恋情は様々あれど

猫丸

文字の大きさ
上 下
11 / 11
蝶と花(アンリ&オレリア)

【蝶と花】2 sideオレリア

しおりを挟む
 
 わたしの名はオレリア。クレイマン伯爵家の長女、十八歳。貴族階級の証であるミドルネームは捨てた。だから名乗るつもりは無い。
 八年前、父が無実の罪で逮捕されたのは、忘れもしないわたしのデビュタントの翌日のことだ。
『オレリア、母と弟を頼んだぞ! 父は必ず戻るから──』 
 そう言って連れ去られた父はそのまま投獄され──密輸に関与していたと、冤罪だと声涸らして訴えても覆すことは出来なかった。
 母と当時五歳の弟とわたしは爵位を奪われ、平民へと落とされた。
 罪人の家族だと両親どちらの親族からも邪険にされ、寄る辺のないわたしたちは慣れない生活を送ることになった。
 か弱く優しい母の手はたった半年で荒れ、一年も経たない間に痩せ衰えた。僅かながら持ち出せた貯えも底をつきかけ、食べ物も満足に手にすることが出来なくなったころ。わたしは王都にある高貴な方の屋敷を訪れてた。
 ただ、『あのお方は価値観が普通の貴族とは異なるお人だ。何よりも能力を重んじる』と父が言っていたことを思い出して、どんな仕事でもいいから雇ってくれないだろうか──子供の浅慮で押しかけたのだ。
 会って貰えるとは思いもしなかった。五公爵のギリアム・グレイン・マリオンその人は、わたしを子供扱いすることなく、拙い子供の話に耳を傾け、
『私も冤罪だとは考えているが証拠が揃い過ぎている。だが前クレイマン伯爵は有能な男、このまま朽ち果てさせるつもりはない』
 そう言ってくれた。わたしを見つめる青紫の瞳には偽りは微塵も浮かんではいなかった。
『罪を暴き冤罪を証明するまで、私の名の下に君たちを保護しよう』
 わたしたちは、その人の領地で暮らすことになった。なんと客人として別邸のひとつを貸し与えられ、弟には教師までつけくれた。
 だが、わたしだけは王都へ残った。
『何でもします! 恩返しをさせてください!』
 何度も頭を下げ願ったわたしは、その人の部下であるシモンズ男爵家に預けられ、見習い侍女として生活する術を学び、空いた時間はそこのご子息たちと共に勉学や鍛錬を受けることとなった。そうやって過ごすこと数年。
 二年ほど前のことだ。
 第一王子様の立太子の数ヶ月前に起きたある断罪事件で囚われたコリンズ侯爵が、父に冤罪を着せた主犯だと判明したのは。
 王宮の賄統括に属する部署で経理を担当していた父が、横領に気がついたことがそもそもの発端だった。そこに野心家の父の異母弟を取り込んでの証拠捏造。まさに身内ぐるみの冤罪。
『巧妙な捏造だったため時間を要したことをお詫びする』 
 爵位の復活、奪われた財産の保障、当時捜査にあたった不正に与した官吏の処遇──これらを伝えに、五公爵家当主勢揃いで、釈放された父を尋ねてきてくれた。長年の収容生活で躰を壊した父にはまずは静養を。嫡男である弟とエランへは教育の継続を。そして、五公爵家を後見人として長女オレリアを暫定的な領主代行とすることを、王命として伝えられたあの日のことは生涯忘れないだろう。
 
「王宮の夜会が初戦の戦場とは、オレリアもやるなぁ」
「戦は華々しく鮮烈に…、でしょう?」
 怖じ気づくことは許されないと、震える指を叱咤するように告げる。
「オレリア、恥じることは何もない。堂々と行こう!」
「ええ。大きな復讐はマリオン公爵──いいえ、五公爵家の皆様のおかげで果たせた。今日からの小さな復讐はわたしの仕事だもの」
 そう、復讐だ。
 掌を返すようにクレイマン家を見捨てた連中への。
「ビクトル、出陣よ!」
「おう!」
 世話になり続けたシモンズ男爵家の嫡男ビクトルのエスコートで、わたしは大広間へと脚を踏み出す。
 心が流した血を真紅のドレスで示し、傲然と周囲を睨むように。

 わたしは、オレリア・クレイマン──なのだから。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

双子令嬢の幸せな婚約破棄

石田空
恋愛
クラウディアは双子の妹のクリスティナに当主の座と婚約者を奪われ、辺境の地に住まう貴族の元に嫁ぐこととなった……。 よくある姉妹格差の問題かと思いきや、クリスティナの結婚式のときにも仲睦まじく祝福の言葉を贈るクラウディア。 どうして双子の姉妹は、当主の座と婚約者を入れ替えてしまったのか。それぞれの婚約者の思惑は。 果たして世間の言うほど、ふたりは仲違いを起こしていたのだろうか。 双子令嬢の幸せな婚約破棄の顛末。 サイトより転載になります。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...