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第12章 前夜祭の芝居

前夜祭の芝居(3)

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こめかみの辺りにするどい殺気を感じた。

顔を上げると幼顔《おさながお》のお嬢吉三がすごい目で私を睨んでいる。

私はあわあわと口ごもった後、
なんとか台詞を続けた。

正太はそのうち私をいじめだした。

私は正太に懐に手を突っ込まれたり、
袖を引っ張られたり、
下駄で膝を踏まれるたびに

「あれえっ!」
という金切り声をあげる。

私はこのお芝居は何だか暗いし、
台詞はわけがわからないし、
第一正太と一緒に稽古なんかしたくなかったので、
嫌いだった。

だけどこの「あれえっ!」という悲鳴だけは気に入っていた。

全身全霊をこめて懸命に演技をした。

おとせは手をばたばたさせて首をぶんぶん振って、
あれえ!
あれえええ!
と叫び続けた。

びちょんと人が水に落ちるときの効果音がした。

私はああ自分は川に落っこちたんだと、
舞台袖に向かった。

やれやれ終わった、
窮屈な着物と鬘を取ろうと、
楽屋に入ると、
小虎がいた。

私に気がつかない。

私が彼の横を通りすぎても知らん振りしている。

首をあちこちに向けたり楽屋中を動き回っていた。

私がお菓子とジュースを持って畳に座り込むと小虎がじっと私を見ている。

しばらくこちらに目線を釘付けにしていたが、
またきょろきょろし出した。

小虎は楽屋の戸を少し開くと外を覗いた。

私は小虎に近づき、
背中をぽんと叩いた。

「もしかして、僕を探してる?」

小虎が振り向いた。

真ん丸くした目で私を頭の上からつま先までまじまじと見た。

「スグルくん!?」

「そうさ僕さ!」

小虎は目をこれ以上開けたら破裂するんではないかと思うほど大きく見開いた。

黒目に江戸娘の姿の私を映しながら私の顔を穴のあくほど眺めた。

私の脇によると指でうなじをつんとつついた。

手をあげて私の鬘の前髪を撫でた。

両手を下ろして私の襟を触った。

「ス……スグル君が女の子に!」

小虎の満月のような瞳が異様な程輝いている。

「そうさ、さっきみいちゃんと温泉に入ってきたんだ」

小虎は大きな瞳をまばたきもせず私を見つめる。

口をぽかんと開けて両手を胸元でひらいたまま、
体を濡れた猫のようにふるわせている。

「スグル君が女の子になっちゃったっ!」
小虎の声は楽屋中に響き渡っていた。

周りの人がこちらを指差して嘲るように笑っている。

私は急に胸がえぐられるような気がした。

「嘘だ、スグル君、女の子の変装をしているだけだ」

小虎が急に空気がぬけたような表情をした。

私は安堵の息をついた。

着物も鬘も化粧も落とした。

いつもの自分に戻った私は開放感から飛び回るように楽屋で遊んでいた。

奥からざわつきが沸き起こり、
三幕目の出演者が現れた。

最初に白い裾を蹴っ飛ばしながら現れたのは
神代の昔からやって来たかのような
古風ないでたちの小柄な女性だった。

白い簡素な衣装に錦の帯を締め、
首から勾玉のネックレスを下げている。

長い髪を後ろに垂らして、
鉢巻をしていた。

そんな格好にピンクともオレンジとも灰色ともいえない不思議な色の軽やかな薄い布を絡ませていた。

学習漫画の女王卑弥呼と羽衣伝説の天女が合わさったかのようだ。

白粉化粧の顔は見覚えがあったが、
誰だか思い出せない。

お芝居に参加できるのは小学五年生からだった。

華奢な体つきと顔立ちから自分と同い年か年下に見えた。

「天女様!」

小虎が叫ぶと共に、
その弥生もしくは古墳時代風の貴婦人の両手を掴んだ。

さっき私に見せたような、
いやそれ以上の必死の形相だった。

「天女様! みいちゃんは元気ですか? 」

「ええ!? あんたなに!?」

天女様は目をぱちくりさせて蓮っ葉な声で答えた。

「ねえ天女様! どうして最近みいちゃんが遊びにこないか知っていますか?」

「みいって、誰よ?」

「みいちゃんは僕の友達です。ここの山の上の方に住んでいるんです」

「そんなとこに住んでる人がいるの? 男子? 女子?」

「男の子になったり女の子になったりします。女の子の時は天女様の後ろの方で飛んでいます」

小虎に食いつかれ、
天女様が変な顔をしていると、
出番を終え普段着に着替えた正太が天女の耳元でささやいた。

「あれじゃねえの?
頭の中の友達ってやつ」

しばらくこそこそ囁きあっていたが、
天女は急に笑顔を作った。

「エエそうよ、
私は天女ヨ、
ミイちゃんなら元気にしていたワヨ、
そのうちあんたの所に遊びに来るって言ってたワ」

まわりがどっと笑い手を叩いた。

本当ですか!
本当ですか!
と小虎が目をネオンのように輝かせた。

「エエ本当よ!
今晩あたり来るらしいワ!」

やったあ!
と小虎が小躍りした。

「からかうのよせよ!
可哀相じゃないか!」

後ろから温厚そうな声がした。

古事記の時代のような格好をした男が現れた。

髪をみずらに結い、
脚結びをしている。

ダンボールを黒いラッカーで塗った太刀を佩いている。

なで肩で色が白くひょろっとしていた。

酒屋の美登利と正太の兄の直人さんだった。

一幕目の忠臣蔵で吉良上野介を演じた後、
急いで着替え、
三幕目の主役をやるほど芝居に入れ込んでいた。

私は天女をしばらく眺めていた。

やはり日頃見慣れている顔立ちだった。

濃い眉毛。

書いたような二重瞼の下の団栗眼。

横に広い低い鼻。真ん中だけ紅がさされた大きくて分厚い唇。

わたしは素っ頓狂な声をあげた。

「あれえっ!
美登利ちゃん、
わからなかった!」

直人さんによると今年から女の子も出演できるようになったのだという。

「綺麗だね!」

わたしが思わずそういうと、
美登利は刃物のような目線を私に投げかけた。

そのままそっぽを向くとすたすた障子でしきられた奥に行ってしまった。

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