上 下
9 / 17
第2章

ついに私もコウスさまも男だとバレたのか!? 大ピンチ!!

しおりを挟む
ついに自分も男だとばれたのだろうか? 
声のする方を恐る恐る振り向くと、
声の主は、
先ほど私がお酌をしたおきなで、
彼の前には天女が立っていた。

「お嬢さん来たまえ!」

そう言われて、
すごすごとおきなの前に行き、
天女を目の前にすると、
彼女のあご周りには髭がぼつぼつ生えていて、
やせた首にはのど仏が見えた。

どうやら女の格好をして踊る芸人のようだった。

「これで男!」で「あれで男!」なのはコウス様でも私でもなく、
この男のことだったようだった。

私が安堵のため息をついていると、
「マイヒコ殿、
この娘にどうしたらもう少し女らしくなれるか、
教えてやってくれよ。
このままじゃお嫁の行き先がないだろうから」

このおきなは、
私が宴会場に上がってすぐにお酌をした人だった。

その時に彼は私の顔が面白いと褒めてくれた。

質のよさそうなきぬを着ていることからも、
首からさげたギョクの首飾りからも相当な地位の男らしかった。

私の将来を心配してくれていたようで、
そのマイヒコという名の女形芸人に、
そう頼んでくれたのだった。

マイヒコもよい人らしく
「杯を持つときは、
そう五本の指でつかむんじゃないよ。
こう親指と人差し指から薬指までを合わせて、
つまむように持って、
小指をちょっと浮かすんだ」

などと親切に、
わざわざ、
クマソの男にしては白く細い指で杯を持ってお手本を見せてくれた。
 
いつの間にか、
さっきコウス様の悪口を言っていた娘がやってきた。

マイヒコが言うとおりに、
赤く太く短い指で、
つまむように杯を持ってみせ、

「先生? こうですか? わあ! 私の指なのに何だかとっても可愛く見えるわ!」
と喜んでいる。

私もやってみるようにマイヒコとおきなから促されたが、
とてもそれどころではなかった。

コウス様もクマソタケル兄弟も何処に行ったのだろう?

