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退院だ!
しおりを挟む結局ヴァージニアは一週間入院していた。
五日目ぐらいにはほぼ回復していたのだが、謎の渦に飲み込まれたのもあって大事を取ってもう二日入院させられたのだ。
「ジニー! 早くお家に帰ろう! 」
退院の日になり、マシューは久々の我が家がとても楽しみなようで、元気よくぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そんな彼をジェーンはにっこりと微笑みながら見守っている。
「町に帰っても修業は続けるから、覚悟しておいてね」
ジェーンの休みや休憩時間にやってくれるそうだ。
「うん。僕、なんだかもっと出来る気がする! 」
南ノ森町ではこのリゾート地よりも気温が低くなっているそうなので、ヴァージニア達は上着を羽織った。
マシューの秋冬の服はまだ買っていなかったので、薄手の服しか持って来ておらず重ね着させてある。
「ジェーンさん、俺達にも稽古をつけて下さりありがとうございます」
ケヴィンとブライアンはまだ仕事があるそうなので、ヴァージニア達を見送りに来た。
ブライアンの他にケヴィンも一緒に修業をしていたそうだ。
しかしケヴィンは剣士なので余計な箇所に筋肉が付くのは嫌で、積極的にやりたくなかったらしく、たまにヴァージニアに愚痴りに来ていた。
「いつでも来ていいわよ。今度は本気で相手をしてあげる」
「よろしくお願いします! 」
ブライアンは地竜製の鍋を見た時のように目を煌めかせながら言った。
そんなブライアンの横でケヴィンが何かを言いたそうにしていた。
「あの……俺もスキルアップしたいので、ジェーンさんの伝手で剣士を紹介してくださいませんか? 」
ケヴィンはブライアンを羨ましく思っていたようで、かなり真剣な顔つきをしていた。
「いいけど、誰がいいかしらね? 」
ジェーンなら剣士を沢山知っているのだろうが、逆に知り合いが多すぎて腕を組んで悩んでいる。
「ジェーンさんのパーティにいなかったんですか? 」
ヴァージニアが言うと、ジェーンの顔は曇った。
もしや言ってはいけないことを言ってしまったのではと皆は焦った。
ジェーンの年齢を考えたら、あるいは危険な依頼の最中に、など色々と考えられるからだ。
「いたけどね、今は剣豪だったなんて信じられないほどの体型になっちゃったの。見る陰もないわよ。彼に会ったらがっかりするんじゃない? 」
「え? 」
ジェーンの元仲間の剣豪は料理に目覚め試食を繰り返していたら体積が増えてしまったそうだ。
剣豪は何度もジェーンや仲間達に料理を振る舞ってくれたそうで、ジェーンはとても美味しかったと懐かしそうに言った。
「あら? 確かお店も何店舗かあるんじゃなかったかしら? 」
ジェーンが店名を言うと、ケヴィン達は知っていたようで声を上げた。
彼らはすでに剣豪と面識があったようだ。
「し、知らなかった……! 随分と腹がたぷたぷしたオーナーだなとしか思ってなかった! 」
ケヴィンは非常に悔しそうにしていており、ブライアンも困惑している。
ジェーンの元仲間は二人が剣士だと気付かないくらいの体型になってしまったらしい。
ヴァージニアはちょっとふくよかになった程度だと想像したが、二人の様子を見ると面影もないのだろう。
「たぷたぷ……」
「……! 」
マシューがたぷたぷを気にしたので、とうめいは自分の方がたぷたぷだとアピールしている。
人間だと健康を考えるとあまり競ってはいけない部分だが、スライムにとっては重要なようだ。
「けど、剣は使えなくても指導は出来るでしょうから連絡しておくわね」
「ありがとうございます! 」
ヴァージニアとマシューは転移魔法で、ジェーンはとうめいを背負い走って南ノ森町に戻ることになった。
ヴァージニアがとうめいと一緒に転移魔法するには魔力を遮断出来る物に入れないといけないので、ジェーンにとうめいをお願いしたのだ。
ジェーンは海の上より陸の方が楽だから平気と言っていたが、ヴァージニアはそりゃそうだろうという感想しか持てなかった。
(今の大きさのとうめいが入れる袋なんてあるのかな? もう箱に入ってもらうしかなさそう)
とうめいが入ってきた袋にはどう頑張ってももう入らない。
今度何かあったら箱に詰め込まねばならないが、ヴァージニアが背負えるのか不明だ。
彼女が出来なければマシューに箱を持たせればいいのだろうかと思ったが、容量オーバーにならないか心配である。
(ラージサイズならまだ平気かな。それにしても、ジェーンさんは喜んでいたけど、とうめいで美容パックするつもりなんじゃ……)
