155 / 312
特訓4日目の夜!
しおりを挟む四日目ともなるとマシューは慣れてきたのか入浴後すぐに眠らなくなった。
初日よりハードになっているのにだ。
ヴァージニアは彼の順応力に驚愕しながらも、マシューだものと思い一々驚くのをやめた。
「ジニー! ボディクリームを背中に塗ってー! 」
ヴァージニアが塩水を移動させる練習をしていたら、マシューが風呂上がりでホカホカと湯気を出しながらパンツ一丁でヴァージニアの所に駆けてきた。
なお彼の長い髪の毛は、ボディクリームを塗るのに邪魔にならないように頭頂部付近でまとめてある。
「はいはい」
ヴァージニアは練習を中断して、マシューの背中にお徳用のボディクリームを塗った。
乾燥する季節になってきたので保湿は大事である。
「ねぇねぇ、お尻にも塗った方がいいの? 」
「え、……好きにしなよ」
マシューは手に残っている物を自身の尻に塗っていた。
ヴァージニアは彼が何故脱衣所で背中以外を塗ってこないのか疑問に思っていると、彼はポーズを取って見せてきた。
「見て見て! 前よりも筋肉ついてきた! 」
「すごいねー。日々の特訓の成果だね」
ヴァージニアは疑問の答えをこれだと知っている。
彼女はマシューに保湿のためにボディークリームを買い与えた日から、毎日彼のボディビルダーポーズを見せられているのだ。
(マシューがこのまま体を鍛え続けたらムキムキになるのかな? )
ヴァージニアは綺麗な顔で黒い長髪のマッチョを想像してみたが、あまり現実的でないのですぐにその絵は消えていった。
「服を着て髪の毛を乾かさないと風邪引いちゃうよ」
「はーい」
マシューがポーズをやめてパジャマを着て髪の毛を乾かし始めたので、ヴァージニアは塩水を動かす練習に戻った。
(うーん、何度やってもちょっとだけしか移動しない……)
ちょっととは量と距離の両方だ。
ヴァージニアは先ほどマシューから出ていた湯気を思い出し、気体だったらどうだろうかと考えてみたが、やってみても気体は見えないので成功したか分からないだろう。
(一気に十滴ぐらいやってみよう。もしかしたら移動するかも)
ヴァージニアはスポイトでグラスから塩水をを採り、掌に塩水を十滴垂らした。
気を付けていないと手から零れてしまいそうだ。
(……無理か。そりゃそうだ。数滴でもダメなんだから)
何度念じてみてもヴァージニアの手から塩水が移動することはなかった。
彼女はタオルで掌を拭き、五滴分に挑戦すると数センチ先に移動した。
もう一度五滴分を移動させてみたが結果は同じだった。
(五滴が限度ってこと? 少ないなぁ……)
この調子だと塩分濃度を下げたら成功する気がしないので、ヴァージニアは水の魔法が使えるようになる日は来るのだろうかと心配になった。
(魔力の質を上げれば出来るようになるかな? 自然の魔力に近づければいいんだよね。明日キャサリンさんに聞いてみよう)
一流にはなれなくても二流にはなれるらしいので、ヴァージニアは微かな希望を持って気分転換のために入浴することにした。
ヴァージニアが風呂から上がると、マシューがダイニングテーブルで何かを書いていた。
彼女は嫌な予感がして近寄ってみると、やはりマシューはキャサリンから止められた紋章魔法で遊んでいた。
「マシュー……、キャサリンさんからやらないように言われたよねぇ」
「はっ、夢中で気付かなかった! 」
マシューはヴァージニアに隠れてやるつもりだったらしい。
そんなに気に入っていたのかとヴァージニアが彼に聞くと、暇つぶしになるからと言った。
「……本、すぐに読めちゃうもんね」
「うん」
「そっか。そうだよね……」
テレビがあったら暇つぶしになるのだろうが、ヴァージニアの遭難と入院と特訓で何週間も収入がないのでそろそろ生活費が危ない。
なのでヴァージニアは明日あたりから仕事を再開しようと思っていた。
「ブラシを売ればテレビ買えるかな? 」
ヘアブラシへの属性付与は使用者のオーラを見ないと出来ない。
マシューがその場で見ないといけないので、彼の存在が知れ渡ってしまう。
「やっぱりコロッケ屋さんを開業するしかないんだね……」
ヴァージニアが何も言わなかったので、マシューは目立ってはいけないと判断したようだ。
彼女は何がやっぱりなのかよく分からないまま会話を続けた。
「コロッケ屋さんをやったら忙しくてテレビを見る暇なくなるんじゃない? 」
「そんなっ」
マシューがテレビを買うためにコロッケ屋さんになるかのような言い方をしているのが面白い。
それに大きさにこだわらなければ、お店を開業してまでテレビを買う必要はない。
ヴァージニアがテレビをとても高価であるような話し方をするので、マシューはそうでもしないと買えないと勘違いしてしまったのだろう。
「テレビ以外の暇つぶしもあるんじゃないかな? 」
例えばボードゲームやカードゲームなどだ。
一人で遊べるゲームもあったと思われる。
「ふーん。一人でって、それ楽しいの? 」
「さあ? 」
実を言うとヴァージニアは読書以外の暇つぶしが分からない。
一人で遊べるボードゲームやカードゲームについてもよく分からないし、これらもマシューの教えてーの前では暇つぶしにならない可能性がある。
だが、すぐに理解と攻略が出来るのは何かしらに使えそうで良さそうだ。
(勉強にも応用可能かな? )
「あ、そろそろ春入学の通信制学校の申し込み案内が出るんじゃ……」
マシューは教科書の内容すぐに覚えてしまうだろうが、将来を考えて入るべきだろう。
ヴァージニアはこれもキャサリンに相談してみようと思った。
「お料理の学校はないの? 」
「マシューの年齢だとお料理教室しかないんじゃない?」
マシューはじゃあいいやと言った。
彼は本格的に学びたいらしく、わいわいとやるのは嫌なようだ。
「そもそも学校で魔法を使って料理するのかなぁ……」
「おじさんは使ってるよ。ボーッてやってるよ」