コウス様ときたら、
また私に一言も相談せずに、
勝手なことをなさって、
本当に困る。

コウス様とクマソタケル兄弟が、
何処に行ったのか、
おきなに聞いても、
マイヒコに聞いても、
まるで知らない。

娘にも知っているか? と尋ねると
「さあ、
何処に行って、
何をしているかしらね。
ああ、
知りたくもないけれど、
いやらしいわね」
と当初はすましていたが、

「本当に何処に行ったのかしら?」
と私がしつこく気にしていると、
知りたくない、
と言っていたわりには三人の話をよく聞いていたようだ。

三人はおそらくあそこに行っただろう、
ここに行っただろう、
とかなり細かく教えてくれた。

「でも何故、
あなたそんな気になるの?」

「だって妹だもの」

「ええ! 知らなかった……ごめんなさい」

「いいのよ。
私だってあんな妹、
大嫌いだから。
無謀で独りよがりで急にいなくなるし」

私は思わず日ごろのコウス様に対する鬱憤うっぷんを娘にぶちまけた後、
コウス様を探しに、
けたたましい一気飲みの掛け声を背に外に出た。


夜風に吹かれると、
体中の毛が肌をくすぐり、
幅の広い袖や長い裾が腕や脚にまとわりついた。



ぷんと鼻につく土のにおいの中、
少し歩く。

宴会の賑わいは次第に小さくなり、
今度は虫の大合唱が耳につくようになった。

娘が言うには、
クマソタケル兄弟は酒を飲みつつ、
棒術の試合をすることになったらしい。

場所は裏の池の周りの南天の木のそばだという。

コウス様は二人のお世話をするためについていったそうだ。

たまにぽつぽつと通りかかった人に行き先を聞き、
裾が夜露にぐっしょりと濡れた頃にたどりついた場所には、
池に沿って南天が植えられていた。

そこには、
あれよりはぐっと小さいけれど、
宴会場によく似た形の、
池に張り出した建物が建てられていた。

今晩のような月夜に酒を飲むには丁度よさそうな場所だった。

あたりには全く、
人気がない。

何か目印はないかと地面に目をやる。

南天の実が一粒一粒列になって落ちていて、
丁度建物に上がる階段のところにまでつながっていた。

階段を上りきると、
暗くてよく見えない。

床に灯りを当てると、
また転々と南天の実が朱塗りの簾まで続いている。

南天をたどって目線を動かすと、
簾の後ろから人間の足の爪らしきものが見えた。

私は着物の下の短剣の上に手をやりながら、
前に進む。

親指が見えて、
血管が浮いた足が見えた。

足首が見えて、
森のようなすね毛が生えたふくらはぎが見える。

ふくらはぎの真ん中ぐらいに女の着物がかかっていた。

愛らしい娘の姿のコウス様が柱に背中をもたれている。

ひざを抱え座りこんだまま長い睫毛を伏せ、
ぽかんと口を開けうつむいていらした。

「コウス様!」

私の呼び声に、
はっとした様子で顔をお上げになった。

見開いた両目には、
私が手に持った灯りの、
赤い炎が映っていた。

「ああ、
お前か……」

コウス様の周りに、
何かこんもりとしたものが転がっていた。

灯りを当てると、
それは地面につっぷしたクマソタケルの、
弟の方の背中だった。

「二人ともやっつけた。
兄の方はあっちに転がっている。
やっつける前に名前もらっちゃったよ。
こんな強い女は始めて見た、
何処の女だと聞かれたから、
ヤマトから来たといったら、
これからはヤマトタケルメと名乗れだってさ」

いつもとはうってかわった、
情けないぼそぼそ声でおっしゃるので、

「お手柄です。
でも何故、
座りこんでいらっしゃるのですか? 早く逃げないと」

「俺。
こんなことは何でもないと思っていたんだ。
だけど息絶えた弟が、
俺にのしかかってきた後は、
なぜか膝に力が入らなくて、
腰が抜けてしまって……」

私はこのコウス様にこんなことがあるのだ、
と驚きながらも、
コウス様に肩を差し出した。

コウス様は末期まつごの病人のように頼りなげに私の肩に手を回した。

息も絶え絶えといった表情で立ち上がろうとなさったが、
ろくに膝を伸ばさないうちにしゃがみこんでしまった。

私もコウス様に引きずられて、
右のふくらはぎを床に打ち付けた。

今度はコウス様の背中に回りこみ、
しゃがみこむと、
コウス様を後ろから抱きかかえる。

気合を入れて立ち上がる。

コウス様は私に寄りかかりながらも体を持ち上げた。

なんとか両膝が伸びたかと思ったらコウス様の左足はつるんと床を滑り、
背中が私にもたれかかってきた。

私はコウス様の下敷きになりながら、
床にしりもちをついた。

ここで私はコウス様を立たせることをあきらめた。

おぶって差し上げますから、
おつかまりくださいとコウス様に背を向け、
腰を落とした。

背中に暖かい手の感触がして、
私の首の前でコウス様の手が合わさった。

コウス様は私の背中を両足ではさみ、
寄りかかられた。

しかし、
私が立ち上がろうとすると間もなく、
コウス様の組み合わせた指は解け、
肉の温もりが私の体から離れていった。

振り向けばコウス様は体をこごめ、
すっかり乱れた髪の下でうなだれていた。

最終手段として、
私は両足を開きしゃがみこんだ。

コウス様の腰を抱き抱え、
えいっと踏ん張って起立する。

コウス様、
見た目こそほっそりしていらっしゃるけど、
持ち上げてみれば結構重い。

右に左によたよたしながら、
なんとか足を持ちこたえさせ、
階段を降りる。

急く心で、
予定していた出口に向かう。

「何処に行く?」
という男の声が聞こえた。

もはやこれまでか? 
と思ったが、
見ればみずらも、
膝まで伸びた髭も、
真っ白な、
小柄な、
気のよさそうなじじで、

「お嬢さん。
帰るのなら、
お米一俵を、
ちゃんともらってからじゃないとだめだよ」

と分厚く横に長い唇を、
にっこりとさせて言う。

ほっと一息ついて、

「この
酔っ払っちゃったので、
家に置いてきてから、
また来ます」

と答えて、
堂々と門から出たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

素敵な隆さん☆パーフェクトな婚活相手はサイコパス!?

宇美
ホラー
フリー朗読台本として利用可能な小説です。 利用の際の注意は目次をご覧ください。 【あらすじ】 結婚願望200%のアラサ―OL、 春菜が出会った王子様、 隆さん! 超イケメンの若手社長。 一見申し分ない相手だけど…… 人間が一番怖い((( ;゚Д゚))) そんなショートショートです。

👨一人用声劇台本「おもてなし彼氏」

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
同棲している二人。毎日疲れて帰ってくる彼女を彼氏がおもてなしをする。 ジャンル:恋愛 ◆こちらは声劇用台本になります。 所要時間:10分以内 男性一人 ※効果音多め ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜

摩訶子
大衆娯楽
ボイコネのみで公開していた声劇台本をこちらにも随時上げていきます。 ご利用の際には必ず「シナリオのご利用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m

続編&対のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

処理中です...