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帰る準備!
しおりを挟むヴァージニアは地竜と雷竜に辛い記憶を思い出させてしまったのを謝罪した。
しかし、二竜ともヴァージニアが悪いのではないと言った。
「ある町でその黒いサイクロプスを語り継ぐ歌があるのよ」
ジェーンは伝える人が音痴だったので旋律が上手く伝わっていないと付け足した。
「そうか、あの者のことを歌った歌があるのか。どんなものか聞いてみたかったが、まぁ仕方あるまい。人間達があの者を後生に伝えようとしてくれたのなら、やったことは無駄ではなかったようだな」
「そうだな。我はそれが聞けて少し安心したぞ」
人間にとっては千年の間に何度も世代交代が行われているが、長命の龍にとっては懐かしいと表現する年数だ。
きっと二竜は数え切れないほど後悔しただろうし、自身を責めただろう。
(何があったのかは気になるけど……。調べたら何か出てくるかな? )
ヴァージニアは残された歌の歌詞を思い出してみたが、黒いサイクロプスへの感謝の言葉ばかりだったので具体的に何をしたのか分からない。
歌を作るぐらいなのに功績を入れなかったのは、事情があって入れられなかったからではないか。
魔王の記録から考えるに、ぼんやりとした表現をするしかなかったのだろう。
「ジニー、眉間に皺が寄ってるよ? 」
「え、そうだった? 」
ヴァージニアは地竜から教えられた魔王の真実を思い出していたので、つい険しい顔になってしまっていた。
「フハハハ! 我のように眼光鋭くなりたかったのか? 」
雷竜はより一層目つきが鋭くなり、いわゆる決め顔をしている。
それを見た地竜はため息をつき、ジェーンは笑った。
「他人に舐められないために必要かもしれませんね」
「フフフ、そうであろうそうであろう! 」
雷竜は大いに喜んでいる。
「ヴァージニア、こいつをあまり調子に乗らせるな」
「そうよ。ご機嫌になると雷を落としまくっちゃうのよ」
「こいつは機嫌が悪くても落とすだろう」
機嫌が良くても悪くても雷を落とすのだったら対応しようがない。
「ダメか? 」
雷竜は子犬のような表情をしたが、地竜からほどほどにしろと叱られた。
話は終わり、皆は眠りにつくことになった。
ジェーンは寝袋で、マシューはヴァージニアにくっついて眠る。
マシューは地竜から抜け毛を貰い、自分の分を敷き詰めた。
「ふわふわな毛だね」
「最近の夏じゃ暑いくらいだ」
地竜は八百度まで平気なはずなのに夏が暑いらしい。
あくまで耐えられると言うだけで気温が高いと暑く感じるか、それとも冗談なのだろうか。
「そうなの? 」
マシューは瞬きをしてキョトンとしている。
「ククク、地の者よ。マシューが信じているぞ」
楽しそうに笑う雷竜の言葉から、やはり冗談だったと分かったのでヴァージニアはマシューに教えた。
「なぁんだ。僕は笑わないといけなかったんだね。龍の冗談をもっと勉強しなくちゃ」
(どうやって勉強するんだろう? )
マシューはブツブツと言いながら横になり目を瞑った。
ヴァージニアも彼と同じように目を閉じ、一週間続いたこの生活ももう終わるのだと思うと少し安心した。
地竜と話が出来なくなるのは少々寂しかったが、いざとなればジェーンに頼んで連れてきて貰おうかと考えた。
この日、ヴァージニアは夢を見た。
地竜に連れられてこの島に来てから一切夢を見ていなかった、正確に言うと夢の内容を覚えていなかったのだが、今日ははっきりと覚えている。
(そう、確か……)
夢の中でヴァージニアから少し離れた場所に誰かの後ろ姿を見たが、遠くなので年齢性別は不明だった。
その人物は黒くて長い髪をしており、その髪が風に靡いた光景がとても印象的であったのをヴァージニアしっかりと覚えている。
(あんなに綺麗な髪の毛をしているんだったら、シャンプーやヘアサロンの宣伝に出てそう)
黒くて長い髪と言えばマシューだが、マシューにしては背が高すぎるし、いつもの三つ編みではなかった。
では一体誰なのか。
ヴァージニアの記憶に該当する人物はいなかった。
だとしたら、夢の中だけの想像上の人物なのかとヴァージニアは思ったが、夢の中でその人物に対して良い印象を抱いているようだったので赤の他人ではないと考えられる。
(あの人は誰だったんだろう? )
ヴァージニアは寝ぼけ眼のまま一生懸命に頭を働かせたが、結局誰なのか分からず終いだ。
もう少し近くにいたら顔が見られたかもしれない。
多分だが、体型からしたら男性の可能性が高い。
(男の人であんなに長い髪の毛ってマシューしか知らないなぁ。けど、マシューが大きくなった姿なんて知らないしなぁ)
ふとヴァージニアの頭に、本当に知らないのかと過ぎった。
しかし、知るはずがないのでこの言葉はすぐに消え去っていった。
(誰もマシューが成長した姿を知らないよね。だってこれから大きくなるんだもの)
