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第1部 鬼人の王国《紅蓮》
5 : 天敵+敵二人襲来
しおりを挟む婚約してから一年と少し。
さすがにクロエも、上から目線な俺様王子に若干諦めてきた。慣れたの間違い?
いいや、諦めたであっている。
「…………謝罪をしろ」
ご立腹なエンヤルト王子が仁王立ちし、足下に正座して二人の少年が頭を垂れている。
まず、あなたが謝罪をなさって下さい、わたくしに!
ハチス公爵のガーデンテラスでクロエは、お気に入りの紅茶を飲みながらそんなことを思っている。
「衣装部屋に無断で侵入すると何事だ? 俺の婚約者であるクロエの裸でも見ようとしたか?」
そもそも、寝室に転移陣を設置したあげく、わたくしのお願いした場所ではまったくない衣装部屋に移設したあなたに、偉そうに言われたくないわ。しかも、裸とか言わないでいただけません? また角が伸びてしまいますわ!
思いながら角を触ってみるが、いつもの長さを保っている。鬼人のマナーでは女が角を伸ばすのは淑女らしからぬはしたない行為なのだ。
男性は牙や角を伸ばしても怒られないなんてずるいですわ、などとどうでもいいことまで考える。
「俺もまだ見てないのに……」
「あ、ええっと、私も見てません!」
「オレも! おっぱい見てみたかったけど、見てないよ!」
バキッとお気に入りのティーカップに亀裂が生じる。わなわなと震えるクロエの眼前で、
「イズナルッ、アクランッ!」
エンヤルトが怒りに任せてダンッと地面を蹴っただけなのに、クロエの丹精こめた花壇のひとつを飲み込んで地面が裂けた。
バキバキッ。音をたててティーカップに亀裂が増えていく。
「転移陣が衣装部屋につながってるなんて思わなかったんです!」
「ベッドにつながってるかと期待してなんか、いねぇって!」
「イズナル…なら、どこにつながってると期待したんだ?」
ライド侯爵嫡男のイズナルの襟を右手で掴み、
「ベッドにつながってたら何するつもりだった? ……なあ、アクラン?」
エキレ侯爵次男のアクランの襟も左手でむんずと掴み、エンヤルトはその裂け目にポイッと投げ込み、
「焔に焼かれろ──炎柱」
魔力を放った。
「「うわっ、熱いッ!?」」
バキバキバキリッ! ゴトリ!
「お、お嬢様っ」
粉々になったティーカップとテーブルの残骸を慌てて侍女のカヤや執事のコエンが片付けてくれるが、それを見ずにエンヤルトに向ける目は、完全に据わりきっていた。
「だ、駄目です! お嬢様ぁぁ!」
魔力が顕現化した、ゆらゆらと立ちのぼる薄紅の気を纏いエンヤルトへと近づく。
「お前の部屋に無断で侵入した不埒者には仕置きを──うわっ、クロエ!?」
バチッと魔力が迸る。
「ク、クロエ? そいつらは紅蓮の鬼人だぞ! 炎ごとき大したダメージなんてないっ。お前が心配なんてする必要ないんだぞ!?」
「お黙りなさいませ。誰がそんな変態どもを心配してますの?」
冷ややかすぎる双眸にエンヤルトは息を飲んだ。裂け目からぷすぷすと煙をあげて這い上がってきた少年たちは、変態と罵られ固まった。
「………燃やしましたね、殿下?」
そう、変態どもを焼いた炎は、よりによって特別な花壇を消し炭にしていた。
「シロエと植えたお花だったのに」
うふふと微笑むクロエの角は、過去最高に伸びていた。
三人が異変を察知して避ける間もなく、
「蓮縛陣──」
蓮の花の形に広がった魔力が彼らのまわりに展開し、檻となって動きを封じる。
◇◇
『『『ごめんなさいっ!!』』』
「………………フンッ」
新しく運ばれたテーブルセットと料理長が初ギレしたお嬢様のためにと慌てて作った菓子と、カヤが淹れた薫り豊かなハーブティーを楽しむクロエは、檻に閉じこめられて謝罪し続ける三人を無視する。
ハチス家の紋章にある蓮の花を象った陣は、まだ幼いクロエの魔力操作ではそれほど強固ではない。三人が本気になれば壊れる程度のものだが、激怒したその迫力と今は居ない妹との想い出を台無し──エンヤルトの所業だ──にした反省から、三人はおとなしく謝っていた。
そもそもは、エンヤルトを訪ねたイズナルとアクランが、部屋に残る転移の気配を感じて転移陣を潜ってしまったことにある。
「エンヤルト様以外はご招待いたしますわ」
二回指を鳴らすと、エンヤルト以外の二人から檻が消えた。
「どうぞ、召し上がれ」
墨色の瞳は冷気を纏ったままニッコリ微笑む令嬢に、少年たちは仕える王子を躊躇わず見捨てた。逆らったら殺られるかもしれない──その時そんなことを思ったと、後から彼らからクロエは聞かされるのだが、この時は彼らは黙って素直に席につく。
『クロエ、俺も出せ! おいっ、何でお前らがクロエと茶を飲むんだ!』
「殿下、私はライド家を継がねばなりません……あ、美味しいです」
「あら、イズナル様はハーブティーがお好きですのね。仲良くできますわね」
毛先だけが赤味を持った銀の髪と濃い灰色の瞳をしていますし、ライド家のイズナル様は攻略対象に間違いないわ。仲良くいたしましょう、と思案していることはおくびにも出さない。ヒロインがイズナルを選べば、断罪後に暗殺される。魔力の質と魔力操作でクロエに劣ることをコンプレックスにして目の敵にされるのは避けたい。
「これ美味いな、クロエ様!」
「ええ。うちの料理長はお菓子も得意ですのよ」
濃い紫の髪と瞳。こちらはエキレ侯爵の次男、アクラン様ね。戦闘力ばかり研きをかけて、お勉強は嫌い。文武両道な兄への劣等感に加え、王太子の側近ならばクロエ嬢を見習って知性も研けと父の侯爵に言われてクロエへ嫉妬を抱えていく。ヒロインがアクラン様を選べば、魔族との戦争の前線に連れて行かれどさくさに紛れて抹殺される。この方のお勉強を手助けしてあげたらどうかしら、と駄目な子を見るように思う。
『ク~ロ~エ~ッ!』
あれは茶会が終わるまで放置しましょう。
「さ、たくさん召し上がれ!」
「「はいっ」」
緊張感漲る茶会はまだまだ始まったばかりである。
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