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まだまだクレープ!
しおりを挟む「そうだ、ケヴィンさんとエミリーさんはどうやって船に移動したんですか?」
エミリーは何度も空間魔法を使いたくないだろうし、ケヴィンも疲れるからと空を飛ばなそうだ。
ならばどうやって船に乗ったのだろうか。
「スージーに乗って船まで行ったんだよ」
「え?」
スージーはとても小さい。
エミリーの頭や肩の上に乗れるくらい小さい。
そんなスージーにどうやって大人二人が乗るのだろう。
「ええーっ!ジニー知らないのぉ。スージーは大きくなれるんだよぉ」
マシューはとてもわざとらしく言った。
彼も昨日まで知らなかったはずなので、ヴァージニアは少しイラッとしていた。
「マシューだって知らなかったでしょう?」
「けど知ってるもんね!こんな大きくなるんだよ」
マシューはクレープを持ったまま腕を伸ばした。
その瞬間何かが落ちていった。
「あ」
マシューが勢いよく腕を伸ばしたせいで、クレープの中身が落ちてしまったのだ。
「ブドウが!ブドウが!あああー!」
マシューは床に両膝をつき泣き始めた。
美味しい物を失い、とてもショックなようだ。
「マシュー君、まだあるからね」
「おいおい、ブドウぐらいで泣くなよ」
「ブドウ……ぐずっ」
ヴァージニアはマシューが泣いている間に、落ちたブドウを拾ってゴミ箱に捨て床を拭いた。
マシューはまだ泣いているが、立ち上がってクレープの残りを少しずつ囓った。
「ううっ……ブドウ」
「マシュー、泣いてないでブドウも食べろ」
ケヴィンはマシューの口にブドウを入れた。
親鳥が雛に食べ物を与えているかのようだ。
マシューは何度もケヴィンからブドウを貰った。
「ブドウありがとう。美味しいね。はい、ジニーも食べて」
「うん、ありがとう」
(お裾分けのつもりかな?)
ヴァージニアはマシューからブドウを一粒受け取って食べた。
「もっと食べて」
多分、マシューはヴァージニアがブドウを食べたことがないと思っているのだろうか。
普段貧乏だと言っているので、彼がそう考えても仕方ない。
ヴァージニアはマシューの圧に負けてまた一粒食べた。
「とっても美味しいね。もう大丈夫だよ。ありがとう」
「こんな機会は滅多にないからもっと食べてよ」
マシューは次々とヴァージニアにブドウを渡している。
ヴァージニアの手はブドウでいっぱいになった。
「うん、後で食べるね」
「今食べてよ」
ヴァージニアが皿に戻すとマシューは睨みつけてきた。
どうやら彼はブドウを落として機嫌が悪いらしい。
それともケヴィンがマシューにやったように、マシューもヴァージニアに食べさせたいだけなのだろうか。
「あー……私達が買ってきた食べ物の残りは二人が食べてよ。持って帰るのも面倒だからさ」
「えっいいの?」
エミリーの言葉に、マシューは美味しい物がまだ食べられると分かり目を輝かせた。
「元々そのつもりだったんだよ」
アリッサが微笑みながら言うと、他の皆も笑顔で頷いた。
「え?僕達が食べ物に困っているから?」
お手頃価格の物しか食べていないが、困っているほどではない。
毎日3食食べている。
「違う違う、協力してくれたから礼のつもりだ」
「でなきゃ俺達も食べるからってこんなに買ってこないぞ」
「あわわ、こんなに高価な物を……」
マシューは四人を有り難がって手を合せている。
「ちょっマシュー、恥ずかしいからやめてよ」
ヴァージニアはこう言ったものの、久しぶりに新鮮な果物を食べられて嬉しかった。
四人が買ってきた食材は値が張るものだったので尚更だ。
「今回の報酬で二人にもお金が入るから良い物を食べられるようになるよ」
「そっか!へへへ、コロッケ何個買おうかなぁ?」
結局マシューはコロッケなのだ。
高いコロッケを買ったりするのだろうか。
「なんだよコロッケかよ。ヴァージニアは何か食いたい物あるのか?」
「そうですねぇ。食べ物より、ベッドを買いたいです。今はマシューと一緒に寝ているんですよ」
「ジニーッ!僕と一緒じゃ嫌なの?」
一人で眠りたいと言う意味なら嫌である。
決してマシューが嫌いなわけではない。
「だって狭いでしょ」
ヴァージニアは今日も寝ている間にマシューの寝返り時に殴られたり蹴られたりした。
なので彼女は早くベッドを買いたかった。
マシューがお行儀良く眠るのなら違うものが欲しいと思ったかもしれないが、そうではないのでヴァージニアは一刻も早く安眠出来る日が訪れるようにしたい。
「そ、そんなことないよ」
マシューは自身が寝相が悪いのを知っている。
ヴァージニアを怪我させていると悲しんでいたこともある。
それなのにヴァージニアと一緒に眠りたいようだ。
