恋情は様々あれど

猫丸

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獅子と猫(※R18無し・BL要素あり)

1 きっかけ(レオン)

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 レオン・アレル・コルバンという男は、ランスロット王国の五公爵家のひとつ、コルバン公爵家の嫡男として二十五年前に誕生した。楽隠居した父親に代わり、今年に入って当主を継いでいる。
 高い鼻梁に、整った顔立ちをしている。美形は美形でも、どこか威圧感漂う他の五公爵家の美貌と異なり、レオンは親しみのある柔和な印象を人に与える。一役買っているのが、甘さのある蜂蜜色の緩やかに波打つ髪と、目尻がやや垂れた深みのある、金を帯びた橙色の瞳。あとはいつも微笑んで見える口角が絶妙のバランスで上がっている唇だ。
 物語の甘くやさしい貴公子然としたレオンだが、仲間は「獲物に忍び寄り、持って生まれた獰猛さで喉元に喰らいつく、いつも眠そうな獅子」と笑う。名誉なのか不名誉なのか微妙な喩えだが、レオンという男を上手く表している。建前と本音はわける。必用な時に牙も爪も磨きをかけておく。「この程度の処世術は王国最高位の貴族家に生まれた者の常識だろ」と嘯く、喰えない男だ。

「ジル!」 
 王宮の鍛錬場へと長い廊下を歩いていると黒髪の青年が大量の本を抱えて歩いてきた。相手は同じく公爵家の嫡男でジュレル・エメ・ジルファスという。

「ご機嫌よう、レオ」
「うん。すごい量だねぇ」
 最近忙しさに追われ中々逢えずにいた。偶然の再会にレオンは浮かれた。
「ちょっと気になることがあって、昔の記録と比べたくなっちゃった。重かったんだよ~」
「執務室だろ? 半分持つから」
 三歳下という年齢差もあるが、ジュレルは小柄だ。長身のレオンとは頭ひとつ違う。額のあたりまで重ねられた書物を返事が来る前にさっさと奪いとり、横に並んだ。
「僕は助かるけど、用はいいの?」
「ああ、アンリを今晩迎えに行けなくなったんで、ギリアムにちょっとね。急いでないから気にしないで」
 五歳の息子と親友のマリオン公爵家当主の名前を出せば、
「またマリオンに預けっぱなし? やっぱり再婚しなって。アンリかわいそうでしょ?」
 ジュレルは大きな翠の瞳でレオンを見つめてきた。
(──君にそれを云われたくないな)
 ずきりと痛む心を表に出さず、歩きながらレオンは笑う。
「私といるよりギルの家にいるほうが楽しそうだから。あそこの兄妹とは気があうみたいだよ?」
「う~ん、でも母親いたほうがいいんじゃない?」
 まだ云うかッ!? と苛立ち始め、本を抱える指に力がこもる。
「僕の妻のお友達に素敵なご令嬢──」
 女を押しつけてまで邪魔者なのか、とカッとなった。
「…………やめろ」
 遮られ、えっ? と見開いた瞳を睨みつけレオンは云った。
「本をここに載せて」
「レオン?」
「早く載せてくれるかな?」
 いきなり不機嫌になったレオンに驚いたのか応えないジュレルに、苛立ちが高まっていく。
「私がさっさと君の執務室に運んであげるから。君はゆっくり来ればいいよ。ほら、早く」
 視線で促すけれどただ翠の瞳は見つめてくるだけで、
「そう。なら勝手にすると良いよ。じゃあね」
 抑えきれない怒りから逃げるため、その場にジュレルを置き去りにして足早に歩を進めた。
 

 ランスロット王国に限らず貴族社会は恋に寛容だ。同性の恋愛が禁じられているわけでもなく、貴族の義務を果たしていれば問題にもならない。女の愛人を公然と持つ女性もいるぐらいだ。
 公然ではないが、レオンとジュレルも人知れず肌を交わす仲だ。
 レオンはもうずいぶん長いことジュレルに片恋をしている。
 十代中ごろから肌を交わしている。だが、それだけだ。いつの間にか幼馴染みへの愛から反れて、男として愛してしまったけれど、ジュレルがレオンに肌を許すのには理由がある。そこに感情は含まれない。心は伴わないのだ。

(君には中睦まじい奥様がいる。だからってね、私にまで押しつけないでくれ……)

