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とうめい!

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 森の奥から悲鳴が聞こえてきた。
 ヴァージニアは悲鳴に驚き、目を見開いた。

(マシュー……の声じゃない、よね?)

 今の悲鳴は成人男性のもので、子どもの甲高い声ではなかった。

(ヒューバートさんの声かな?)

 マシューの声でなくてよかったと安堵したが、マシューは一体どうやって撃退したのだろうか。

(いや、悲鳴が聞こえても魔法が解けないからヒューバートさんじゃないのかも。だけど、予め魔法の継続時間を決めてから発動すれば術者本人に何かあっても魔法が解けないはず)

 あるいは術者が解除しない限りずっと続く永続魔法とかだろうか。
 その場合は魔法を解除出来る人を探さないといけない。
 特にヴァージニアが喰らっている拘束魔法なんかがそうだ。

(後はコーディさんが受けた回復魔法が効かなくなるやつとかね。あれは呪いの類いだよね)

 ヴァージニアは発動時間が設けられているのを祈った。
 それなら我慢していればいずれ解除される。

「……ニー!」

 かすかにマシューの声がしたような気がしたが、姿が見えない。
 ヴァージニアは気のせいだろうかと思ったが、遠くに何か見えた。

「ん?」

 ヴァージニアが目をこらすと、最初は小さな点だったのがどんどん大きくなってきた。
 マシューだ。

(速っ!)

 相変わらず直線で移動している。
 魔法で強化していても元の身体能力が良くなければ出来なさそうな動きだ。

「ジニーッ!だいじょうぶ?!」

 ちゃんとヴァージニアの声は届いていたようだ。
 マシューはすぐにヴァージニアの目の前に到着した。

「わっ!なにこれ!」

 マシューはヴァージニアの現状を見て驚きの声をあげた。

「これがジニーにいじわるしてるんだね!このっ!」

 マシューは怒っているようで拘束魔法を手で払いだした。
 触ったらマシューにも影響が出るかもしれないので止めさせたいが、喋れないので出来ない。
 どうしたらギルドに助けを呼びに行くように指示出来るかと考えている時だった。

「このっ!あっちいけ!ジニーからはなれろ!」
「?!」

 マシューが強く言うと、驚くことに瞬時に拘束魔法が消え去った。
 ヴァージニアが必死で取り除こうとしてもビクともしなかったのに、マシューがやったらすぐに消えていった。

「……マシューありがとう」
(マシューが何をしたって驚かないさ。うん)

 ヴァージニアは自身の無力さを嘆くより、マシューが凄すぎるのだと言い聞かせることにした。
 いつものことだ。

「ジニー、どこもいたくない?」
「もう平気だよ。本当にありがとう」

 ヴァージニアは喉の圧迫感もなくなっており、声が出せた。

「ジニーくるしそうだったよ」

 マシューは眉尻を下げて心配そうな顔をしている。

「大丈夫だよ。私の声が聞こえたんだね」
「どうやったの?さいしょはジニーが、すいとうにはいってるのかとおもったよ」

 魔導具だったら可能かもしれないが、普通の水筒なので物理的に無理である。

「声だけを水に移動させたんだよ」
「へぇ。こんどぼくもやってみるね!」
「マシューは色んな属性の魔法が使えるらしいからさ、水以外にも移動させられるんじゃない?」
「ふぅぅん?」

 ヴァージニアが水属性なので水に声を移動させているだけなのだが、マシューは水に声を移動させる魔法だと思っているようだ。

「……この岩とか土とかにも出来るんじゃない?」
「そうなの?」
「いや、知らないけど……」
「しらないの?」
「知らないねぇ。そうだ、追いかけて来た人はマシューがやっつけたの?」

 話が終わらなそうだったので、ヴァージニアは本題を切り出した。

「ジニーがやってた、いれかえるやつをやってみたんだ!」

 話を聞くと、マシューは一度木の上の枝に退避して様子を見ていたらヒューバートが近くに来たので、入れ替えの魔法を使用したらしい。

(一度で出来るんだからやっぱり凄いよ)

