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蝶と花(アンリ&オレリア)
【蝶と花】2 sideオレリア
しおりを挟むわたしの名はオレリア。クレイマン伯爵家の長女、十八歳。貴族階級の証であるミドルネームは捨てた。だから名乗るつもりは無い。
八年前、父が無実の罪で逮捕されたのは、忘れもしないわたしのデビュタントの翌日のことだ。
『オレリア、母と弟を頼んだぞ! 父は必ず戻るから──』
そう言って連れ去られた父はそのまま投獄され──密輸に関与していたと、冤罪だと声涸らして訴えても覆すことは出来なかった。
母と当時五歳の弟とわたしは爵位を奪われ、平民へと落とされた。
罪人の家族だと両親どちらの親族からも邪険にされ、寄る辺のないわたしたちは慣れない生活を送ることになった。
か弱く優しい母の手はたった半年で荒れ、一年も経たない間に痩せ衰えた。僅かながら持ち出せた貯えも底をつきかけ、食べ物も満足に手にすることが出来なくなったころ。わたしは王都にある高貴な方の屋敷を訪れてた。
ただ、『あのお方は価値観が普通の貴族とは異なるお人だ。何よりも能力を重んじる』と父が言っていたことを思い出して、どんな仕事でもいいから雇ってくれないだろうか──子供の浅慮で押しかけたのだ。
会って貰えるとは思いもしなかった。五公爵のギリアム・グレイン・マリオンその人は、わたしを子供扱いすることなく、拙い子供の話に耳を傾け、
『私も冤罪だとは考えているが証拠が揃い過ぎている。だが前クレイマン伯爵は有能な男、このまま朽ち果てさせるつもりはない』
そう言ってくれた。わたしを見つめる青紫の瞳には偽りは微塵も浮かんではいなかった。
『罪を暴き冤罪を証明するまで、私の名の下に君たちを保護しよう』
わたしたちは、その人の領地で暮らすことになった。なんと客人として別邸のひとつを貸し与えられ、弟には教師までつけくれた。
だが、わたしだけは王都へ残った。
『何でもします! 恩返しをさせてください!』
何度も頭を下げ願ったわたしは、その人の部下であるシモンズ男爵家に預けられ、見習い侍女として生活する術を学び、空いた時間はそこのご子息たちと共に勉学や鍛錬を受けることとなった。そうやって過ごすこと数年。
二年ほど前のことだ。
第一王子様の立太子の数ヶ月前に起きたある断罪事件で囚われたコリンズ侯爵が、父に冤罪を着せた主犯だと判明したのは。
王宮の賄統括に属する部署で経理を担当していた父が、横領に気がついたことがそもそもの発端だった。そこに野心家の父の異母弟を取り込んでの証拠捏造。まさに身内ぐるみの冤罪。
『巧妙な捏造だったため時間を要したことをお詫びする』
爵位の復活、奪われた財産の保障、当時捜査にあたった不正に与した官吏の処遇──これらを伝えに、五公爵家当主勢揃いで、釈放された父を尋ねてきてくれた。長年の収容生活で躰を壊した父にはまずは静養を。嫡男である弟とエランへは教育の継続を。そして、五公爵家を後見人として長女オレリアを暫定的な領主代行とすることを、王命として伝えられたあの日のことは生涯忘れないだろう。
「王宮の夜会が初戦の戦場とは、オレリアもやるなぁ」
「戦は華々しく鮮烈に…、でしょう?」
怖じ気づくことは許されないと、震える指を叱咤するように告げる。
「オレリア、恥じることは何もない。堂々と行こう!」
「ええ。大きな復讐はマリオン公爵──いいえ、五公爵家の皆様のおかげで果たせた。今日からの小さな復讐はわたしの仕事だもの」
そう、復讐だ。
掌を返すようにクレイマン家を見捨てた連中への。
「ビクトル、出陣よ!」
「おう!」
世話になり続けたシモンズ男爵家の嫡男ビクトルのエスコートで、わたしは大広間へと脚を踏み出す。
心が流した血を真紅のドレスで示し、傲然と周囲を睨むように。
わたしは、オレリア・クレイマン──なのだから。
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