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第3章
実はワタクシ女でしたの!
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満月の白い光が水面を照らしている。
私は葦の繁る河原をずっと進んでいた。
何故こんな所を通るかというと姿が外から見えにくいし、
川沿いに行けば夜でも道がわかりやすいからだった。
並みの男よりも頭一つ背の高い私の頭が、
隠れるほどの原野の中を進む。
両手がふさがれているので、
草を掻き分けるのは両の体の脇や頭や頬だった。
歩みを進めるたびに葉がかすれる音が立つ。
ただ、風も吹いていたので、
さほど目立たないだろうと安心していた。
着物は夜露でぐっしょりとしめり、
腕やももやふくらはぎに張りついていた。
もうどれぐらいこの重たいものを両手に抱えて歩いたのだろうか?
当時まだ三十にもならない若く壮健だった私も、
さすがに疲れて立ち止まった。
息が少し楽になったところで、
私は腕の中のコウス様に声をかけた。
「コウス様……
びっくりしました。
あんな芸達者でいらしたなんて」
「ええ?
ああ……
でもああいう女って親父の周りにいっぱいいるじゃないか?
ちょっと真似してみただけだよ」
「でも、
あんなにうまく女の子を演じられるぐらいなのに、
どうして日頃、
父上様の前でもっとそれなりの態度をとれないのですか?
女の子の真似よりもはるかに簡単なことと思いますが」
「なんだよ……
あれだけ頑張ったのに文句を言われないといけないのか?」
「そうですね。
今日はやめておきましょう。
今日は本当にお疲れ様でした」
疲れたよ、本当に……
とコウス様はぼそっとつぶやかれた後、
本当にでくの棒のようになってしまわれた。
これがあのコウス様かと疑いたくなるような呆けた顔をしていらっしゃる。
目には力は無く、口は半開きだった。
ただそのせいでかえって可愛らしく、
本当に乙女のようだった。
ふと意識が飛び妄想にひたる。
藁葺きの屋根の小さな小屋の中、
乙女の姿のコウス様と二人きり向き合っている。
ともし火の下のコウス様は、
あでやかな姫君だった。
おろしたてのような清清しい純白の衣と、
赤い裳をまとっている。
お行儀よく両膝を折って座っていらしゃる。
ほっそりした白い両手を指の所で交差させ、
膝の上においていらした。
「ワ……ワタクシ……」
とか細い声で言いかけたが、
すぐに口を閉じられた。
しばらく頬に長い睫毛の影を落としながら、
お下げについた髪飾りをもてあそんでいらしたが、
ふと思い切ったような顔をして、
面 を上げられた。
うふ……
と恥ずかしそうにお笑いになりながら、
「ご覧のとおりよ!
実はワタクシ女でしたの!」
とおっしゃた後、
私のわき腹をか細い手でつかみ、
目を瞑り、
私の胸に玉のようになめらかな頬をこすりつけた。
私がたじろいていると、
コウス様はこんなことをおっしゃった。
自分は結婚相手を選ぶにあたって、
財産や容貌よりも人柄に重きをおきたいと考えていた。
しかし世の男は皆、
若く美しい女である自分には優しい。
いったいだれが本当に暖かい心の持ち主なのかわからない。
そこで男のふりをして男同士としてつきあいながら、
夫にするに値する男を探していらしたのだという。
「今まで我侭言ったり、
散々振り回したりして本当にごめんなさい。
でも、
人の本性がわかるのは、
むしろ相手にそういうことをされた時だというでしょう?
あれはすべて、
あなたが本当にワタクシの夫にふさわしいか見極めるためにしたことなの」
そしてあなたは合格よ!
と水を含んだような大きな目で私をじっと見つめられた。
「そんなわけないでしょう!
私はあなたと露天風呂に入ったこともあるんですよ!
あなたはまごうことなき堂々たる男でしたよ!」
と私がいつか猿と混浴の山の中の温泉に入った時のことをもちだすと、
「あの時のコウスは実は偽コウス」
とえくぼをぺこんとへこませてあだっぽく微笑まれる。
「いいえあの時のあなたは絶対に本物のあなたです。
肩が触れたとか触れないとかで、
猿ととっくみあいの喧嘩になる人なんて、
あなたが以外誰がいるというのですか?」
姫君コウスは
「もう!
そんなつれないことをいわないで!
あなたも男でしょ?
ワタクシとこうするのが好きなはずだわ」
と私の背中に腕を回した。
とろけるような肉の感触が伝わってくる。
桃の花のような甘い香りがただよってくる。
やわらかい女の体が、
拘束具のように私をきつくやさしく羽交い絞めにして……
唇の隙間からざらりとした暖かいものが進入して、
私の舌に巻きついたところで私はあらがうことを諦めた。
コウス様に押し倒されながらふと左の床に目をやると
枕が二つ並べられている。
「ぎえええ!
ぐあああ!
があああ!
ぎょああああ!」
獣の泣き叫ぶような声と、
腕の上で鮫が跳ね回るような感触で、
私は一気に目を覚ました。
コウス様が私の腕の中で、
体を激しくくねらせている。
両腕両足を、
天敵から逃げる鳥の羽ばたきのようにバサバサと動かしている。
顔の肉をひきつらせるように目を大きく開き、
葬式に伴う女達のように泣き叫んでいらした。
私はコウス様の体を葦の原に落さないように脚をふんばりながら、
どうなさったのです?