 ヴァージニアは感心しきりだ。

「あいつがジャンプしたときに、いれかえたんだよっ!」
「もしかして悲鳴って木から落ちたから?」

 多分、ヒューバートはジャンプしていたせいで枝を飛び越えて落下してしまったのだろう。

「そうなんじゃない?」
「……生きてるかな?」

 打ち所が悪ければ命が危ない。

「うけみをとってたから、へいきじゃない?」

 マシューは一応確認したらしい。
 抜かりない。

「そっか」

 ヒューバートの生存を確認すべきか迷ったが、近寄ったら何をされるか分からない。

「一度ギルドに行こう」
「うん!」
転移魔法テレポートするけど、マシューは自分でする?」
「ジニーにくっついてく」

 二人は手を繋いでギルドに飛んでいった。



 転移魔法テレポートでギルドに飛んだはずだが、到着地点が少しずれていた。

「あれ?」

 疲れているのだろうかとヴァージニアは思った。

「ちょっとずれたね」

 そう言ったマシューの背中で何か動いている。
 服の中に何かいるのだろうか。

(え、何?怖いんだけど……)
「マシュー……何を持って来たのかな?」

 ヴァージニアが尋ねると、マシューは思い出したようで目をパッチリと開けた。

「はっ!しょうかいするね!んしょ……」

 やはりマシューは服の中に何か隠しているようだ。
 何が出てくるのかヴァージニアはドキドキしながら待った。

「んーっと、とれた!」

 マシューが目を輝かせて見せてきたのは予想外な物だった。

「マシュー……」

 マシューの両手にはやたらとキラキラしている透明の物体が乗っていた。

「かわいいでしょ!」
「はぁ……。マシューそれはスライムだよ。魔物だよ」

 これのせいで、目的地から少しズレてしまったのだろう。
 ヴァージニアが直接スライムを持っていたのではなかったので、これくらいの誤差で済んだのだと思われる。

「よぉし!ぷよぷよしてるから、なまえは――」
「いや、駄目だから」

 ヴァージニアは何かいけない予感がした。

「んじゃ、ぷにぷに」
「それも駄目」
「ぽよぽよ、ぷにょぷにょ、ぽにょぽにょ」
「多分どれも駄目かな」

 マシューは口を尖らせて、えー!と言った。

「じゃあ、とうめいにしよう!うごくのがはやいから、とうめいこうそくだ!」
「え、いや、何を言ってるの?透明だけでいいでしょう。こうそくってつけたら何か別のものになっちゃうよ」

 またもヴァージニアはそんな気がした。

「えー!じゃあ、とうめいだけでいいよ」

 スライムは名前がついたと分かったのか、プルプルと体を震わせている。
 喜んでいるのだろうか。

「なにをたべるんだろう?」
「んー、砂漠とかの乾燥している場所にはいないらしいから、水とかかな?……って飼わないからね!」

 危うく、大した害はないとはいえ魔物を飼うところだった。

「えー!なんでよ!かわいいのに!」

 マシューには可愛く見えるらしい。
 確かに丸くてツヤツヤしているので悪そうには見えない。

「可愛く見えても魔物なの」
「アリッサはブラッドといるよ!」
「アリッサさんは魔獣使いでブラッドを飼ってるんじゃなくて使役してるの。契約してるの」
「むぅ……。ぼくもしえきする。けいやくする」

 ヴァージニアは使役は特殊な方法を使うのだと聞いたことがあるが、マシューなら友達になってとか言えば使役出来てしまいそうだと思った。

「駄目」

 ヴァージニアとマシューは睨み合った。
 スライムは自身のことで二人が言い争ってると分かっているようで、少しへたれている。
 少しの間、二人が睨み合っていたら誰かが声をかけてきた。

「お、その長い三つ編みはマシューだな」

 声の主は公園でジェムストーンリザードを探していた若い男性だった。
 今ギルドから出てきたらしい。

「こんにちは」
「こんにちは。……ってマシュー、スライムを拾ったのか?それも珍しいスライムじゃないか」
「そうなの?」
「ああ、このスライムは少し緑色をしているだろう?だからグリーンスライムだ。見たまんまの名前だな」

 確かによく見ると薄ら緑色をしている。

「珍しいんですか?」

 彼の言い方からすると、ただの色違いではないようだ。

「ああ。珍しいというか、珍しくなってしまったというか……」
「どういうこと?」
「グリーンスライムは薬草類を食べるんだ。だからグリーンスライムを傷口に張り付けておくと傷が治るらしい」

 湿布みたいにしたのだろうか。

「おおー!」
「傷を治す効果が注目され一時期グリーンスライムフィーバーが起きたらしい。それでな、美容業界からも目を付けられたんだ。美容によい成分が含まれている物をグリーンスライムに沢山食べさせて太らせた。最初はそのままスライムを顔に貼り付けていたらしいが、それだと需要が追いつかないから、スライムに特殊な加工をして……」
「え……」

 グリーンスライムは察したらしく、怯えているのか小刻みに震えている。

「ということで、あちこちの業界によって乱獲され数が減少しているから、今は保護の対象なんだ」
「ほご?もしかして、いっしょにいたらダメなの?」
「保護の対象でなくともスライムを飼ったら駄目だぞー」
「えー」
「えーじゃない」
「そんなぁ……」

 マシューは透明の魔物を見つめて泣きそうな顔をしている。

「マシュー、諦めてね」
「今牧場に保護出来るか連絡するから待っててくれるか?」
「お願いします」

 若い男性は牧場に連絡するため、二人から離れた場所に移動した。


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