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第1章 粉雪舞う日

粉雪舞う日(1)

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もうじきこの家は取り壊される。

その前に、すみずみまで映しておきたい。

私はかじかむ手にデジタルビデオをかかげ、
冷え切った二階の端から端まで歩き回っていた。

東南の八畳間に足を入れる。

赤ん坊の頃から家を出るまでの十八年間私の部屋だった和室だ。

土壁の中にぽつんとアルミサッシの窓枠が空白を作っていた。

窓ガラスをこすって霜をおとすと、
ちらちらと白いものが舞っている。

粉雪だ。

小さな白い粒達が、
灰色の空をスケートリンクにして五回転やトリプルアクセルを繰り返している。



一階から妻と妹の歓声がした。

階段の音を鳴らしながら降りていく。

彼女達の手元には厚紙の表紙つきの写真があった。

桃色に桜模様の背景に、
小さな人が白い着物に紫の袴を穿いて、
ちんまりと立っている。

顔には白粉を塗り、
唇には紅をさしていた。

赤に金糸の錦の袖無しを着ている。

おかっぱ頭をポンパドゥールにして赤い紐で縛り、
お雛様が被るような金の冠を乗せていた。

この子は白地の着物の若い女性に付き添われていた。

妻と妹が誰?
と騒いでいる。

女は若き日の母だった。

指を折って当時の年を数えると、
今の妹よりも年下であったことに気がつき、
愕然とした。

お稚児さんの格好をした子供は黒いつぶらな瞳で、
じっと私を見つめている。

健康診断の前に大量の塩水を飲まされたときのような思いになった。

のり子さんかしら?
と妻が従兄弟の名前をあげた。

これは男の子よ、
絵本の牛若丸がこんな髪型をしていたわ、
と妹が反論する。

五郎さん?、
雄一君?
二人は親戚の名前を数人出した。

妹が着物姿の母を指差して、
この綺麗な人いったい誰かしら?
と首をかしげた後、
もしかして父さんの愛人と隠し子だったりして、
などとでたらめを言う。

私はもうたまらなくなり、
それは俺だよ、
と彼女達の背中の後ろから教えた。

これは母さん。

良く見てみろよ面影あるだろう、
と仏壇の母の遺影を指差す。

妻と妹は写真と私をなんども見比べた。

最後に妹が昔はこんなに可愛かったのにねえ、
とため息をついた。

妻があらスグルさんは昔は可愛いけど、
今はハンサムだわ、
と口をとがらせる。

妹は聞いちゃいられないといった風に肩をすくめる。

ドアのベルが、
じいじいとダイヤル式電話のような古臭い音をたてた。





妻は金魚の刺繍がされたエプロンをはためかせながら、
廊下に出て行った。

無地のなすび色の縁の、
茶けた畳には、
写真が散らばっている。

黒の前掛け、
股引、
地下足袋に、
揃いのはっぴを着た私と妹。

七五三の飴をぶらさげた桃割れに赤いおちょぼ口の妹。

重たげな前髪を真ん中で二つに分けた羽織袴の花婿。

白無垢に文金高島田のげじげじ眉毛の花嫁。

これは誰の結婚式だろう?
集合写真の女性達は皆いかり肩で、
爆発したようなソバージュヘアだ。

前髪をトサカのように立ち上げた、
スカーフ柄のワンピースの若い女性が小さな男の子と手をつないでいる。

妹がこれって洋子叔母さんと、お兄ちゃん?
と聞くので覗き込んでみる。

少年は何度も着た覚えのある臙脂のベストを着ている。

妻が戻ってきた。

スグルさん例のおがみやさんのお友達よと、
嫌そうな顔をする。

私と妻は友達にいわせれば、
まるで血のつながった兄弟のようによく似た夫婦だそうだ。

けれども、
この事においてだけはきっと生涯わかりあえないだろうと思った。

今日はわざわざ彼女が嫌がるようなことはするまい。

私は今日は遅くなるから、
夕飯はいらないよ、
とダウンジャケットを肩にひっかけると、
部屋を出た。

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