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第1部 鬼人の王国《紅蓮》

4 : 婚約者は「天敵」と読む

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 足掻いた結果、目出度く王太子エンヤルト・グレンの婚約者となってしまったクロエだったが、ヘコんでいる暇はなかった。


「お前は魔鬼士にでもなる気か?」
 そんなつもりはございません。
 遠く離れた妹シロエと入学前に魔力通信ができたらいいな、その程度です。ちなみに魔鬼士とは、魔法を巧みに使う専門家のことですわ。

「俺が逢いに来てやってるのに有り難がれ」
 ありがた迷惑ってご存じですか。あなたが原因で死ぬはめになるのに嬉しいはずないですわ。

「魔力の鍛錬中ですの。話しかけないでくださいな。お嫌ならお帰りになってよろしくてよ」
「──あのさぁ、俺、王子。俺たちは王命で婚約しました。さて、この場合どうするのが正しいの態度でしょうか? 
 はい、出ました! お得意の、「必殺俺は王子攻撃」ですわね。はいはい、存じてますわよ、のところを強調されなくても、お返事すればよいのでしょ、ふんっ。

「婚約者トシテ王子サマト仲良クスルノガ正シイデス」
 素っ気なくお気に召す言葉を投げて、クロエはこれでいいだろうとばかりにツンとそっぽを向いて見せる。
「いつものごとく見事な棒読みだ。嬉しくて涙が出るぞ」
 エンヤルト王子は無表情で返す。
「まあ、お褒めいただきありがとうございますわ!」
 わざとらしく喜ぶクロエに、
「褒めてない、ば~か、ば~か」
 一転して破顔し、クロエのしかめっ面の頬はミヨ~ンと横に引っ張っられた。
「おっ、よく伸びるな!」
「やめへくりゃはひっ、ほによっ、はかへんかっ!!」
 やめて下さいこのバカ殿下!! と不敬だが正しく発音出来ていないからギリギリ平気なクロエの声が響く。

 こんなやり取りがハチス公爵家の日常風景になってふた月。言わば、不本意に婚約が決まってからと同じだ。
 
「もう! 王太子様って暇ですの!? ほぼ毎日こちらにいらしてますけど! お城からハチス邸まで毎日無駄に護衛させられる近衛鬼士様たちがかわいそうですわ!」
 頬を抓む指をパシッと叩き落としたクロエは、ヒリヒリ痛む頬を撫でながら睨みつけた。
「んっ? 今日は俺ひとりだぞ」
 すると、王子は何故か首を傾げた。
「まさか、おひとりで抜け出されたの!?」
「抜け出す? いや、ちゃんとクロエのところに行くと伝えたぞ?」
「近衛もつけずにひとりで来るなんて何かあったらどうされるの!」
 驚きと呆れと怒りでクロエは腹が立った。
 あなたに何か起きたら、学園に入学前に処刑になるじゃありませんのぉッ! ハチス公爵家も、お側を護らなかった近衛鬼士の方々も連帯責任ですわよね! それを、ひとりですって!
 知らず角がニュッと伸びる。
「何か? ないだろ、ここに」
 伸びたぞ~と、薄紅の角を呑気に突きつつ、エンヤルトは傾げた首の角度を深くする。
「ですからっ、ここまでの道すがら何かあったら!」
「……道すがらって、扉を開ければお前のとこだし? ん~っ、俺の部屋からあっという間だぞ? 何かならお前の心配が先だろうが」
「ですから、あなたのお部屋からハチスの玄関までのお話しをしてますの!!」
 話が通じないことにクロエの怒りは頂点に達した。生殺与奪の元凶となる王子への殺意から、プルプル震えるクロエの墨色の瞳には涙まで浮かんできた。
 通じない会話に当のエンヤルトも怪訝な顔をしていたが、ぽかりと口を開いたのち、クロエを見た。その表情を言葉にすれば、「やばい」とでもいったところか。
「……あ、お前に言い忘れてたか?」
 不穏な気配を感じ、
「…………何をですの?」
 つい身構えるクロエに、エンヤルトはニッと牙を覗かせて笑った。
「俺の部屋とお前の寝室を転移呪文でつないだんだ」 
「そうですの! 殿下とわたくしのお部屋を転移呪文で……転移…で……寝室を?」
 この未来の浮気者はなんと言った?
 脳が衝撃で処理を拒む。
 結婚前のわたくしの寝室に?
 しかも転移などという高度な呪文でつないだ?
「いちいち面倒くさいからと、父上とハチス公爵の許可をとった。しかしお前が案じてくれるとは思わ──クロエッ!?」
 フウッと意識が遠のいていく。
 この天敵め絶対ゆるさぬ……と誓いを新たにクロエは気を失った。



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