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第27章 積年の思い

積年の思い(3)

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車は実家の近くを通り過ぎる。

久しぶりの故郷の町はイメージの中よりもずっと小さく安っぽい。

建物はどれももう長い間手入れがされていないらしい。

ペンキがはげていたり、
さびていたりだった。

うらわびた町を眺めつつ小虎に目を落す。

まるでふるぼけた白黒写真の中、
彼だけが高画質のカラーで写っているかのようである。

はがれかけたポスター、
蔦に覆われた廃墟、
終わりのほうの字がとれて跡のみのこっている看板、

そんな風景ばかり続く。

人気がなく、
たまに背中を丸めたお年寄りが危なっかしく歩道を歩く。

古めかしいデザインのタクシーが通る。

かつては随分立派に見えた、
島に渡る橋も今はただの古びた鉄橋だった。

オレンジ色の海の中を走っていくと、
黒い木々で覆われた島が次第に大きくなっていく。

その後、
私と妻、
ケンイチ、
小虎は島の彼らの家に向かった。

もうだいぶ日は落ちていた。

杉林の中には山小屋風の新しい家が建てられていた。

庭も整理されていて、
大量にあった汚れた像は一体残らず片付けられていた。

比較的大きな、
木肌が見える平屋の家の脇には
バンガロー風の小さな小屋が三つ並んでいる。

一つがケンイチの、
一つが小虎の、
一つが遠方から泊りがけできた信者さんの為の部屋だという。

何とすべての建物はケンイチと小虎がキットを買って自作したものだそうだ。

駐車場の向こうに手押しポンプ式の井戸があることに気がついた。

木の香りのする、
こざっぱりした部屋に案内された。

昔小学校にあったような丸型の石油ストーブがあり、
周りには鉄の柵がめぐらされていた。

小虎がうっかり近寄りすぎないようにだという。

収納にもなるという細い白木をつなげたベンチに
腰掛けるように勧められる。

これもケンイチのお手製だそうだ。

白木のテーブルでお茶を飲んだ後、
てんやものをとって酒盛りが始まった。

しばらくは楽しく私と妻の馴れ初めや、
学校の頃の思い出を語り合った。

「母校が無くなっちゃったなんて寂しいよな!

まあバブルの時に勢いで建てたボンボン学校だからしょうがないのかも……
最後の年の卒業生、
五人だったらしいぜ。

一度ぐらいOB会来いよ!

白砂町校と合同だけど楽しいよ!

ジョアン先生がすごく会いたがってた」

ケンイチの笑顔がふと曇り、
目線が下に向いた。

もしOB会にまた出席しても俺に会ったことは先生や友達に話さないでくれ、
と私に頼む。

私はそれ以上何も言わないことにした。

酔いが回るとケンイチが涙目になってしきりに私に詫びる。

メールを何度もくれたのに無視したりして、
本当に悪かった。

どうしてもお前に連絡できなかったんだ、
と情けない声で繰り返す。

鼻をすする声まで聞こえてきた。

妻の前だし私が困っていると、
小虎が慰めようと思ったのか、
へたくそな踊りを始めた。

めでたいな!
めでたいな!
と叫びながら飛び跳ね、
脚や手を曲げ伸ばしする。

小虎が飛び降りるたびにみしっみしっと木の床が音を立てた。

気がつくとベンチの上で寝入っていた。

体には誰かがフリースのケットをかけてくれていた。

反対側のベンチで小虎も寝息を立てている。

フットライトの灯りに照らされた眉から鼻にかけての線を
三十分ぐらい眺めていた気がする。

だんだんそれが小虎のそれなのか良子のそれなのかわからなくなった。

また気が遠くなりかけたところで、
カタリという音がして台所のほうからケンイチらしき人影がやってきた。

奥さん、
離れで寝ているよ、
と暖かい生姜湯を出してくれた。

生姜湯を飲んで体が温まった後、
サッカー地のクッションを枕にまた一眠りした。

ケンイチのボックスカーで送ってもらい、
家に着いたのは朝の十時頃だった。

妻はぷりぷりしている。

昨晩はちっとも楽しくなかったというのだ。

妻は最初ケンイチにも小虎にも好感を持ったという。

小虎がケンイチの
「二十歳ぐらいの弟さん」
に見えたらしい。

小虎のことを
「ハンサムで着物姿がよく似合っている」
「成人式の着物を試しに着てみたのかしら」
と思っていた。

しかし家に向かう道のタクシーで突然叫びだした。

もっともケンイチが小虎が知能に障害を持っていることを妻に説明してから
一旦は納得はした。

しかし家についてからはケンイチまでが神様だの、
お告げだの、
語りだした。

小虎も突然歌いだしたり、
落書きをしだしたりと、
支離破滅である。

そして小虎やケンイチの神様話に私がまともに答えているのに
特にショックを受けたらしい。

なんでこんな人と結婚したんだろうと思ったほどだという。

「夫の友達否定するなんて最低な妻だとは思うけど……」
と前置きした跡、

「くれぐれもお付き合いはほどほどにしてね!」
と私を睨んだ。

私は、
何も心配しなくたってどうしたって、
ほどほどの付き合いになるさ、
東京からここまで遠いし、
それにこれからベトナムに行ったらしばらく日本に帰らないんだし、
と妻を宥めた。

私は来年四月からベトナム赴任が決まっていたのである。
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