砂漠の中の白い行列

宇美

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第一章

(三)今日の私の役は「祝英台」

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雑誌で見た、
ムンクという西洋の画家が描いた、
男が両頬に手を当てている絵に良く似ていた。

彼がもうちょっと美男子で、
男らしい立ち振る舞いをする人だったらいいのに、
そうだったら私はショウ兄さんから逃れられるのに、
と残念に思った。

今日の私の役は「祝英台」。

ショウ兄さんが演じていた病死した情人の「梁山伯」を追って墓石に頭を打ち付けて自害する烈女だった。

だけどヒロインにとって、
本当はこの男なんてどうだっていいことを私も、
お客さん達もよく知っていた。

彼女は一人でここに在るだけで、
存分に輝いていた。

この軟弱男は
彼女の魅力をさらに際立たせる為の
髪飾りについている模造宝石のようなものだった。

胡弓が旋律を奏でる。

月琴がそれを追う。

私は大きく息を吸い込む。
シンバルがぶつかり合う。

おなかに力をこめる。

ラッパが不協和音を鳴らす。

太鼓がそれを飾る。

喉が強張っているのに気づき、
大きく息を吐きながらゆるめた。

喉から鼻にかけてが、
笛の管のように通っていることを確かめた。

気魄をこめる。

歌いだす。

私の歌は心臓から沸き出でる。

喉を登り、
眉間から後光のような煌きをまといながら、
天頂へと向かっていく。

腹と鼻で音調と歌詞を調節する。

客席から沸き起こった歓声は、
津波の如く私を襲った。

私はそれを頭から被った。

興奮した血が駆け巡る。

左手を胸の前で曲げる。

手の先からたっぷりとした長い袖を滝のように流す。

右の腕を動かし、
長い袖を宙で波立たせる。

紅のさされた、
ふっくらとした上下の唇の合間から洩れた歌い声は屋根を突き抜け、
霧とスモッグを通り抜け、
夕空へと上昇していく。

私は座長にこう提案したことがある。

梁山伯と祝英台がいっしょに出てこない場面では、
私が梁山伯もやったらどうでしょう? 

その方がお客さんも喜ぶでしょう。

私は子供の頃は小生(若い男の役)をやっていました。

今でも一月も練習すれば、
ショウ兄さんなんかよりうまくできるようになると思います。

それに私が祝英台と梁山伯の一人ニ役をやるというだけで、
大入り満員になるはずです。

いや私が小生をやるといったらそれだけで、
この街の芸能界のトップニュースとなるはずです。

公開日に一番いい席で見なくちゃあ、
という私のファン達の間で、
血みどろのチケットの争奪戦がおこるはずです。

それを聞いた座長はそれはいけない、
まず一人でぶっ続けで舞台に立ち続けでは、
体力がもたないだろう、
それにこの劇団はお前一人でやっているんじゃないんだよ、
と言った。
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