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第7章 再会

再会(2)

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私は待合室で犬や猫の生態について書かれた本を読んでいたが、
まもなく飽きてしまった。

色画用紙で作った、
犬や猫の顔の絵が貼られた引き戸を開けたり閉めたりしていた。

戸を開くたびに、
「犬のおまわりさん」の電子音が流れるのが面白かったのである。

スグル君駄目よ!
とオバちゃんが気がついて注意した。

別に構わないさ! とお爺さん獣医が笑った。

私は病院を出た。

赤と青の縞々のポールが回っている。

見上げるとポールの色と同じ色のストライプに囲まれた理容室という看板が見えた。

その下のウインドーの向こうに
水色のケープをつけて散髪してもらっている
私より少し年上の少年がいた。

私はその姿に何故か強く心引かれた。

私は少し歩いて、
理髪店のガラスのドアの前のマットに足を置くと、
ドアが二つに開いた。

そこにはずっと会いたくて仕方なかった、
懐かしい顔があった。

小虎兄ちゃん!
と髪を切ってもらっている彼に近づいた。

おや、
お友達かい、
と床屋さんが顔を上げた。

「小虎兄ちゃん元気になったの?」

ケープから覗いた端正な顔は、
大分短くなった髪でくるまれていた。

首から上だけ出ている様が、
木目込み人形の頭みたいだった。

濃い睫毛に縁取られた瞳は
ガラス玉のように透明感があった。

小虎は私を見ている様子だったが、
何も答えない。

「僕、犬、飼ったんだよ、チワワっていうんだ!
隣の病院で手術するんだよ!」

小虎はじっと私を眺めていたが、
しばらくすると目線をはずし、
持っている本に向けた。

ふんふんと鼻歌を歌いだした。

「小虎兄ちゃんどうして無視するの?」

小虎の鼻歌が大きくなった、
アンパンマン、
アンパンマン、
アンパーンチ!
とぶつぶつ言っている。

小虎が夢中になっているのは、
幼稚園児用のアンパンマンの絵本だった。

絵本は総カラーで飛び出すしかけもある。

めくると飛び出すように作られたアンパンマンが、
バイキンマンに向かってパンチをしている。

小虎がアンパーンチ!
と拳骨を繰り出した。

私はおかしいと思った。

小虎兄ちゃんにしてはあまりに幼稚だった。

私をからかっているのだろうか?
もう小虎兄ちゃんふざけないでよ!
と私がアンパンマンの本をひったくった時だった。

小虎が一瞬何がおきたかわからないというような顔をした。

目がうるみ出したと思ったとたん、
まるで時雨のように泣き出した。

私は小虎の鳴き声が響く中、
全身を震わせていた。

あの小虎兄ちゃんが幼稚園児向けの本を取られて泣いている。

床屋さんが坊や、
弱い者いじめしちゃだめだよ、
と顔をしかめて私の肩をたたいた。

後ろに島のオバちゃんが立っている。

床屋さんがオバちゃんに不満そうな顔で何か話している。

オバちゃんがしきりに頭を下げている。

向こうから買い物籠を下げた良子がやってきた。

癖のある髪を後ろで銀色のバレッタでまとめて、
それが少し崩れていた。

紺のコートから、
白いシャツ形のブラウスとグレーのカーディガンを覗かせた姿は、
雑多な商店街の中では目だって清楚だった。

しかし、
この前見たときよりも、
やつれて、
老けて見えた。

オバちゃんや床屋さんと少し話した後、
小虎の手を引いて帰っていった。

私に少し顔を向けた。

また元気になったら遊んでね、
と微笑んだ。

私は小虎兄ちゃん変なんだよ、
とたった今起きたことをオバちゃんに話した。

オバちゃんは小虎君、
まだ病気が治っていないそうですよ、
たまに小さい子みたいになっちゃう病気らしいです、
と言う。

私が変そうな顔をすると、
オバちゃんはちょっとお電話、
と言って電話ボックスの中に入った。

少し電話をすると、
出てきた。

誰に電話したの?
と尋ねると、
オバちゃんはお母さんですよ、
さあスグル君、
今から本屋さんに行きましょう!
と言い出した。

何でもドラゴンボールの漫画を本屋にあるだけ、
全部買ってくれるという。

私は最初夢かと思った。

両親は漫画は私に悪影響がある、
という考えだった。

今までどんなに頼んでも、
読ませてくれなかったのである。

愚かな子供は一瞬にして、
小虎のことを忘れた。

お日様に向かい、
ガッツポーズをして飛び上がった。
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