2 / 62
第1章 粉雪舞う日
粉雪舞う日(2)
しおりを挟む
玄関には引き戸を背に幼馴染の小虎が満面の笑みで立っている。
あいかわらず二十歳そこそこの少年のようだ。
出会った時は私の方が年下だったのに、
いつのまにか彼は年を取るのをやめたらしい。
端正な顔立ちにすらりとした体つきを見て、
彼のことを道端で見かけて思いを寄せる娘もいるかもしれないと思った。
私はブーツを履き、
傘を二つ取ると、
幼馴染の背中に手をやった。
そのまま引き戸を滑らせ、
玄関の外に彼をぽんと押し出す。
雪の舞う中、
傘をさそうとすると小虎は白い息を吐きながら言った。
「この前、夜お便所に行ったときに、
神様がおっしゃったんだ。
今にこの国にはうす靄が降りて、
それをおおいつくす。
空にはおたまじゃくしが飛んで、
兎が革鞄をくわえて神社の石段を降りて行く。
お賽銭を投げたら、
神様が大笑いをされたんだ。最近神様嘘つかないよ」
青みがかるほど白い白目の中の瞳孔がガラス玉のように輝いていた。
妻は小虎の言葉は意味不明だという。
だけと私はだいたい言わんとしていることはわかるのである。
私はそうだね、
と小虎に開いたビニール傘を差し出した。
小虎は青いとっくりセーターの上にトナカイが編みこまれたカウチンジャケットを羽織っていた。
いいセーターだねと褒めると、
うん信者さんからもらった、
カナダの学校から帰ってきたお孫さんのお土産だって、
と白い歯をちらりとさせた。
膝から下はがっしりとした深緑色のゴムの長靴を履いている。
少し前に雑誌で見たことのあるブランド物に似ていた。
私はかつてのぼろぼろだった小虎を思い起こし、
ああよかった、
と嘆息した。
視界の端に季節はずれの鯉のぼりのようなひらひらしたものが映った。
立派な門構えの家の屋根つきの門に白羽の矢が縦にくくりつけられている。
矢の長い刃の脇には上から下まで、
みっしりと装飾されていた。
とんぼ玉を通した銀線、
金銀の紐、
色とりどりの刺繍がされた白い布が、
刃の脇から長々と垂れ下がっていた。
刺繍のほどこされた白い絹が雪混じりの風にあおられて吹流しのように翻っている。
門灯の光をうけて銀線と、
とんぼ玉がちらちらと輝いている。
矢から流れ落ち宙に舞う白い布の合間に若い女の泣き顔が浮かびあった。
色白の丸顔で、
ぽってりとした眉を切なげにしかめている。
まだ二十代の母だった。
あいかわらず二十歳そこそこの少年のようだ。
出会った時は私の方が年下だったのに、
いつのまにか彼は年を取るのをやめたらしい。
端正な顔立ちにすらりとした体つきを見て、
彼のことを道端で見かけて思いを寄せる娘もいるかもしれないと思った。
私はブーツを履き、
傘を二つ取ると、
幼馴染の背中に手をやった。
そのまま引き戸を滑らせ、
玄関の外に彼をぽんと押し出す。
雪の舞う中、
傘をさそうとすると小虎は白い息を吐きながら言った。
「この前、夜お便所に行ったときに、
神様がおっしゃったんだ。
今にこの国にはうす靄が降りて、
それをおおいつくす。
空にはおたまじゃくしが飛んで、
兎が革鞄をくわえて神社の石段を降りて行く。
お賽銭を投げたら、
神様が大笑いをされたんだ。最近神様嘘つかないよ」
青みがかるほど白い白目の中の瞳孔がガラス玉のように輝いていた。
妻は小虎の言葉は意味不明だという。
だけと私はだいたい言わんとしていることはわかるのである。
私はそうだね、
と小虎に開いたビニール傘を差し出した。
小虎は青いとっくりセーターの上にトナカイが編みこまれたカウチンジャケットを羽織っていた。
いいセーターだねと褒めると、
うん信者さんからもらった、
カナダの学校から帰ってきたお孫さんのお土産だって、
と白い歯をちらりとさせた。
膝から下はがっしりとした深緑色のゴムの長靴を履いている。
少し前に雑誌で見たことのあるブランド物に似ていた。
私はかつてのぼろぼろだった小虎を思い起こし、
ああよかった、
と嘆息した。
視界の端に季節はずれの鯉のぼりのようなひらひらしたものが映った。
立派な門構えの家の屋根つきの門に白羽の矢が縦にくくりつけられている。
矢の長い刃の脇には上から下まで、
みっしりと装飾されていた。
とんぼ玉を通した銀線、
金銀の紐、
色とりどりの刺繍がされた白い布が、
刃の脇から長々と垂れ下がっていた。
刺繍のほどこされた白い絹が雪混じりの風にあおられて吹流しのように翻っている。
門灯の光をうけて銀線と、
とんぼ玉がちらちらと輝いている。
矢から流れ落ち宙に舞う白い布の合間に若い女の泣き顔が浮かびあった。
色白の丸顔で、
ぽってりとした眉を切なげにしかめている。
まだ二十代の母だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~
高見南純平
青春
植物の匂いを嗅ぐのが趣味の夕人は、幼馴染の日向とクラスのマドンナ夜風とよく一緒にいた。
夕人は誰とも交際する気はなかったが、三人を見ている他の生徒はそうは思っていない。
高校生の三角関係。
その結末は、甘酸っぱいとは限らない。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~
下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。
一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。
かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。
芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。
乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。
その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。
High-/-Quality
hime
青春
「…俺は、もう棒高跳びはやりません。」
父の死という悲劇を乗り越え、失われた夢を取り戻すために―。
中学時代に中学生日本記録を樹立した天才少年は、直後の悲劇によってその未来へと蓋をしてしまう。
しかし、高校で新たな仲間たちと出会い、再び棒高跳びの世界へ飛び込む。
ライバルとの熾烈な戦いや、心の葛藤を乗り越え、彼は最高峰の舞台へと駆け上がる。感動と興奮が交錯する、青春の軌跡を描く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる