17 / 40
第2部 1年生は平和を望む
4 : 鬼士科と混乱の合同授業
しおりを挟む(腹の底が読みにくいのよね……)
隣の席で授業に耳を傾けるジンセル王子を横目で観察し、クロエはしみじみとエンヤルトとの違いに思いを馳せていた。
あちらこちらに跳ねるくせの強い真っ赤な髪と紅い瞳に褐色の肌という特徴からエンヤルトを「動」だとすれば、ジンセル王子は、背の中程まである真っ直ぐな青銀の髪と青い瞳に透き通るような白い肌をした冷静沈着な「静」。
明け透けに見えてわざと隙を作るエンヤルトは、王族らしく秘密主義な面もある。だがジンセル王子はさらに内心が読めない。敢えて隙を埋め尽くすタイプだろうか。
(聞き違いとも思えないけれど今さら聞き辛いですわ……)
『───悪役令嬢に見えませんか?』
ジンセル王子は確かにそう言った。
この世界に悪役令嬢という表現はないので、妹のシロエからやはり聞いているのではないか、クロエはそう思っている。残念ながらあの場では問いかけることが出来ず、かといって二人で日を改めて会話をする機会も得られないまま日々が過ぎている。
「クロエ嬢?」
「クロエ?」
「えっ、あれ?」
両側から呼びかけられ、ハッと我に返ればなんと授業は終わり、次の授業へと移動が始まっていた。
「次は鬼士科との合同授業だけど、体調悪いならアタシが医務室連れてくよ?」
「ごめんなさい。ちょっと考えごとをしてしまったの。大丈夫ですわ!」
心配そうなキルカナに慌てて否定したのだが、
「遠慮しないでって、アンタとアタシの中だ。医務室行こう! ジンセル王子、先生に言っといてくれるよね」
当のキルカナはやけに必死な形相で医務室に連れていきたいと頑張る。
ぐいぐい腕を引っ張るキルカナをじっと見つめ、ジンセル王子がああ、と腑に落ちたと冷笑を浮かべ、
「待ちなさい、キルカナ嬢。君は単に鬼士科のあの人物に会いたくないだけでしょう? クロエ嬢を巻き込むと過保護大魔王が怒鳴り込みに来ますよ」
「──ッ!?」
がっくり肩を落とすキルカナの姿に、クロエも「天敵がいたのだったわ」と思い至る。
「「さぼらせません、行きますよ」」
ジンセル王子と二人で意地悪く笑い、嫌がるキルカナと共に移動を開始した。
◇◇
本日の合同授業は、二軍に別れて模擬戦を繰り広げる鬼士科の生徒たちへ、同じく二手にわかれた魔鬼士科の生徒が回復や補助魔法をかけていくという、クロエとしては慣れた内容だ。もっともそんな経験を持つ生徒たちはほぼいない。
「大変そう……」
「実地不安だよなぁ、出来るかなぁ」
などなどヒヨッコ以下の魔鬼士モドキたちをよそに、どちらの陣営に加わるかクロエたちはさっさとクジを引いていた。
「あら、西軍ですわ!」
「残念、別れましたね。私は東軍です」
「クロエと別れてジンセル王子と一緒なんて、…………終わった」
「キルカ、でも大将の名前を見て?」
クジと一緒に手渡された陣地表の大将欄には、東軍大将エンヤルト、西軍大将ミカルカとあった。
「やった! あの魔女から逃れられた!」
きゃあきゃあと文字通り飛び跳ねるキルカナのジャンプ力に目を瞠るその隣で、ジンセル王子は「四肢操呪をかけて無理やり自爆させるか? それとも能力無効をかけてしまおうか?」
ふふふと微笑むジンセル王子が怖い。
「笑顔で酷いことを言うのはやめて下さいな? あれでも王子なので外交問題になりますからね?」
クロエは真剣に頼んでしまうのだった。
西軍大将のミカルカは、一言で表せば猛女だ。正確に言えば、羽人族の猛将バレカン将軍と狼人の妻との間に生まれた娘である。大きく強靭な四枚羽と猛禽類の鋭い爪は父譲り、聴覚や筋力などは母譲り──空中戦も陸戦も死角無しの戦乙女である。ただし、鬼人族の男並みに逞しいと注釈がつく。
「あなた、あの赤鬼の婚約者でしたっけ? 味方したければどうぞ。ただしその首へし折りますけれど」
「味方なんてしませんわ。これは模擬戦とは言え戦ですわよ? むしろ俺様気質をギッタギタにしていただきたいですわ!」
「……ちょっとも手抜きしてとか頼まないの?」
クロエの噓偽りのない眼差しにちょっと引いたミカルカへ、
「あ、でも一つだけ! 赤鬼様の腹筋はあまり傷つけないでくださいませ? 腹筋以外ならどこがどうなっても構いませんわ! あの腹筋は護るべき価値がありますのよっ。もし赤鬼様に何かあっても腹筋は保存魔法をかけたいのでそれだけはご協力いただけますと嬉しいですわ、ミカルカ様!」
滔々と言い募る言葉は、エンヤルトへの愛──いや、エンヤルトの腹筋愛に溢れるものだった。
「…………赤鬼、哀れな男だったのか。腹筋だけしか愛されてないなんて」