ギルドの厨房のおじさんは何発も火の玉を飛ばすぐらいなので火の魔法が得意なのだろう。
「おじさんはそうでも、他の人は食材を切るのも混ぜるのも鍋を振るのも人の手でやるかも」
「魔法でやれば簡単なのに」
これを全て一人で魔法で出来る人物はどれくらいいるのだろう。
魔力があっても調理のコントロールが難しいので、大体は分業制だと思われる。
「……ひょっとして皆は出来ないの? 」
「マシューと同じくらい出来る人は大勢いないかもね。あ、けどマシューでもプロの料理人の動きを再現出来るのかな? 」
ヴァージニアがふと思いついて言った言葉にマシューが食らいついた。
「出来るよ! 一度見れば覚えられるもんね! 」
マシューは剣豪の料理店に連れて行けと騒ぎ出した。
彼はギルドの厨房見学では物足りないのだろうか。
ヴァージニアはキャサリンとの特訓が終わらないと無理だと伝えると、彼は口をへの字にしながらも大人しくなった。
彼はキャサリンの威圧感を思い出したらしく何かブツブツと言い出した。
「マッチョのおじさん……。僕もあれくらい大きくなったら怖くなくなるのかな……」
ヴァージニアとマシューが見ているキャサリンの姿は大きく異なっている。
彼女はマシューが怯える風貌とはどんな姿なのだろうと好奇心があるが、見たら最期なのではと恐怖心もある。
「……もう寝ようか」
ヴァージニアはマシューがキャサリンのように完全に姿を変えられる変身魔法を覚えればヘアブラシを売れるのではと思ったが、もう考えるのが面倒になってきたので寝たかった。
「うん」
二人は寝室にやって来た。
ヴァージニアが自身のベッドに横になると、マシューも一緒に寝ようとしていた。
「夜は寒いからね。ジニーを温めないとね」
「うん、ありがとう……? 」
マシューが寒いだけか、ヴァージニアと一緒に寝たいだけかのどちらかだろう。
それとも両方か。
彼女は首を傾げながらマシューと共に寝ることにした。
「ジニーおやすみ」
「おやすみ、マシュー」
数分経ったらマシューから寝息が聞こえてきた。
(寝ているというより気絶なんじゃ……)
ヴァージニアが横目でマシューを見ると彼はスヤスヤと眠っているのが見えた。
彼はこうしてみるとただの子どもにしか見えない。
顔がよくて才能豊かなのを除いたら何処にでもいる子どもだ。
これをヴァージニアはマシューに出会ってから何度も考えている。
(この顔を見るとマシューが誰かに悪いことが起こるように願うなんてないと思うんだよね)
ヴァージニアがそう考えたいだけかもしれない。
(両親が普通の人じゃないからなぁ。遺伝って凄いね。もっと出来る事があるんだろうなぁ。……マシューがこの時代にいるのは再び起こる星の活性化を抑えるため、でいいんだよね。また千年後、二千年後もマシューの子や孫、子孫が封じるのかな? )
これが永遠と続くのだろうか。
マシューが彼の両親と同じように何度も時を戻して、マシューの子も同じようにやって、これを繰り返すのだろうか。
そんな効率の悪そうな方法を勇者と魔王が実行するのだろうか。
とても大がかりなことをしているのに。
(マシューがお願いしたら活性化しなくなるかも。なんてね……)
もしこの願いが叶うのだとしたらかなりのエネルギーが必要だろうから現実的ではない。
(出来るとしたら……神様とか…………)
ヴァージニアはここで眠りについた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。
古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。
頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。
「うおおおおお!!??」
慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。
基本出来上がり投稿となります!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


マヨマヨ~迷々の旅人~
雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男)
んで、あの世で裁判。
主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。
襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。
なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。
オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。
では、才能溢れる俺の初クエストは!?
ドブ掃除でした……。
掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。
故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。
『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔術師の妻は夫に会えない
山河 枝
ファンタジー
稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。
式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。
大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。
★シリアス:コミカル=2:8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる