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第2部 1年生は平和を望む

4 : 鬼士科と混乱の合同授業

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(腹の底が読みにくいのよね……)
 隣の席で授業に耳を傾けるジンセル王子を横目で観察し、クロエはしみじみとエンヤルトとの違いに思いを馳せていた。

 あちらこちらに跳ねるくせの強い真っ赤な髪と紅い瞳に褐色の肌という特徴からエンヤルトを「動」だとすれば、ジンセル王子は、背の中程まである真っ直ぐな青銀の髪と青い瞳に透き通るような白い肌をした冷静沈着な「静」。
 明け透けに見えてわざと隙を作るエンヤルトは、王族らしく秘密主義な面もある。だがジンセル王子はさらに内心が読めない。敢えて隙を埋め尽くすタイプだろうか。

(聞き違いとも思えないけれど今さら聞き辛いですわ……)

『───悪役令嬢に見えませんか?』
 ジンセル王子は確かにそう言った。
 この世界にという表現はないので、妹のシロエからやはり聞いているのではないか、クロエはそう思っている。残念ながらあの場では問いかけることが出来ず、かといって二人で日を改めて会話をする機会も得られないまま日々が過ぎている。

「クロエ嬢?」
「クロエ?」
「えっ、あれ?」 
 両側から呼びかけられ、ハッと我に返ればなんと授業は終わり、次の授業へと移動が始まっていた。

「次は鬼士科との合同授業だけど、体調悪いならアタシが医務室連れてくよ?」
「ごめんなさい。ちょっと考えごとをしてしまったの。大丈夫ですわ!」
 心配そうなキルカナに慌てて否定したのだが、
「遠慮しないでって、アンタとアタシの中だ。医務室行こう! ジンセル王子、先生に言っといてくれるよね」
 当のキルカナはやけに必死な形相で医務室に連れていきたいと頑張る。
 ぐいぐい腕を引っ張るキルカナをじっと見つめ、ジンセル王子がああ、と腑に落ちたと冷笑を浮かべ、
「待ちなさい、キルカナ嬢。君は単に鬼士科の人物に会いたくないだけでしょう? クロエ嬢を巻き込むと過保護大魔王が怒鳴り込みに来ますよ」
「──ッ!?」
 がっくり肩を落とすキルカナの姿に、クロエも「天敵がいたのだったわ」と思い至る。
「「さぼらせません、行きますよ」」
 ジンセル王子と二人で意地悪く笑い、嫌がるキルカナと共に移動を開始した。

◇◇

 本日の合同授業は、二軍に別れて模擬戦を繰り広げる鬼士科の生徒たちへ、同じく二手にわかれた魔鬼士科の生徒が回復や補助魔法をかけていくという、クロエとしては慣れた内容だ。もっともそんな経験を持つ生徒たちはほぼいない。
「大変そう……」 
「実地不安だよなぁ、出来るかなぁ」
 などなどヒヨッコ以下の魔鬼士モドキたちをよそに、どちらの陣営に加わるかクロエたちはさっさとクジを引いていた。
「あら、西軍ですわ!」
「残念、別れましたね。私は東軍です」
「クロエと別れてジンセル王子と一緒なんて、…………終わった」
「キルカ、でも大将の名前を見て?」
 クジと一緒に手渡された陣地表の大将欄には、東軍大将エンヤルト、西軍大将ミカルカとあった。
「やった! あの魔女から逃れられた!」
 きゃあきゃあと文字通り飛び跳ねるキルカナのジャンプ力に目を瞠るその隣で、ジンセル王子は「四肢操呪マリオネットをかけて無理やり自爆させるか? それとも能力無効スキルブレイクをかけてしまおうか?」
 ふふふと微笑むジンセル王子が怖い。
「笑顔で酷いことを言うのはやめて下さいな? あれでも王子なので外交問題になりますからね?」
 クロエは真剣に頼んでしまうのだった。

