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第2部 1年生は平和を望む
13: 出逢い~ジンセル~
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※《蒼嵐》ジンセル王子視点。
シェンルゥがシロエ嬢を連れて戻ってきた。手をつないでいるのは逃走防止のためだろう。心無い者のせいで他人との接触が苦手なのだ。
「ほら、シロエ嬢。約束したでしょう?」
「でも……」
「駄目。見せてください。ね?」
「……ううっ」
シロエ嬢は呻き、またもや泣き出した。どこにそんなに水分があるのか呆れる私の胸へと、何かをぐいぐい押しつけてくる。
「………婚約者…、なりたく……ない……です。……婚約者になる…と死んじゃうの」
「シロエ嬢が言うには、兄様と婚約すると悪役令嬢になりヒロインと兄様に処刑されるそうです」
シェンルゥ!? 何を言い出す?
この珍妙な少女はともかく聡明な弟の口から謎な言葉が飛び出して、私は二人を呆然と眺めてしまった。
「ジンセル王子さまの婚約者になったら、死んじゃう~イヤァ~!!」
わあわあとシェンルゥに抱きつきながらもさらにノートを押しつけられ、
「シェンルゥ…説明してくれるか?」
とりあえずノートを受け取って、私はシェンルゥに助けを求めた。
◇◇
はぁっ。
ため息しか出ない。
我々の世界と似せた精神世界?
その精神世界へ人族という異世界人を転生させるはずが、鬼神の手違いでここへ転生?
十四歳で入学する学園の二年時にヒロインという少女に出逢い卒業までの二年間で愛を育む?
《紅蓮》から三人、《蒼嵐》から私、ハガレス、リュウルの全部で六人が攻略対象ねぇ……。しかし非常に不愉快な表現だな、攻略対象とは。
そのゲームとやらでは、私とおそらく《紅蓮》のエンヤルト王子の婚約者であるシロエ嬢と姉のクロエ嬢が、王子ルートとやらの悪役令嬢としてヒロインを虐める。ああ、この王子ルートという表現も舐めてるな。
ヒロインが誰を選んでも死ぬそうだが、王子を攻略されると悪役令嬢姉妹は問答無用で処刑………吐き気がしてきた。
几帳面な字で一生懸命書いたのだろうノートを読んで、泣きたくもなるだろうと思う。勝手に運命を鬼神に定められる不快感は当然あるけれど、酷いようだが、他人事のようにそう思う。王子として育てられ、時には非情にならねば生き残れないからだ。自分だけではない、国のために。
ただ、出来るなら助力はしてやりたい。
件のシロエ嬢は先ほどまでとはうって変わって笑顔でシェンルゥの尻尾を撫でている。シェンルゥも好きにさせながら菓子や紅茶を勧め、和やかな茶会を二人で楽しんでいる。そう、私だけ頭痛を覚えながらノートを読んでいる横で!
「シェンが失明……だと!?」
めくっていた指が止まった。
シェンルゥが八歳になったころ、婚約者になったシロエ嬢が制止を振り切って鍛錬をしていた私とシェンルゥの前に飛び出し、彼女を避けた私の剣がシェンルゥの目を──耐えられない。読みたくない。なんてことだ!
その瞬間、掌を返したと笑われても構わないが、私は心から姉妹を同情したのだ。
本人たちは望んでいないのに不幸を呼び、最後には命まで奪われる未来。
シェンルゥの未来を知って私ですらこれほど狂おしい感情に包まれたのだ、六歳と五歳の姉妹はどれほど恐怖したかは、このノートとシロエ嬢の態度で充分わかる。
ノートには妹に向けたメモがたくさん書かれていて、ところどころに励ます言葉が散りばめられている。姉は必死に妹のために文字を綴り、たった一年でこれほど傷むまで妹は読み返す。なんて鬼神のもたらしたものは腹立たしく醜いのだろうか!
「運命は変えられるのか?」
低い声が出た。
シロエ嬢は怯えたようだったが、
「強制力の働くものはゲームをするために絶対に必要だから無理だろうって。頑張ったけどシロエは養女になっちゃたから」
ノートには「強制力。離縁回避もシロエ養女に」と赤字で書いてある。そこには「ゲーム板に駒を集める」と怒りをぶつけるような字で強制力とやらの説明も書いてあった。
「……シェンルゥ王子さまは攻略対象じゃないから…シロエが悪い子にならなければ運命は変えられると思う…思います。少しずつお姉ちゃんと試してみた……みました」
「……シェン、お前はシロエ嬢をどう思う」
「とっても良い子です。出来るなら助けてあげたい。そうしたら僕も失明を避けれると思います」
まっすぐに私を見て頷くシェンルゥの手は、シロエ嬢を安心させるようにしっかり握られている。しかし、シロエ嬢は小柄だし幼い口調だがお前より一つ年上だぞ? まるで妹を愛でる兄のようだよ、シェン?