と訳を尋ねると
「あれじゃ駄目だ!
親父に俺がやったって証明できない!」
私は葦の繁る河原をずっと進んでいた。
何故こんな所を通るかというと姿が外から見えにくいし、
川沿いに行けば夜でも道がわかりやすいからだった。
並みの男よりも頭一つ背の高い私の頭が、
隠れるほどの原野の中を進む。
両手がふさがれているので、
草を掻き分けるのは両の体の脇や頭や頬だった。
歩みを進めるたびに葉がかすれる音が立つ。
ただ、風も吹いていたので、
さほど目立たないだろうと安心していた。
着物は夜露でぐっしょりとしめり、
腕やももやふくらはぎに張りついていた。
もうどれぐらいこの重たいものを両手に抱えて歩いたのだろうか?
当時まだ三十にもならない若く壮健だった私も、
さすがに疲れて立ち止まった。
息が少し楽になったところで、
私は腕の中のコウス様に声をかけた。
「コウス様……
びっくりしました。
あんな芸達者でいらしたなんて」
「ええ?
ああ……
でもああいう女って親父の周りにいっぱいいるじゃないか?
ちょっと真似してみただけだよ」
「でも、
あんなにうまく女の子を演じられるぐらいなのに、
どうして日頃、
父上様の前でもっとそれなりの態度をとれないのですか?
女の子の真似よりもはるかに簡単なことと思いますが」
「なんだよ……
あれだけ頑張ったのに文句を言われないといけないのか?」
「そうですね。
今日はやめておきましょう。
今日は本当にお疲れ様でした」
疲れたよ、本当に……
とコウス様はぼそっとつぶやかれた後、
本当にでくの棒のようになってしまわれた。
これがあのコウス様かと疑いたくなるような呆けた顔をしていらっしゃる。
目には力は無く、口は半開きだった。
ただそのせいでかえって可愛らしく、
本当に乙女のようだった。
ふと意識が飛び妄想にひたる。
藁葺きの屋根の小さな小屋の中、
乙女の姿のコウス様と二人きり向き合っている。
ともし火の下のコウス様は、
あでやかな姫君だった。
おろしたてのような清清しい純白の衣と、
赤い裳をまとっている。
お行儀よく両膝を折って座っていらしゃる。
ほっそりした白い両手を指の所で交差させ、
膝の上においていらした。
「ワ……ワタクシ……」
とか細い声で言いかけたが、
すぐに口を閉じられた。
しばらく頬に長い睫毛の影を落としながら、
お下げについた髪飾りをもてあそんでいらしたが、
ふと思い切ったような顔をして、
面 を上げられた。
うふ……
と恥ずかしそうにお笑いになりながら、
「ご覧のとおりよ!
実はワタクシ女でしたの!」
とおっしゃた後、
私のわき腹をか細い手でつかみ、
目を瞑り、
私の胸に玉のようになめらかな頬をこすりつけた。
私がたじろいていると、
コウス様はこんなことをおっしゃった。
自分は結婚相手を選ぶにあたって、
財産や容貌よりも人柄に重きをおきたいと考えていた。
しかし世の男は皆、
若く美しい女である自分には優しい。
いったいだれが本当に暖かい心の持ち主なのかわからない。
そこで男のふりをして男同士としてつきあいながら、
夫にするに値する男を探していらしたのだという。
「今まで我侭言ったり、
散々振り回したりして本当にごめんなさい。
でも、
人の本性がわかるのは、
むしろ相手にそういうことをされた時だというでしょう?
あれはすべて、
あなたが本当にワタクシの夫にふさわしいか見極めるためにしたことなの」
そしてあなたは合格よ!
と水を含んだような大きな目で私をじっと見つめられた。
「そんなわけないでしょう!
私はあなたと露天風呂に入ったこともあるんですよ!
あなたはまごうことなき堂々たる男でしたよ!」
と私がいつか猿と混浴の山の中の温泉に入った時のことをもちだすと、
「あの時のコウスは実は偽コウス」
とえくぼをぺこんとへこませてあだっぽく微笑まれる。
「いいえあの時のあなたは絶対に本物のあなたです。
肩が触れたとか触れないとかで、
猿ととっくみあいの喧嘩になる人なんて、
あなたが以外誰がいるというのですか?」
姫君コウスは
「もう!
そんなつれないことをいわないで!
あなたも男でしょ?
ワタクシとこうするのが好きなはずだわ」
と私の背中に腕を回した。
とろけるような肉の感触が伝わってくる。
桃の花のような甘い香りがただよってくる。
やわらかい女の体が、
拘束具のように私をきつくやさしく羽交い絞めにして……
唇の隙間からざらりとした暖かいものが進入して、
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コウス様に押し倒されながらふと左の床に目をやると
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「ぎえええ!
ぐあああ!
があああ!
ぎょああああ!」
獣の泣き叫ぶような声と、
腕の上で鮫が跳ね回るような感触で、
私は一気に目を覚ました。
コウス様が私の腕の中で、
体を激しくくねらせている。
両腕両足を、
天敵から逃げる鳥の羽ばたきのようにバサバサと動かしている。
顔の肉をひきつらせるように目を大きく開き、
葬式に伴う女達のように泣き叫んでいらした。
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