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第9章 スケッチブックの中の友人

スケッチブックの中の友だち(1)

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白砂神社の森の、
緑の影が落ちた道を駆けて行く。

冷たい空気に頭が痛くなり、
腿に手をあて息が落ち着くのを待った。

顔を上げると道の向こうに白いエプロン姿のほっそりした女性が小さく見える。

鶴のような身のこなしからすぐに良子だとわかった。

良子は私に気がつくと手を振った。

常緑樹の緑が覆いかぶさるような古い団地は、
戦後の住宅難の時に建てられたものだという。

黒ずんでいて、
ツタが這い登っていた。

来てくれてありがとう、
と良子は私の手を引く。

良子は、
また肉が落ちていた。

鎖骨の骨ばった様子が痛々しいほどだった。

ただ日本人離れした落ち窪んだ瞼の下の、
灰色がかった瞳は以前にまさって澄んでいた。

良子に続いて、
自転車置き場と並んだポストの間を通る。

古びた階段を登る。

登ってすぐの右の鉄製のドアのノブに、
猫のような耳のある、
だるま型の白木のプレートが掛けてあった。

プレートには「きばやし」と平仮名にくり貫かれた青い木辺が貼り付けてあった。

「これおばちゃんが作ったの?」
「いいえ、小虎よ、可愛いでしょう?」

家の中は驚くほど物が少なかった。

赤い、
ひんやりとしたタイルの廊下を渡り、
通された部屋はダイニングキッチンだった。

タイルの床にカーペットが敷かれ、
その上にクリーム色のダイニングテーブルがある。

背の低いティーテーブルを同じ色のラッカーで塗られたパイプの上に嵌めて脚を伸ばしているようだった。

テーブルの上には見覚えのある緑色がかった問題用紙が束になっている。

私も受講していた通信教育で、
問題を解いて送ると、
イラスト入りの丁寧な添削がついて戻ってくるやつだ。

おばちゃんが先生だったの?
と私は驚きの声をあげた。

その奥の和室を覗くと、
学習雑誌が山のように置いてあった。

床には付録の蟻の飼育ケースと顕微鏡セットの箱が積み上げられていた。

私が定期購読していた学習雑誌だった。

良子は学習雑誌を配達する仕事をしていた、
と後年母から聞いた。

残念なことにその時そこにあったのは、
小学一年生用と二年生用だけで、
私が興味を持つには幼なすぎた。

どこからとなく鼻歌が聞こえてきた。

良子が小虎はご機嫌みたい!
スグル君が来ると聞いたから、
と口角を上げた。

良子が白い手を、
茶けたふすまの縁にかけて押した。
古い木がきしむ音がする。

芝生の生え揃った小山のような頭からハミングが立ち昇る。

頭は筋がはっきりとした、
こころもち長い首に支えられていた。

丸首のセーターから覗いたうなじには
渦巻くように産毛が生えている。

小虎は私に白いセーターに覆われた丸まった背中を見せていた。

畳に置かれた大きなスケッチブックに、
青いクーピーを滑らせている。

私は小虎のクーピーの先を覗き込んだ。

ページいっぱいに青い線で構成された漫画が描かれていた。

いがぐり坊主とおかっぱ頭の子供が並んで立っている。

二人ともすっぱだかで万歳をしている。

ばってんのおへその下には、
3の字を倒したような男の子の印を備えていた。

子供達の口元にはパイプから吹かれたような噴出しがそえられていた。

お風呂にはいるよ!
と幼稚園児のような字で、
台詞が書かれている。

二人は手を前にまっすぐ伸ばす。

飛び込み選手の如く画面右下に落ちていく。

ざっぱーん!
というポップ字の効果音が、
威勢よく画用紙に現れる。

小虎は何かに急かされているように水しぶきを付け足す。

少年達の体は胸までで切れていた。

彼らの胸の下には波線が引かれている。

男の子達は頭に布きれを乗せている。

頭の辺りに、
ああいい湯だなあ、
と小虎は書き加えた。

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