病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向

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第20話

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何回目かの小休憩の時、会話の流れで
『清水さんこそ、忙しいはずなのに、周りの気配りめちゃくちゃするし。清水さんこそ優しくていい人だよ…』
そう口にしようとした。
その時、カシャっとカメラのシャッター音が聞こえてきた。

それも、何度も。
盗撮…。

ここは、学園祭受付。
校門前。外部の参加者に一番近い場所。
最近、身近になりすぎて忘れていた。
隣には、有名で人気なアイドルのセンター咲菜が居るんだ。
そんな彼女が無防備な姿で受付嬢をしている。
隠し撮りなんてたやすく出来る。
『清水さん...』
俺が彼女に警告しようと小さく呟くと、
『分かっています』
と冷静な返事が返ってきた。彼女にもこの鳴り止まない音が聞こえていたみたいだ。
『どうする?』
『文化祭の約束として、一般の方のカメラ撮影は禁止されています。なので…、わ、私が注意しに....、』
そこまで、言って清水さんの声が途切れた。
俺はすぐに彼女の異変に気付く事が出来なかった。
手がすごく震えている。
寿の昔の空耳が聞こえてきた気がした。
『咲菜ちゃん、すごいよね。この前の握手会で陰湿な接触プレイがあって泣いてたって聞いたけど、…もう、ファンの人達に笑顔向けてるよ!…』
忘れていた。
彼女は強くなんてない。
冷静にふるまっていたのは彼女がアイドルだっただけで、仮面を外せば、怖がりな少女なんだ。

「清水さん」
気づけば俺の体は動いていた。
「たけ、中君?」
いきなり立ち上がった俺を清水さんは面を食らった顔で見てくる。
「行ってくる」
「え!?
た、竹中君!?」
俺は彼女に一言告げると、受付のテントを出た。

あのシャッター音。
あれは絶対に…彼女の盗撮だ。
校門周りで、身を隠しやすい場所。

受付のテントがある周辺は校門付近と言うこともあり、木々の植え込みが多い。木の陰、草むらの中、隠れる場所が沢山ある。俺は周辺を歩きながら、隠れられそうな場所を探して回った。


見つけた。

「おい。お前、こんなとこで何をしている?」
俺は校門近くのフェンスの茂みに身をうずめているTシャツ姿の男性に声を掛けた。
「げっ…」
男は一瞬背中をびくつかせ、恐る恐る身をひるがえした。
首には案の定、一眼レフのカメラがかかっている。
30代後半の眼鏡をかけた男性。顔の無精ひげが目立つ。
「あ、いやー。あのー。そう、ですね…」
男はしどろもどろで、視線を右往左往させて、首にかけたタオルで顔の汗を拭いた。
「すみません。本学の文化祭では、一般の参加者の皆さんのカメラ撮影は禁止されているので…」
俺は学校の規則で訴える。
「え、あー。そうですね…」
きまり悪そうに視線を落とした。
「すみませんが、一応、先ほど撮影した写真、見せていただいてもいいですか?」
もし彼女の写真を撮っていたのであれば、相応の処分を学校側に求める必要がある。
そう思って、俺が男のカメラに手を伸ばそうとした時、気弱そうな男が豹変した。

「触るなぁ!!!!」
伸ばした手を思いっきり振り払われる。
「つっ...」

男はカメラを胸元に抱きかかえ叫んだ。
「俺は、俺だけの咲菜ちゃんなんだ!!!だから、咲菜ちゃんの写真を撮っていい!!」
...意味が分からない。
男は自分がさも正しい事をしているように肯定してくる。
大丈夫か。こいつ...。
大人げないと言うか、本当に.....

典型的な悪態化したアイドルオタクだな。

「すみません。規則なので…」
俺もカメラを回収するまで引き下がるわけにはいかない。男からカメラの中身を確認したいと要求する。
「ふざけるな!!」
今度は、腕を振り上げてきた。
「つっ」
ギリギリで頬をよける。
どうやら、暴力的な人間みたいだ。
俺は男の行動から格闘技経験は無いと判断した。
体幹がない。軸がぶれぶれだ。
それなら…。
「くそがぁ!!!!おらぁ!!!」
怒り狂った男が発狂しながら腕を振り回す。
ったく。
今の貧弱な俺に暴力をふるってくるなっての。
けど、正当防衛成立だな。

俺は素早く男の背後に回り、振り上げられた腕を掴む。
そして、俺の背中を利用して一気に体を引き寄せ、ふりこの反動を利用して前に投げ入れる。
日生遼伝説の背負い投げ。番組企画で合気道を習う機会があった。それが、こんなとこで役に立つとはな....。
「ぐぁっ!!」
男は無残にも地面に叩きつけられ、カクンと意識を失った。

「はぁ。疲れた…。」
俺は力んでいた息を吐き出す。そして、なんとなくで、汚い手を払った。
「竹中君…今の…」
気づけば、俺の周りは小さな群衆の塊となっていた。
いつのまにか、清水さんも後ろで立っていた。
驚いた顔で俺を見つめてくる。
やべ。思ったより事を荒らげたみたいだ。
「あははは。すみません。大ごとにしてしまいましたね…」
俺はポリポリと頬を掻く。それから、男の首にかかっていたカメラを取り上げた。
電源を付けようとスイッチを押しても付かなかった。
どうやら、さっきの戦闘で壊してしまったのかもしれない。
一眼レフカメラって高級って言うし、少し悪い事をしてしまったのかもしれないな…。

そう思ってそっとカメラを地面に戻した。

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