「あー!マシューは甘えん坊なだけでしょ。だからヴァージニアと一緒に寝たいんだ!」
スージーはクスクス笑っている。
「だって子どもだもん!しょうがないでしょ!」
「わぁ開き直った!」
皆が満腹になったので、後片付けを始めた。
ヴァージニアは申し出を断ったのだが、四人も片付けを手伝ってくれている。
「え?俺が船上活動が苦手なのかって?そりゃ水の中だったら全然ダメだが、海や川、湖の下にはどんなに水深があろうと必ず地面があるだろ」
ヴァージニアは思い切ってブライアンに気になっていた事を聞いてみた。
「じゃあ問題ないんですね」
「まあな。後は空中もダメだな」
ブライアンは水中と空中がダメだと言うが、ほとんどの人間は彼と同じだ。
「あの、地中は……」
「やったことないけど、どうなんだろうな。そもそも人間が地中で何かするなんてあるのか?」
「地下洞窟探検とかないの?」
モグラのように穴を掘りながら地面を移動するのではなく、地下にある空間内を移動する。
これなら余程特殊な環境でなければ誰でも探検出来る。
「洞窟か。俺は体がデカいからあまり向いていないな」
「え?」
どうやらブライアンが考えている洞窟と、ヴァージニアが想像していた洞窟は大分違うようだ。
マシューが考えていたものとも違うらしく首を傾げている。
「ん?人が通れるかどうかの隙間しかない洞窟の話じゃないのか?」
「観光用に足場が整った洞窟を思い浮かべていました」
「わざわざ誰かに依頼を出すぐらいなんだから過酷な環境の洞窟だろう」
すでに観光地化されていたら依頼してまで何かをして貰う必要はない。
「観光用の洞窟でも新たに空間が発見されることがあるが、そういう時は専門家が行くから俺らの出番はない」
「魔物や魔獣が出れば別だけどね。けど、それはそれで得意な人がいるんだよ」
洞窟内のような狭い場所では剣や槍のような長いものでは戦えない。
当然ブラッドも体が大きいので無理だ。
「ふーん、地中探検ないんだね。残念」
マシューが何をもって残念と言っているのか不明だが、ヴァージニアがヤドカリから得ている様々な効果をブライアンが地竜から得られないのは残念だろう。
こうヴァージニアは思っていたがどうやら違うようで、次のようにブライアンは説明してくれた。
「残念と言うが、大体の場所では地竜からの恩恵を得られるから地中に行かなくてもいいんだ。なので俺と同じく地属性の大きな力を持つものから力を借りている人は皆体が丈夫なんだ」
ブライアンの筋肉隆々な体つきを見ていれば丈夫なのはすぐに分かる。
地竜の力は武闘家向きのようだ。
常時恩恵を得られているなんて羨ましいとヴァージニアは思った。
「探検……」
そんな中、マシューはポツリと言った。
彼は探検したいのか、話が聞きたかったのか悲しげな顔をしている。
「マシューそのお話は終わったよ」
「うん……。分かってるよ」
今日のマシューはブドウを落としてご機嫌斜めになったり、探検の話題にならなくて悲しげになったりと大忙しだ。
子どもの感情の変化なんてそんなものかとヴァージニアは思い、マシューがこれ以上落ち込まないように話題を変えた。
「マシュー、食器を拭くのが終わったみたいだね」
マシューはエミリー達が洗った食器を拭き終わったようだ。
いつもは洗濯物と同じく魔法であっという間に乾かしてしまうが、今は一つ一つ手で拭いていた。
「うん。後ね、魔力もそろそろ完全に戻ると思うよ」
「お、よかったね」
「だからね、早速、食器を仕舞うのに魔法を使おうと思うんだ」
食器棚はマシューの身長では届かない場所もあるので、いつもは念動力で片付けているのだ。
「……ヴァージニアが何も言わないってことはいつもやってるのか」
「食器は割れやすいのに……」
ヴァージニアが魔法で食器を洗ったり出来ないのはこのためだが、マシューは最初からなんの問題もなく魔法で食器を洗ったり片付けたりしている。
「皆しないの?」
「俺達はずっとあちこち行ってるから食器を食器棚に片付けるって行動をしないな」
「……食器は魔法で洗って乾かすけど片付けかぁ。出来ると思うけど、やる機会がなかったね」
「ふぅん」
マシューは下を向いて何かを考えている。
彼は目立つことをすべきでないと思っている可能性が大きい。
「やっぱりすげぇな、マシュー!」
「え?そうかなぁ?」
マシューは素直に喜べないようだ。
ヴァージニアは何度もマシューを困らせてしまっていると思い、ひどく後悔した。
マシューのためと思ってやったことが裏目に出てしまっている。
(全くマシューのためになっていない……。むしろ苦しませている……)
ヴァージニアは楽しそうに話す皆を尻目に暗い表情になっていた。
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