 西軍大将のミカルカは、一言で表せば猛女だ。正確に言えば、羽人族の猛将バレカン将軍と狼人の妻との間に生まれた娘である。大きく強靭な四枚羽と猛禽類の鋭い爪は父譲り、聴覚や筋力などは母譲り──空中戦も陸戦も死角無しの戦乙女である。ただし、鬼人族の男並みに逞しいと注釈がつく。
「あなた、あの赤鬼の婚約者でしたっけ? 味方したければどうぞ。ただしその首へし折りますけれど」
「味方なんてしませんわ。これは模擬戦とは言え戦ですわよ? むしろ俺様気質をギッタギタにしていただきたいですわ!」
「……ちょっとも手抜きしてとか頼まないの?」
 クロエの噓偽りのない眼差しにちょっと引いたミカルカへ、
「あ、でも一つだけ! 赤鬼様の腹筋はあまり傷つけないでくださいませ? 腹筋以外ならどこがどうなっても構いませんわ! あの腹筋は護るべき価値がありますのよっ。もし赤鬼様に何かあっても腹筋は保存魔法をかけたいのでそれだけはご協力いただけますと嬉しいですわ、ミカルカ様!」
 滔々と言い募る言葉は、エンヤルトへの愛──いや、エンヤルトの腹筋愛に溢れるものだった。
「…………赤鬼、哀れな男だったのか。腹筋だけしか愛されてないなんて」
 この時ほんの少しだけミカルカがエンヤルトを憐れんだのは言うまでもない。

 戦闘開始数十分後の東軍は、 
「ジンセルこの野郎ッ、きっちり回復かけやがれ!! キルカ、てめぇ、なんで筋力低下かけてんだよ馬鹿! かけんのは上昇だっ!!」
 エンヤルトの怒号が轟く、阿鼻叫喚まっただ中にある。
「やってる! 私は操術が得意なんだ! 回復は苦手なんだぞ、次の奴さっさと来い!!」
 日頃の冷静さはどこかに、ジンセルは列をなす鬼士科の生徒たちへ乱暴に回復呪文をかけまくり、
「アンタがギャアギャア騒ぐから間違えたんだよッ!!」
 キルカは習いたての呪文を必死に唱え続けている。
 すべては西軍の戦力が普段の何割増しかで強くなっているからであり、いつもは互角の東軍は戦力が減りつつある。
 次々に入ってくる戦況に、エンヤルトは腹を括った。
「アクラン、残った兵士集めてミカルカ以外を潰せ。俺が足止めするけどあいつが来たら散開しろ。戦闘終了時刻まで全滅は避けろよ。ジンセル、お前はお得意の操術ありったけ、クロエにぶちあてろ。集中力を削げればいい。キルカ、いいか、お前が使える強化呪文を間違えずに俺にかけてくれ。それと、他の生徒たちは防御陣はれるやつは頼む!」
「へっ、エンヤルト様もしかして単身乗り込む気!?」
「………あっちには戦闘狂ミカルカだけじゃねえ、《紅蓮》のうちの魔法狂クロエがいるんだ。はなっから勝てないに決まってるんだよ。引き分けなら負けじゃねえ!!」
 エンヤルトの雄叫びに、東軍勢は揃って虚ろな瞳で頷いていた。

 同じころ、審判席の教師たちは全員蒼白になっていた。
 恐ろしく統制のとれたプロ級の戦略と、明らかに高度な魔力操作を要する呪文に強化された生徒たち。
「………これ、新入生の初合同授業だよな」
「西軍、異常だろうがっ!」
「大将が鬼士科ミカルカ、援護班長が魔鬼士科の…………」
「おい、名前は!?」
「クロエ・ハチス」
「「「「公爵令嬢だとっ!?」」」」

 さらに西軍では、
「魔鬼士が加わるとこんなに戦局が変わるのか……」
「あ~、俺たちあまり役にたってない」
「うん。ほぼ役立たず。アハハ」
「「「あの人たちって……」」」 

 十数分後、合同授業は終了した。
 最終的にエンヤルトの突撃でミカルカの足止めができ、なんとか両軍引き分けとなった。

 後日、鬼士科のミカルカ・バレカン辺境伯令嬢と魔鬼士科のクロエ・ハチス公爵令嬢は、エンヤルトの言葉が皆に伝わり「戦闘狂ミカルカ魔法狂クロエ」として左校舎どころか普通科の生徒たちにも恐れ……崇められることになる。
 そしてこの日以降、意気投合した彼女たちは魂の姉妹筋肉愛好家として友情を育み、エンヤルト、ジンセル、キルカナたちを悩ませるのである。
 知らぬ間に対ヒロイン戦の味方を獲得していたクロエであった。

 

 
  

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