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秋を感じる!
しおりを挟むヴァージニアがマリリンとマシューの元に向かうと、マリリンは真剣な顔をしてマシューに走り方を教えていた。
マリリンは言葉だけでなく、身振り手振りをしてマシューに見せている。
「こんな感じで腕を振るの。マシュー君は力任せに走りすぎだから、もう少し全身の力を抜くと走りやすくなるよ」
「こう? 」
マシューが構えるとマリリンが手直しした。
彼女はほんの数ミリの誤差まで修正している。
「はい、じゃあ早速あっちまで走ってみて」
言い終わると同時にマリリンはあちらに移動していた。
あまりに速くてヴァージニアは反応出来なかったが、マシューはしっかりとマリリンの動きを見ていたらしく、マリリンを真似て腕を動かして確認している。
「よーし! 」
マシューが走り出すとついさっきの走りとは全く違う、力みのないフォームで走り出した。
スピードも先ほどより出ているようだ。
(……指導でこんなに変わるんだ。流石マリリンとマシュー……。ところで、私がいる必要あるのかな? マシューは私がいた方がいいって言っていたけど、何もせずにこの光景をずっと見てるのはちょっと退屈だなぁ)
ヴァージニアは何時間も二人のやり取りを観察していないといけないのだろうかと首を傾げた。
マシューが一生懸命に特訓している様子を応援していればいいのだろうか。
(うーん、なんで出来ないんだとしか言われたことないから、実はどうやって誉めれば良いのかよく分からないんだよねぇ。頑張れー! でいいのかな? よくやった! 凄いね! とか? )
ヴァージニア自身が応援された事がないので、マシューにどんな声をかけたら良いのか全く分からない。
彼女は先生らのため息なら上手く再現出来る自信があるが、そんなものが必要になる場面はない。
(……マリリンが誉めるのを見て勉強しよう)
ヴァージニアが彼らに視線を向けると、マリリンはマシューを存分に誉めていた。
マシューも誉められて嬉しいのか笑顔である。
(マシューはご機嫌そうだね。うーん、椅子ないかな? ずっと立っているのはちょっと辛い……)
ヴァージニアの自己診断では回復したと思っていたが、やはりまだ病み上がりだったようだ。
彼女はギルドの建物の壁沿いにベンチがあるのを見つけて腰をかけた。
軋んだりしなかったので安全のようだ。
「はぁ……。島と違って風が冷たい……」
風が吹いて木々が揺れ、木の葉が落ちて地面にある葉が増えた。
その葉が風で舞って視界を横切る物が増えた。
(一番速いのはマリリンで次がマシューかな? その次が木の葉……)
何日も前に落ちた葉は乾燥しているのか、風が吹くたびにカラカラと音が鳴った。
ヴァージニアが南国のリゾート地に行っている間に随分と季節が進んだようだ。
(二人とも何度も走って疲れないんだね。私ももう少し体力をつけないとね)
ヴァージニアはいつも転移魔法で移動してしまうのでなかなか体力がつかない。
彼女は島の探索でも体力温存のために転移魔法を使用していた。
なお魔力は海の近くでヤドカリの力が影響しているのか、通常時よりも消費量が少なかったようだ。
「ヤドカリさんありがとう……」
ヴァージニアの呟きは風が巻き上げた木の葉の音で消えた。
(ヤドカリさんも龍達みたいに大きいのかな? )
ヴァージニアは一度も力を貸してくれているヤドカリには会ったことがない。
ヤドカリは海の中にいるのだろうから面識がないのは当然だが、今回助けてくれたので彼女は直接礼を言いたかった。
(うん、まぁ、ヤドカリさんが力を貸してくれなかったら一般人のままで魔導学校で落ちこぼれることはなかったんだろうけどね)
ヴァージニアは疲れのせいなのか、もの悲しい季節の風景のせいかなのか心の中で悪態を吐いた。
だが、彼女が魔導師をしていなかったら珍しい生き物達に会う機会がなかったと思うと、苦労した甲斐があったのだろうかと考え直した。
(そう思わないとやっていけない……)
それほどヴァージニアにとって魔導学校に在籍していた間はとても憂鬱な日々だったのだ。
(まぁ、いいよ。生きてさえいれば。なんとかなるかもしれないって思えるからさ)
こんなことを思えるようになったのは南ノ森町に来てからだ。
それまではずっと何のために存在しているのか分からなかった。
(配達専門で何が悪い! 配送業者さんに失礼だぞ! )
ヴァージニアは出来もしない攻撃魔法や回復魔法、補助魔法を覚えさせよう無理矢理練習させられた恨みを込めた。
地竜の話によれば回復魔法もそれぞれの属性の物があるそうなので、きっと他の魔法にも属性別のやり方があるはずだ。
なのに教師達は教えてくれなかった。
おそらく、いや、確実に彼らは別の方法があるのを知らなかったのだ。
(学校の図書館にはそんな大事なことが書かれている本はなかったから、多分だけどかなり専門的な内容なんだよ、うん)
