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獅子と猫(※R18無し・BL要素あり)
5 困惑
しおりを挟む「ご機嫌よう、レオ」
ジュレルに笑顔を向けられ、レオンはすぐに反応することが出来なかった。
「ご飯持って来たんだ、食べて」
テーブルの上にトレイを置くジュレルの隙をついて、開かれたままの扉から逃げるのは容易だ。だが、それを決断させない異様さをジュレルからは感じた。
「ほら、レオの好きなクロワッサンと、オニオンスープ、あと生ハム。全部レオのお気に入りの店で買ったんだよ?」
「…………ジュレル」
「ジルだよ、僕はジルだ。さあ、食べて!」
「──あ、ああ。いただきます」
楽しげなわりに目が笑っていないジュレルを刺激しないように、レオンは食事に向かう。クロワッサンのサクッとしつつも中はもっちりした舌触りに、攫われた躰が空腹だったことに気がついた。
旺盛な食欲で平らげていくレオンを見つめながら、ジュレルは楽しげに口を開いた。
「ここはねぇ、僕の奥さんの隠れ家なんだよ。奥さんが大切な人と過ごす場所。急だったから一部屋借りたんだけど、早くレオの好きそうな、レオと僕の家を用意するから、しばらくは我慢してね?」
流れるような説明のどこから指摘するべきか。各国の狸どもとの交渉に携わる経験豊富なレオンも、頭を抱える状況。
この場所の持ち主に関しては混乱しそうで、後回しにすると決める。
「訊きたいんだが、私とジュ……、ジルは一緒に暮らすのかい?」
思わず手を止めて問いかけた。
「うん、だってレオはそうしないとすぐに僕のことを捨ててしまうでしょ?」
その言葉にレオンはカッとなる。私がいつ君を捨てた!? 女を押しつけ、お役御免とばかりに離れようとしたのは君だ──と、湧き上がる苛立ちを言葉に含ませて返した。
「…………私を捨てるのは君だろ」
「僕? まさか! 僕はレオを忘れたり、嫌ったり、いらなくなったりしないよ。君のように酷いことは僕はしない」
翠の大きな瞳を昏く輝かせ、
「つきあう価値はないからね、いらないかな。不要品を抱えるほどお人好しじゃないよ。あれは、いらない。……ねえ、レオはこれでも僕を捨ててないと言うのかい?」
ジュレルはひやりとする冷たい表情を浮かべる。
「──!? ジル、それは違う!」
「…………また後で来る」
言い訳は聞きたくない、とジュレルは背を向けて部屋を出ていく。
カチャッと施錠の音がした。
参った。あのラモンド邸でのギリアムとの会話の、対して重要とも思わない案件への意見が、どうしたことかジュレルの耳へと入りとんでもない誤解が生じているらしい。もっとも誤解される態度をとった自業自得とも言えるのだが……。
「困ったな。ああなるとジルは話を聞かないし……」
今の状況も果たして屋敷へどう報告をされているのか。連絡を入れてくれているならレオとジュレル二人の問題で済むけれど、拉致となれば確実にジュレルでも罰せられる。今こうしている間にも、情報網を駆使して厄介な友人が動いているかもしれない。
「それにしても、私たちの家か……」
どういう意味なんだろうか。根本的な部分で自分たちは何かとても大切なところでずれているようだとレオンは思う。
仮説を立ててみる。
ジュレルはレオンを捨てない。つまり、離れる気はない。
ジュレルは捨てるのはレオンだと信じている。これは、捨てるわけではないが離れようかと考えたので否定しない。
ジュレルは拉致して監禁までしてレオンを逃がすまいとしている。共に暮らすと言ったのだから、そう解釈できる。
───導ける答えはなんだ?
「…………嘘、だろ」
俄には信じがたい。
ありえないほどおめでたい想像だ。
しかし、それしか納得できない。
もしかしたら、想いは同じなのか……。
次にジュレルが来るまで、レオンは悶々と思考の海を漂うことになる。
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