ヴァージニアの予感は的中し、夕方頃に肌が艶々になったジェーンと遭遇する。
「わー! 久しぶりのお家だー! 」
マシューは椅子に荷物を置き、即座に服を脱いだ。
重ね着しすぎて苦しかったらしい。
「洗濯するからまとめておいてね」
「はーい」
ヴァージニアは取りあえず食事を作ろうと思い、缶詰やレトルトを見てみた。
作り置きは出かける前に食べるだけ食べて、食べられなかったものはマリリンに頼んで処分して貰った。
「ジニー! 見て見て! 」
「えー何ー? 」
ヴァージニアが振り返ると、マシューはパンツと靴下だけになっていた。
「え、何? 露出狂? 風邪引くから洋服を着なよ」
「見て! 僕の腹筋割れてる! 」
確かにマシューのお腹はうっすらといくつかに割れている。
だが、自慢するほどではない。
(いや、子どもだと考えたらすごいのかな? )
「ジェーンさんの修業を頑張ったからだね。すごいね! 」
「でしょでしょ! 見て! 力こぶ! 」
マシューは何処で覚えたのかボディービルダーのようにポージングしだした。
ヴァージニアはマシューが嬉しそうに見せつけてくるので戸惑い、何も言えなくなった。
(あの二人の影響だ! そうに違いない! )
あの二人とは先ほどまでマシューと一緒にいたケヴィンとブライアンだ。
マシューはヴァージニアの見舞いに来たときに、二人の筋肉がすごいと言っていたので間違いない。
「修業の成果を見せてくれたんだね。ありがとう。けど風邪引いちゃうから洋服着ようね」
「子どもは風の子元気な子だよ! 」
風に苦しめられた身としては嬉しくない言葉だなとヴァージニアは思った。
「え~、マシューはもしかして赤ちゃんみたいにお洋服着せて欲しいのかなぁ? 」
「え……」
ヴァージニアはからかうつもりで言ったのだが、マシューは少し嬉しそうな顔をしている。
マシューはタンスから服を引っ張り出し、そのままヴァージニアの元に持って来た。
「……ジニー、着せて」
「え、あ、うん……」
ヴァージニアがマシューに服を着せ終わったら、マリリンが何やら袋を持って訪ねてきた。
マシュー用の秋冬の服で、古着だがどれも品質がよい。
「寒くなってきたからね。はい、こっちもどうぞ」
「わぁ! ありがとう! 」
いつものブランドの紺色のコートだ。
丸いセーラー襟で可愛らしいが左身頃が上なので男児物のようだ。
「靴もって思ったんだけど、マシュー君って結構大きくなったでしょう? だからサイズが分からなくて買えなかったの」
「自分で買うから大丈夫だよ」
ヴァージニアの言葉にマシューは小さく驚きの声を出した。
「ジニー、我が家にお金あるの? 」
「なくはないよ……」
入院費はブライアンが払ってくれた。
ヴァージニアが彼と入れ替わってくれたのと、地竜製の鍋と抜け毛の分のお金だそうだ。
だが、マシューの宿代は払わねばならない。
ブライアンはマシューの宿代も払ってくれると言ったが、悪い気がしたので断ってしまったのだ。
「買って貰おうよ。僕、足痛いもん」
「ええっ? 」
マシューが靴下を脱いで、ヴァージニア達に素足を見せてきた。
彼の足の指は猫の手のように丸まってしまっている。
「そうだったんだ。気付かなくてごめんね」
「靴ってこういうものだと思ってたからいいの」
「いやいやいや……」
全然よくないので、三人でマシューの靴を買いに行くことになった。
だがその前に洗濯をせねばならない。
今やらないと、疲れてやる気がなくなり後回しになる可能性があるからだ。
「僕がやるからジニーは休んでいて。病み上がりでしょ? 」
「もうとっくに回復していて体力は有り余っているよ。マシューの方こそ毎日修業で大変だったでしょう? 」
「僕は強くなったから平気なんだぁ」
マシューに押し切られ、ヴァージニアは休憩することになった。
食事もマリリンが家にあるもので作ってくれるらしい。
「激辛にしないでね」
「やだなぁ。私の食べる物しか激辛にしないから安心して」
マリリンはにこやかだが、ヴァージニアは以前ジェイコブからマリリン作る料理が辛すぎて食べられなかったと聞いたので警戒している。
最近はないようだが、過去にあったのは事実だ。
「そもそもこの家に唐辛子類ないでしょ? 」
「ああ、そっか」
マシューがいるのもあるが、ヴァージニア自身が辛い物を好んで食べないからだ。
(よかった。それにしても暇だなぁ。島にいた時と真逆だ。入院している時とは同じだけど)
島にいた時は必死だったが、入院時はほとんどベッドの上だった。
ヴァージニアが二人の作業を見ながら入院時のようにぼんやりすることにした。
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