ヴァージニアはどうして自分が魔法を上手く出来ないのか、どうやったら上手く出来るようになるのか調べたのだ。
結局何を試しても上手くいかなかった。
(けど、解毒魔法が出来るのは何でだろう? ……外で食事するときはいつでも解毒魔法が出来るようにしろって言われて……練習しても出来なくて……)
ヴァージニアが出来なくて困っている時に、フラリとやって来た人にコツを教えて貰ったらすぐに出来るようになったのだ。
(うーん、誰だったっけ? この時に一度会っただけだから思い出せない……)
ボンヤリとは浮かぶが、顔が出てこない。
どんな声だったのかも記憶にない。
性別すら覚えていないのでヴァージニアは顔をしかめた。
(記憶力なさすぎ……)
ヴァージニアには不得意なことが多すぎる。
転移魔法と解毒魔法以外の魔法の使用と人名と地名を覚えるのが苦手だ。
(回復魔法と日常生活で使う魔法はちょこっとだけ出来るけど、あれは練習すれば子どもでも出来るもんね。もっと回復出来るようにならないと)
ヴァージニアは島で地竜に教わった通りに、水の力を感じてみようと目を閉じた。
大気中にある水や人間が作った水路、地面に染みた水など色んな場所にある水を想像した。
ヴァージニアは心の中で何度も水と唱えた。
(……、……? )
目を閉じていても光を感じるはずなのに暗くなった気がした。
まだ日が沈む時間ではないし、風も遮られている感じがした。
ヴァージニアがうっすらと目を開けると、目の前に虹色の目が見えた。
「なぁんだ、マシューか」
「そう! 僕だよ! ジニー眠たいの? ここだと風邪を引いちゃうからギルドの中に入って」
マシューはヴァージニアの手をぐいぐいと引っ張っている。
彼はかなり力を入れているようで、ヴァージニアの手は少し白くなっている。
「うん、そうしようかな」
これ以上手が白くならないために、ヴァージニアは立ち上がってマシューの引っ張られていった。
ヴァージニアはマシューに食堂の椅子に座らされた。
彼女はお茶でも飲んで待っていようとメニューを見てみた。
いつもと変わりがなさそうだが、たまに季節の物や新作が追加されるので一応確認してみたのだ。
「ジニー、寒いといけないから僕のコート貸してあげる」
マシューは運動したから体温が上がって熱いらしく、マリリンから貰ったばかりのコートをヴァージニアの肩にかけた。
「うん、ありがとう。マシューは汗をかいている時はどうするんだっけ? 」
マシューは袖で拭こうとしたが、ズボンのポケットからハンカチを取り出して拭いた。
「偉いね。よく出来たねぇ」
「僕は身だしなみを整えられる子だからねっ。ちゃんとハンカチで拭くよ」
マシューはハンカチをズボンのポケットに入れた。
「うん。ちゃんと出来て偉いよ」
「でしょでしょ! 」
「偉いね。あ、マシュー。マリリンを待たせちゃ悪いからもう戻りな」
「分かった! 行って来るね! 」
マシューは軽やかに走って行った。
ヴァージニアは紅茶を飲みながらマリリンとマシューを待つことにした。
しかし、彼女の暇が潰れないことには変わりないので、先ほどの水の力を感じる練習の続きをしようと思った。
(ちょうど紅茶の湯気があるからね)
ヴァージニアは湯気をじっと見つめた。
残念ながらゆらゆらとしている湯気が見えるだけでは何も変化は起きず、湯気の量が少なくなってきたので彼女は見つめるのをやめた。
(何がどうなればいいのかも分からないからなぁ……)
ヴァージニアはため息を吐き終えると紅茶を飲み干し、ティーポットからカップに紅茶を注いだ。
白地のカップに紅い色が綺麗だった。
紅葉も似たような色だったなとヴァージニアは思い出し、直に町の至る所で見られるのだろうと思いを巡らせた。
(すぐに真っ白になるのかな? ああ、この地域ではそんなに降らないか)
妖精を研究しているレディントンがいる町なら銀世界になるのだろうか。
なんならすでに降っているかもしれない。
(うーん、寒いのは嫌だなぁ。その逆も嫌だけど)
再び湯気を見つめていると、目の前に誰かが来たのに気が付いた。
ジェイコブだ。
「何してるんだ? まさかまだ何処か具合が悪いのか? 」
「え、何もすることがないから見ていただけだよ。今日は早いんだね」
日は大分傾いているが、沈みきってはいない。
「ああ、ヴァージニアとマシューが帰って来たと知らせが入ったから、さっさと仕事を片付けたんだ」
ジェイコブはジェーンの所在を聞いたのでヴァージニアはまだ戻っていないと言い、更にとうめいが大きくなりすぎて魔力を遮断する袋に入らなく鳴ったため、ジェーンに運んで貰っていると伝えた。
「ジェーンさんは喜んで引き受けたんだろう。はぁ……」
「うん。ツヤツヤになっていると思う」
この会話の数分後にジェーンととうめいは到着し、ジェーンは二人の想像通りの姿をしていたのだった。
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