を十滴垂らした。
 気を付けていないと手から零れてしまいそうだ。

(……無理か。そりゃそうだ。数滴でもダメなんだから)

 何度念じてみてもヴァージニアの手から塩水が移動することはなかった。
 彼女はタオルで掌を拭き、五滴分に挑戦すると数センチ先に移動した。
 もう一度五滴分を移動させてみたが結果は同じだった。

(五滴が限度ってこと? 少ないなぁ……)

 この調子だと塩分濃度を下げたら成功する気がしないので、ヴァージニアは水の魔法が使えるようになる日は来るのだろうかと心配になった。

(魔力の質を上げれば出来るようになるかな? 自然の魔力に近づければいいんだよね。明日キャサリンさんに聞いてみよう)

 一流にはなれなくても二流にはなれるらしいので、ヴァージニアは微かな希望を持って気分転換のために入浴することにした。



 ヴァージニアが風呂から上がると、マシューがダイニングテーブルで何かを書いていた。
 彼女は嫌な予感がして近寄ってみると、やはりマシューはキャサリンから止められた紋章魔法で遊んでいた。

「マシュー……、キャサリンさんからやらないように言われたよねぇ」
「はっ、夢中で気付かなかった! 」

 マシューはヴァージニアに隠れてやるつもりだったらしい。
 そんなに気に入っていたのかとヴァージニアが彼に聞くと、暇つぶしになるからと言った。

「……本、すぐに読めちゃうもんね」
「うん」
「そっか。そうだよね……」

 テレビがあったら暇つぶしになるのだろうが、ヴァージニアの遭難と入院と特訓で何週間も収入がないのでそろそろ生活費が危ない。
 なのでヴァージニアは明日あたりから仕事を再開しようと思っていた。

「ブラシを売ればテレビ買えるかな? 」

 ヘアブラシへの属性付与は使用者のオーラを見ないと出来ない。
 マシューがその場で見ないといけないので、彼の存在が知れ渡ってしまう。

「やっぱりコロッケ屋さんを開業するしかないんだね……」

 ヴァージニアが何も言わなかったので、マシューは目立ってはいけないと判断したようだ。
 彼女は何がやっぱりなのかよく分からないまま会話を続けた。

「コロッケ屋さんをやったら忙しくてテレビを見る暇なくなるんじゃない? 」
「そんなっ」

 マシューがテレビを買うためにコロッケ屋さんになるかのような言い方をしているのが面白い。
 それに大きさにこだわらなければ、お店を開業してまでテレビを買う必要はない。
 ヴァージニアがテレビをとても高価であるような話し方をするので、マシューはそうでもしないと買えないと勘違いしてしまったのだろう。

「テレビ以外の暇つぶしもあるんじゃないかな? 」

 例えばボードゲームやカードゲームなどだ。
 一人で遊べるゲームもあったと思われる。

「ふーん。一人でって、それ楽しいの? 」
「さあ? 」

 実を言うとヴァージニアは読書以外の暇つぶしが分からない。
 一人で遊べるボードゲームやカードゲームについてもよく分からないし、これらもマシューの教えてーの前では暇つぶしにならない可能性がある。
 だが、すぐに理解と攻略が出来るのは何かしらに使えそうで良さそうだ。

(勉強にも応用可能かな? )
「あ、そろそろ春入学の通信制学校の申し込み案内が出るんじゃ……」

 マシューは教科書の内容すぐに覚えてしまうだろうが、将来を考えて入るべきだろう。
 ヴァージニアはこれもキャサリンに相談してみようと思った。

「お料理の学校はないの? 」
「マシューの年齢だとお料理教室しかないんじゃない?」

 マシューはじゃあいいやと言った。
 彼は本格的に学びたいらしく、わいわいとやるのは嫌なようだ。

「そもそも学校で魔法を使って料理するのかなぁ……」
「おじさんは使ってるよ。ボーッてやってるよ」

 ギルドの厨房のおじさんは何発も火の玉を飛ばすぐらいなので火の魔法が得意なのだろう。

「おじさんはそうでも、他の人は食材を切るのも混ぜるのも鍋を振るのも人の手でやるかも」
「魔法でやれば簡単なのに」

 これを全て一人で魔法で出来る人物はどれくらいいるのだろう。
 魔力があっても調理のコントロールが難しいので、大体は分業制だと思われる。

「……ひょっとして皆は出来ないの? 」
「マシューと同じくらい出来る人は大勢いないかもね。あ、けどマシューでもプロの料理人の動きを再現出来るのかな? 」

 ヴァージニアがふと思いついて言った言葉にマシューが食らいついた。

「出来るよ! 一度見れば覚えられるもんね! 」

 マシューは剣豪の料理店に連れて行けと騒ぎ出した。
 彼はギルドの厨房見学では物足りないのだろうか。
 ヴァージニアはキャサリンとの特訓が終わらないと無理だと伝えると、彼は口をへの字にしながらも大人しくなった。
 彼はキャサリンの威圧感を思い出したらしく何かブツブツと言い出した。

「マッチョのおじさん……。僕もあれくらい大きくなったら怖くなくなるのかな……」

 ヴァージニアとマシューが見ているキャサリンの姿は大きく異なっている。
 彼女はマシューが怯える風貌とはどんな姿なのだろうと好奇心があるが、見たら最期なのではと恐怖心もある。

「……もう寝ようか」

 ヴァージニアはマシューがキャサリンのように完全に姿を変えられる変身魔法を覚えればヘアブラシを売れるのではと思ったが、もう考えるのが面倒になってきたので寝たかった。

「うん」



 二人は寝室にやって来た。
 ヴァージニアが自身のベッドに横になると、マシューも一緒に寝ようとしていた。

「夜は寒いからね。ジニーを温めないとね」
「うん、ありがとう……? 」

 マシューが寒いだけか、ヴァージニアと一緒に寝たいだけかのどちらかだろう。
 それとも両方か。
 彼女は首を傾げながらマシューと共に寝ることにした。

「ジニーおやすみ」
「おやすみ、マシュー」

 数分経ったらマシューから寝息が聞こえてきた。

(寝ているというより気絶なんじゃ……)

 ヴァージニアが横目でマシューを見ると彼はスヤスヤと眠っているのが見えた。
 彼はこうしてみるとただの子どもにしか見えない。
 顔がよくて才能豊かなのを除いたら何処にでもいる子どもだ。
 これをヴァージニアはマシューに出会ってから何度も考えている。

(この顔を見るとマシューが誰かに悪いことが起こるように願うなんてないと思うんだよね)

 ヴァージニアがそう考えたいだけかもしれない。

(両親が普通の人じゃないからなぁ。遺伝って凄いね。もっと出来る事があるんだろうなぁ。……マシューがこの時代にいるのは再び起こる星の活性化を抑えるため、でいいんだよね。また千年後、二千年後もマシューの子や孫、子孫が封じるのかな? )

 これが永遠と続くのだろうか。
 マシューが彼の両親と同じように何度も時を戻して、マシューの子も同じようにやって、これを繰り返すのだろうか。
 そんな効率の悪そうな方法を勇者と魔王が実行するのだろうか。
 とても大がかりなことをしているのに。

(マシューがお願いしたら活性化しなくなるかも。なんてね……)

 もしこの願いが叶うのだとしたらかなりのエネルギーが必要だろうから現実的ではない。

(出来るとしたら……神様とか…………)

 ヴァージニアはここで眠りについた。


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