「私の婚約者候補は断り続けて、年齢的に釣り合うのはシロエ嬢しかいない。婚約者筆頭候補ということで父上を説得しよう」
《紅蓮》との緊張関係にある情勢を利用して、卒業まではと願えば了承されるだろうと言えば、シェンルゥもシロエ嬢も笑ってくれた。
信頼に満ちた眼差しに応えねばなるまい──私は強く誓った。
シェンルゥがシロエ嬢を連れて戻ってきた。手をつないでいるのは逃走防止のためだろう。心無い者のせいで他人との接触が苦手なのだ。
「ほら、シロエ嬢。約束したでしょう?」
「でも……」
「駄目。見せてください。ね?」
「……ううっ」
シロエ嬢は呻き、またもや泣き出した。どこにそんなに水分があるのか呆れる私の胸へと、何かをぐいぐい押しつけてくる。
「………婚約者…、なりたく……ない……です。……婚約者になる…と死んじゃうの」
「シロエ嬢が言うには、兄様と婚約すると悪役令嬢になりヒロインと兄様に処刑されるそうです」
シェンルゥ!? 何を言い出す?
この珍妙な少女はともかく聡明な弟の口から謎な言葉が飛び出して、私は二人を呆然と眺めてしまった。
「ジンセル王子さまの婚約者になったら、死んじゃう~イヤァ~!!」
わあわあとシェンルゥに抱きつきながらもさらにノートを押しつけられ、
「シェンルゥ…説明してくれるか?」
とりあえずノートを受け取って、私はシェンルゥに助けを求めた。
◇◇
はぁっ。
ため息しか出ない。
我々の世界と似せた精神世界?
その精神世界へ人族という異世界人を転生させるはずが、鬼神の手違いでここへ転生?
十四歳で入学する学園の二年時にヒロインという少女に出逢い卒業までの二年間で愛を育む?
《紅蓮》から三人、《蒼嵐》から私、ハガレス、リュウルの全部で六人が攻略対象ねぇ……。しかし非常に不愉快な表現だな、攻略対象とは。
そのゲームとやらでは、私とおそらく《紅蓮》のエンヤルト王子の婚約者であるシロエ嬢と姉のクロエ嬢が、王子ルートとやらの悪役令嬢としてヒロインを虐める。ああ、この王子ルートという表現も舐めてるな。
ヒロインが誰を選んでも死ぬそうだが、王子を攻略されると悪役令嬢姉妹は問答無用で処刑………吐き気がしてきた。
几帳面な字で一生懸命書いたのだろうノートを読んで、泣きたくもなるだろうと思う。勝手に運命を鬼神に定められる不快感は当然あるけれど、酷いようだが、他人事のようにそう思う。王子として育てられ、時には非情にならねば生き残れないからだ。自分だけではない、国のために。
ただ、出来るなら助力はしてやりたい。
件のシロエ嬢は先ほどまでとはうって変わって笑顔でシェンルゥの尻尾を撫でている。シェンルゥも好きにさせながら菓子や紅茶を勧め、和やかな茶会を二人で楽しんでいる。そう、私だけ頭痛を覚えながらノートを読んでいる横で!
「シェンが失明……だと!?」
めくっていた指が止まった。
シェンルゥが八歳になったころ、婚約者になったシロエ嬢が制止を振り切って鍛錬をしていた私とシェンルゥの前に飛び出し、彼女を避けた私の剣がシェンルゥの目を──耐えられない。読みたくない。なんてことだ!
その瞬間、掌を返したと笑われても構わないが、私は心から姉妹を同情したのだ。
本人たちは望んでいないのに不幸を呼び、最後には命まで奪われる未来。
シェンルゥの未来を知って私ですらこれほど狂おしい感情に包まれたのだ、六歳と五歳の姉妹はどれほど恐怖したかは、このノートとシロエ嬢の態度で充分わかる。
ノートには妹に向けたメモがたくさん書かれていて、ところどころに励ます言葉が散りばめられている。姉は必死に妹のために文字を綴り、たった一年でこれほど傷むまで妹は読み返す。なんて鬼神のもたらしたものは腹立たしく醜いのだろうか!
「運命は変えられるのか?」
低い声が出た。
シロエ嬢は怯えたようだったが、
「強制力の働くものはゲームをするために絶対に必要だから無理だろうって。頑張ったけどシロエは養女になっちゃたから」
ノートには「強制力。離縁回避もシロエ養女に」と赤字で書いてある。そこには「ゲーム板に駒を集める」と怒りをぶつけるような字で強制力とやらの説明も書いてあった。
「……シェンルゥ王子さまは攻略対象じゃないから…シロエが悪い子にならなければ運命は変えられると思う…思います。少しずつお姉ちゃんと試してみた……みました」
「……シェン、お前はシロエ嬢をどう思う」
「とっても良い子です。出来るなら助けてあげたい。そうしたら僕も失明を避けれると思います」
まっすぐに私を見て頷くシェンルゥの手は、シロエ嬢を安心させるようにしっかり握られている。しかし、シロエ嬢は小柄だし幼い口調だがお前より一つ年上だぞ? まるで妹を愛でる兄のようだよ、シェン?
「私の婚約者候補は断り続けて、年齢的に釣り合うのはシロエ嬢しかいない。婚約者筆頭候補ということで父上を説得しよう」
《紅蓮》との緊張関係にある情勢を利用して、卒業まではと願えば了承されるだろうと言えば、シェンルゥもシロエ嬢も笑ってくれた。
信頼に満ちた眼差しに応えねばなるまい──私は強く誓った。
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