 レオンには娘と息子がいる。王立学園卒業と同時に結婚した最初の妻との間に娘が産まれ、半年足らずで離縁。その後、当時当主だった父親の厳命ですぐ再婚し、五歳の嫡男アンリを出産後に再び離縁。今年二歳になる次男フランシスは、跡継ぎのスペアを望む父親が用意した女性との間に生まれた。認知して家にいれた子供だ。
 家のためだけの結婚は、すでにジュレルへの恋情を自覚している身には苦痛だった。そんな息子に、
『務めを果たせ。その後は好きに生きても口出しはせん』
 そう言って、困窮しているが家格の高い名家の令嬢を、子が生まれるまでの約定を交わして多額な援助とひき替えに妻として迎えたのだ。
 ただ一度目の離縁はもめた。嫡男を生むまでの婚姻関係に愛情は求めない──それを最初の妻は覆そうと試み、レオンをひどく疲弊させたのだ。だから次男の時は、さすがに婚姻を強制されはしなかったが。

 子供たちを人として可愛いと思いはしても、親としては深い情が湧かない。乳母に一任するだけのレオンに任せてはおけないと、娘と次男は隠居中の前当主夫妻が別邸で育てている。嫡男のアンリはどうしたことかレオンと本邸で暮らすことを望んだ。もっとも月の半分以上を同じ五公爵であり親友のマリオン公爵ギリアムの領地で彼の家族と暮らしているのだが。

「いつも預かってもらって悪いな。別邸に預けるのを嫌がるんで、助かってるよ」
 ジュレルと気まずいわかれ方をした後、レオンは当初の目的どおり鍛錬場で部下たちを指導していたギリアムを訪ねていた。
「まさか外交先に連れてはいけないからな。エリオット息子とも仲が良いんだ、気にするな。それより──」
 また何かあったのか? と、心を読み取られ、
「お前に隠し事はできないね。怖い男だ」
 レオンは苦笑した。
「原因はだろう。いつだってお前を壊すのはしかいない」
「責めないでくれよ。私が勝手に想っているだけなんだよ?」 
「想いを知らないというならばだろう。だが、気がついていて壊すのは
 これでも貴様は私の親友ともなんだ、ギリアムは薄く嗤う。
「少なくとも次代のコルバン公爵が育つまでは完全に壊れてもらっては困るんだ。お前の継承で、ジルファスを除いた四公爵家が代替わりを終えた。王太子も王位を継承した今、やるべきことは山のようにある」
「………はいはい。わかってるよ」
「わかってないな。泣こうが恨まれようが必要があれば私は動く」
 つまり、と云われ、レオンは降参を表して肩をすくめる。
「その時は自分で終わらせるさ」
「五公爵家の愛情は濃く重い。血の為せるところだが、特に我が家とそちらはな、自覚しろよ?」
「はぁ。してるよ。じゃ、息子をよろしく!」
 
 五公爵家は、建国時の初代と次代の王に連なる始祖を持つ。特にコルバンとマリオンのは初代の王弟2人が臣下に降って始まった家だ。おそろしく情の濃かった性質は、幾度となく王家の血と混ざり合うことで薄れず子孫たちに継承されている。
 故に。あまりある自覚情に狂わない意思を持て、そう促されたのはレオンも承知している。

「そろそろ限界かもしれないな……」
 鍛錬場から自分の執務室に戻る道すがら、レオンは足を止める。
 空は晴天で陽射しが眩いのに、心に重い凝りのように厭なものが渦巻いている。
 友に釘をさされ、焦がれる相手には再婚を勧められる現状はよろしくない。
「愛してくれなんて、云ってないのにねぇ、ジル……」
 まだ子を授からない仲の良い夫婦を引き裂くことも、自分だけを見てもらうことも、レオンは望んではいない。
 国を支える責がある。子をなし、次に繋いでいくのが嫡男として果たさねばならないのだから。
 ただ、ジュレルの気紛れで叶うひと時の逢瀬で満足している。いや、満足していると自分を欺す。
 際どいバランスで均衡を保っているレオンのを刺激しないでほしい。

「本当に勘弁して欲しいなぁ……」

 独占したいと願う男心をよそに無神経に煽る猫のような青年。
 思い浮かべたその顔に微笑むレオンの瞳は昏い色に染まっていた。
 
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