この時ほんの少しだけミカルカがエンヤルトを憐れんだのは言うまでもない。
戦闘開始数十分後の東軍は、
「ジンセルこの野郎ッ、きっちり回復かけやがれ!! キルカ、てめぇ、なんで筋力低下かけてんだよ馬鹿! かけんのは上昇だっ!!」
エンヤルトの怒号が轟く、阿鼻叫喚まっただ中にある。
「やってる! 私は操術が得意なんだ! 回復は苦手なんだぞ、次の奴さっさと来い!!」
日頃の冷静さはどこかに、ジンセルは列をなす鬼士科の生徒たちへ乱暴に回復呪文をかけまくり、
「アンタがギャアギャア騒ぐから間違えたんだよッ!!」
キルカは習いたての呪文を必死に唱え続けている。
すべては西軍の戦力が普段の何割増しかで強くなっているからであり、いつもは互角の東軍は戦力が減りつつある。
次々に入ってくる戦況に、エンヤルトは腹を括った。
「アクラン、残った兵士集めてミカルカ以外を潰せ。俺が足止めするけどあいつが来たら散開しろ。戦闘終了時刻まで全滅は避けろよ。ジンセル、お前はお得意の操術ありったけ、クロエにぶちあてろ。集中力を削げればいい。キルカ、いいか、お前が使える強化呪文を間違えずに俺にかけてくれ。それと、他の生徒たちは防御陣はれるやつは頼む!」
「へっ、エンヤルト様もしかして単身乗り込む気!?」
「………あっちには戦闘狂だけじゃねえ、《紅蓮》の魔法狂がいるんだ。はなっから勝てないに決まってるんだよ。引き分けなら負けじゃねえ!!」
エンヤルトの雄叫びに、東軍勢は揃って虚ろな瞳で頷いていた。
同じころ、審判席の教師たちは全員蒼白になっていた。
恐ろしく統制のとれたプロ級の戦略と、明らかに高度な魔力操作を要する呪文に強化された生徒たち。
「………これ、新入生の初合同授業だよな」
「西軍、異常だろうがっ!」
「大将が鬼士科ミカルカ、援護班長が魔鬼士科の…………」
「おい、名前は!?」
「クロエ・ハチス」
「「「「公爵令嬢だとっ!?」」」」
さらに西軍では、
「魔鬼士が加わるとこんなに戦局が変わるのか……」
「あ~、俺たちあまり役にたってない」
「うん。ほぼ役立たず。アハハ」
「「「あの人たちって……」」」
十数分後、合同授業は終了した。
最終的にエンヤルトの突撃でミカルカの足止めができ、なんとか両軍引き分けとなった。
後日、鬼士科のミカルカ・バレカン辺境伯令嬢と魔鬼士科のクロエ・ハチス公爵令嬢は、エンヤルトの言葉が皆に伝わり「戦闘狂と魔法狂」として左校舎どころか普通科の生徒たちにも恐れ……崇められることになる。
そしてこの日以降、意気投合した彼女たちは魂の姉妹として友情を育み、エンヤルト、ジンセル、キルカナたちを悩ませるのである。
知らぬ間に対ヒロイン戦の味方を獲得していたクロエであった。
0
お気に入りに追加
421
あなたにおすすめの小説
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
捨てられた第四王女は母国には戻らない
風見ゆうみ
恋愛
フラル王国には一人の王子と四人の王女がいた。第四王女は王家にとって災厄か幸運のどちらかだと古くから伝えられていた。
災厄とみなされた第四王女のミーリルは、七歳の時に国境近くの森の中で置き去りにされてしまう。
何とか隣国にたどり着き、警備兵によって保護されたミーリルは、彼女の境遇を気の毒に思ったジャルヌ辺境伯家に、ミリルとして迎え入れられる。
そんな中、ミーリルを捨てた王家には不幸なことばかり起こるようになる。ミーリルが幸運をもたらす娘だったと気づいた王家は、秘密裏にミーリルを捜し始めるが見つけることはできなかった。
それから八年後、フラル王国の第三王女がジャルヌ辺境伯家の嫡男のリディアスに、ミーリルの婚約者である公爵令息が第三王女に恋をする。
リディアスに大事にされているミーリルを憎く思った第三王女は、実の妹とは知らずにミーリルに接触しようとするのだが……。
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
転生したら乙ゲーのモブでした
おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。
登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。
主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です
本作はなろう様でも公開しています
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる