筆箱からの告白

Yoshinaka

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筆箱からの告白

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私のことは覚えていないでしょう。まだ、小学生のあなたが、買ってもらった可愛い絵柄のマグネット式のシステム筆箱です。二段に分かれていて、いろんな筆記用具を収納でき、しかもマグネットの作用でパタンと小気味よく閉じる。もらったあなたはとても喜んでいました。さぞかし勉強に励んでくれる、そう期待した私が馬鹿でした。あなたは教室の木製タイルの溝をほじくって、ビーズの小玉(今となっては、何故教室からそんなにビーズが収穫できたのか疑問ですが)を取り出しては、意気揚々と私の中にため込んでいました。ビーズならまだよろしい。ミニチュア好きなあなたは、桜の実を拾っては、ミニチュア人形遊びに使えるかもと、それさえも私にため込んだ。桜の実は生ものです。当然、腐ってカビだらけになるし、嫌なにおいを発します。それがばれて、親や先生に叱られて、泣く泣く捨てる羽目になりました。授業中は全く集中できず、机にうつ伏せになって、鉛筆を人形に見立てて、私をドールハウスにして遊ぶ。大人から見ると、奇想天外な子供のあなたは、まだ幼かったんだなと今の私には分かります。


中学生や高校生になったあなたは、私みたいな筆箱には目もくれないようになりました。雑貨店や、文房具店で買った布製や合成皮のペンケースの方が、はるかに成長したあなたには魅力的だったようです。そして、勉強に自信を付け、通学鞄用のリュックにそれらのペンケースを忘れずに入れて学校や塾に通いました。模試の成績結果の方が、桜の実やビーズ玉よりもはるかにあなたの関心事になったようです。


あれから、さらに長い年月が経ちました。すっかり壮年の大人になったあなたは、学生時代ぶりに、再び絵を描くことを始めたようです。あちこちから画材を買い集め、製図ペンから百円均一で買った硬質ペンを駆使して絵を描くあなたは、微笑ましい。ずっと幼い頃、落書き帳に好きな漫画のまねっこをした自作漫画を書いていたことを思い出します。


しかし、残念でなりません。その頃の相棒だった私は、今のあなたより遠く離れたお父さん方の実家の段ボールの中にしまわれて、日の目を見ません。父方の祖父母がお亡くなりになり、今は年老いた伯母さんがその家を守っています。遠からず家財整理をするでしょう。その時、私がどのような扱いを受けるか。それは分かりきって覚悟を決めています。今更ジタバタする気持ちもありません。


ただ、今、合成皮ではなく、本革のペンケースを手に入れて、せっせとその手入れをしているあなたに、たったひとときだけでも私を手に取ってもらいたい。そして、今のあなたの愛用の筆記用具を入れてもらいたい。それさえ叶えば、私は心置きなくゴミ捨て場にでもいける。本当はそう願っていますが、それは叶わぬ夢なのでしょうね。

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