砂漠の中の白い行列

宇美

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第三章

(一)三年前、 私は初めて芝居というものを見た。

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三年前、
私は初めて芝居というものを見た。

劇中の愛し合う男女には次々と邪魔が入って、
なかなか結ばれることはかなわない。

ついに男の方が恋わずらいで死んで、
女は後を追って、
彼の眠る墓石に頭を打ちつけ自害した。

ああ終わった、
こんな夢のようなお芝居でもこうなのだ、
現実の過酷さはいかばかりだろうと、
と私は肩を落とした。

席を立とうとすると、
舞台の袖から羽のような衣装をつけた、
二人が現れた。

この世では添い遂げられなかった二人は二羽の蝶に生まれ変わって、
共に飛んで行く。

女優は桃色の衣装で、
男優は水色の衣装だった。

二人とも蝶の羽のようなマントを肩から垂らして、
それをひらひらさせながら踊る。

手をつないで水車のように回ったり、
前後に並んで両腕を広げながら脚を高く上げたりする。

まもなく私は男は舞台に掛かっていた鳳凰の壁掛けと同じく、
背景にすぎないことに気がついた。

男も姿は美しく、
器用に舞ってはいたが、
紙人形のように、
薄っぺらく見えてきた。

その後は女優の方ばかり、
見つめていた。

彼女の一挙一動、
指の動きが目の前に迫ってくる。

彼女の笑みをたたえた唇や、
眉根、
目元が私の心に入り込んでくる。

気がつくと舞台では黒いずぼんに上半身は裸の男が、
はしごに登って鳳凰の壁掛けをはずしていた。
扮装を半分解いた役者達もいる。

それが旗だの、
かつらだのの道具を持って右往左往している。

観客席には誰も居ない。

私は久しぶりに息をしたかのような、
長い長いため息をついた。

家に帰ってからはあの女優のことばかり思い浮かんだ。

蝶の舞の時の仏曲にも似た異国風の不思議な調子が、
昼も夜も聞こえてくる。

音色の出所を確かめたくて、
家の中をうろちょろし、
家族に不審がられた。

四日目に、
家事の合間に贈り物を携え出かけた。

人に聞いて一座が泊まっている所まで行くと、
つぎはぎだらけの天幕に、

何十年も使っていそうな荷車が並んでいた。

私は早速来たことを後悔した。

興行は昨日までで終わりだった。

別の土地へと発つ支度をしているのだろう。

荷造りの真っ最中のようだった。

髪飾り。

近くで見ればペラペラの色とりどりの衣装。

偽物の槍。

舞台の上では猛々しく人を襲った蛇は、
荷車の隅でとぐろを巻き、
頭を行李に押しつぶされている。

「あんたたち! 私のおかげで食べているくせに!」

少女の荒げた声が耳に入った。

赤紫の上着に濃い桃色のずぼんをはいた私と同い年ぐらいの女の子だった。
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