蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~あれから~

第7話 日常

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 午後になって角猪の肉が届き、修治と多香子がやってきた。
 子どもは修治の母親がみているという。

「これはまた、凄い量のお肉ね?」

 テーブルに並べた角猪の肉の量に、多香子が驚いている。
 本当は鴇汰が一人で下ごしらえをするつもりだったけれど、結局、多香子にも頼ることになってしまった。

「そうなんだよな。思ったより多かったんだ。まあ、食うほうも多いから、ちょうどいいんだろうけど」

「これは一人では無理ね。お手伝いに呼んでくれてありがとう」

「いや、忙しいだろうから悪いなって思ったんだけどさ。疲れているようなら、すぐ休んでくれていいから。修治も手伝ってくれるんだよな?」

「うちのやつらまで呼んでもらったからな。手伝いくらいはやらせてもらうよ」

 修治とはずいぶんとつき合いかたが変わった。
 以前のように苛立つこともなくなったし、言葉尻に嫌味を感じることもない。
 あんなにも嫌だと思っていた原因を考えると、自分がいかにガキだったかを思い知らされる。

 麻乃と多香子が肉を切り、鴇汰と修治で下ごしらえをしていく。
 淡々と作業を続けていく中で、麻乃が最初に口を開いた。

「あのさ、昨日ね、昔、お母さんが結婚式で着た衣を、おクマさんにもらったんだ」

「あら、それは良かったじゃあないの。ご両親のもの、あまり残っていないものね」

「うん……それでね、あたしと鴇汰、式を挙げようか、って」

「なんだ? やっとその気になったのか?」

「やっと……って……なんで?」

「みんな、麻乃ちゃんがそういう気持ちになるのを待っていたのよ」

「俺も多香子も両親も、高田先生たちだってそうだ。ずっと式を挙げろって言っていただろう?」

 修治と多香子にそう言われ、麻乃は恥ずかしそうにうつむいた。

「式の詳細はもう決まったの?」

「ううん、まだなにも。日取りはね、カサネさまたちが、一週間後にしようって言うんだ。でもね、一週間後なんて急すぎると思わない?」

「そうねぇ……普通なら早いけれど、カサネさまが仰ったなら、きっと大丈夫よ」

「けどさ、まだ誰にも報せてねーのよ。今からで、修治も多香子さんも来られるのか?」

 それが一番の心配どころだ。
 急とはいえ、麻乃に近しい人たちにだけは、参加してほしい。
 梁瀬に頼めばクロムにも連絡はつくけれど、来られるかどうか

「ああ。俺たちだけじゃあなく、蓮華のみんなも各隊の隊員たちも、なんの問題もない」

「実はね、神殿から連絡が来ているのよ」

「え? 俺たちが神殿に行ったの、今朝だぜ? なのにもう、そっちに連絡行ってんのかよ?」

 サツキが連絡や手配も済んでいるといったのは、このことなのか。
 それにしたって、対応が早過ぎる。

「みんな、それだけ待っていたのよ」

 こんなに気に掛けてもらっているとは思いもしなかった。
 鴇汰だけでなく、麻乃も驚いている。
 知らない間にあれこれと進んでいくのは、本当なら気味の悪い話なのに、今は不思議と胸に温かい感情があふれ出る。

「ちょうどいいから、中央にいる五番のやつらにも声を掛けておいた。明日、みんなにちゃんと話すといい」

「俺んトコにも? そうか……みんな来るのか」

 手間を掛けさせるようで悪いと思いつつも、久しぶりにみんなで集まれるのはありがたい。
 今回の報告はもちろんのこと、部隊としての今後についても話ができる。

 鴇汰と多香子で大鍋に汁ものを作っているあいだ、麻乃と修治が庭にコンロやテントを設置してくれた。
 この家は、通りから奥まった場所にあり、それなりに開けた敷地があるから、大勢集まっても問題なさそうだ。

 これまでなんとなく、のんびりしていた時間が、急に動き出したようでソワソワする。
 それに、なにもかもが大掛かりな気も……。
 味見をして仕上げをしながら、鴇汰は頭を振ってモヤモヤを振り払った。

 今さら、どう考えたところで、なるようにしかならないんだから、もう思い切って全部を流れに任せよう。
 麻乃も急だといいながら、どこか嬉しそうにみえるから、それでいい。

 日が暮れる前にはすべての準備が終わり、片づけをして修治と多香子は帰っていった。
 夕飯を済ませ、一日が終わる。
 変わり映えのない毎日だけれど、以前のときとは違う時間の重みを噛みしめていた。
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