ヴァージニアが横にいるはずのマシューに目を向けると、マシューの足が見えた。
相変わらず寝相が悪い。
(千年も狭いところにいたから、伸び伸びと寝たいのかな? )
ヴァージニアは上体を起こし、マシューにブランケットをかけた。
まだ眠いが、ヴァージニアはもう起きることにした。
(あれ? )
ヴァージニアが立ち上がると鍋が使用されいるのが目に入った。
二竜とジェーンの姿が見当たらないので、二竜は見回りに出てジェーンが鍋で何かを作っているのだろう。
ヴァージニアがかまどに近づくと、匂いはしなかったので飲料水を作っているようだった。
「あら、ヴァージニアおはよう。早いわね」
「ジェーンさんおはようございます」
ジェーンの手には果物があったのだが、まるで冷蔵庫から取り出したかのようにジェーンには埃一つついていなかった。
ヴァージニアが採集に行ったら体のあちこちに葉や土をつけていただろう。
「龍達は朝のジョギングに出かけたわよ」
これはおそらく、巡回に行ったのだと思われる。
「いつも思っていたのですが、あの大きな体で私に気付かれずにどうやって通り抜けているのでしょうかね? 」
彼らが歩けば必ず振動が起きるので、その振動でヴァージニアが目覚めないのはおかしい。
離れていれば気付かず寝ていられるだろうが、洞穴内はそこまで広くない。
「知らないの? 彼らは小さくなれるのよ」
「ええっ! 」
ヴァージニアは驚くほかなかったが、そんな彼女を見てジェーンが笑顔になったので、これは冗談だと気付いた。
「ふふっ、彼らはこっそり移動するのは得意なのよ。人間に見つかると面倒だからね」
崇め奉られたり、怖がられたり、利用しようとする人間がいたら煩わしいことこの上ないだろう。
一番厄介なのは負の感情しかないのにわざわざ近寄って来て誹謗中傷してくる人物だ。
嫌なのに嫌な物事に時間を割けるなんて、よっぽど暇なのだろう。
「そうでしたか……。あの、雷竜さんは空の上に住んでいると聞いたのですが、一体どうやって雷竜さんのところまで行ったのですか? 」
地上から雷竜を呼んで来てくれるのだったら、ジェーンが現役を退いた後でも雷竜の目撃情報が多そうだ。
しかしそんなニュースはヴァージニアが生きている間には見聞きしていない。
「簡単よ。一番高い所まで行くのよ」
ヴァージニアは世界で一番高い建造物に行ったのかと思ったが、相手はジェーンだ。
きっと世界最高峰に登ったのだろう。
「マシュー君は小さいのによく頑張ったわね。途中までは自分の足で登っていたわよ。最後は私がおんぶしたけど、やはり見込みのある子だわ。鍛え甲斐がありそうね」
ジェーンは帰ったらマシューを鍛えてくれるそうで、彼女の目は爛爛と輝いている。
「ありがとうございます」
「魔法は別の人に習ってね。私は体から離す魔法はあんまり得意じゃないのよ」
ジェーンが得意なのは接近戦、近接戦闘である。
(得意というか、先駆者というか、第一人者というか、とにかくすごい人だよね)
彼女が先生になってくれればマシューの武術はかなり上達するだろう。
そこら辺の大人だったら誰も敵わなくなる。
なお、ジェーンは体から離す魔法は得意じゃないと言っているがヴァージニアよりずっと出来る。
「元仲間にお願いしてみるわね」
「え、もしかしてキャサリンさんですか? 」
キャサリンは魔導師ならほとんどの人が知っている人物だが、聞く話によるとキャサリンもジェーンの仲間だけあってなかなか癖が強いそうだ。
どんな癖があるのか不明だが、インパクトが強いらしい。
「別の人を考えていたけど、彼女もいいわね。そうね、ちょうど一仕事終えて休憩するって言っていたから、引き受けてくれるかも」
ヴァージニアはしまったと思ったが、もう遅い。
(ジェーンさんの元仲間なんだから悪い人じゃないよね。癖が強いだけだよね……)
「よろしくお願いします」
「連絡しておくわね」
二人が会話をしているうちに水が沸騰したようで、ジェーンは素手で鍋の蓋を開けて水筒に入れた。
彼女は少しも熱がる様子もなく平気な顔をしていたので、ヴァージニアは目を丸くした。
「なんだぁ? 人間も熱いの持てるんじゃないか」
「あら、お帰りなさい」
地竜がひょっこりと洞穴の入り口から顔を覗かせた。
ジェーンは雷竜に乗れる人なのだから多少の暑さ寒さは問題ないのだろう。
「ヴァージニアよ。ジェーンをそこらの人間と同じだと思うな。なにせ我が認めた人間だからな! 」
雷竜が高らかに笑うと、ジェーンがやぁねぇと笑いながら雷竜を叩いた。
こんな事が出来るのは間違いなくジェーンだけだ。
「見たか? ジェーンは素手で我を叩いてもこの通りピンピンしている! 素晴らしい強度だ! 通常の人間ならばこうはならない。我の鱗の硬さに負けて確実に骨を折るぞ! それもバキバキに! 」
雷竜がジェーンに気に入った理由は頑丈なのも一因のようだ。
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