蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~あれから~

第6話 急すぎる展開

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 翌朝は久しぶりにストレスなく眠れたおかげか、夜中の三時だというのにスッキリ目が覚めた。
 急いで炊飯をして、作りすぎたおかずを弁当の箱に詰め込み、握り飯を作る。
 こうしておけば、神殿につく前に麻乃が腹を空かせずに済むだろう。

 準備を整えてから、寝室に戻り、麻乃を起こす。
 ずっと使っていなかった寝室だけれど、毎日、掃除をベッドメイクを欠かさなくて良かった。

「麻乃、もうすぐ四時になるぞ。神殿、行くんだろ? 起きて支度しろよ」

「ん……おはよう……もうそんな時間?」

「こっちはいつでも出掛けられるから。朝飯に弁当も作ったぞ」

「すぐ支度する。待ってて」

 朝飯と聞いただけでシャキッとするのが面白い。
 車に荷物を積み、麻乃が家を出てくると、すぐに中央へ向かった。
 運転していて食べられないのを気にしてか、麻乃は鴇汰にも食べさせてくれる。
 気恥ずかしさと嬉しさで、内心、悶絶しつつ、事故だけは起こさないようにと、少しだけスピードを落として車を走らせた。

 中央へ着くと、泉の森を抜け、神殿の前まで来たときは六時を過ぎていた。
 中で朝の御祈祷をしているのか、歌うようなリズムで祝詞が聞こえてくる。
 入り口で掃除をしていた若い巫女と挨拶を交わし、カサネさまを呼び出してくれるように頼むと、中の一部屋に通された。

「ちょっと早過ぎちゃったかな?」

「大丈夫だろ? 遅くなると祝いごとや法事があるかもしれないじゃんか」

「それもそうか……鴇汰と一緒に来て良かった。あたし一人だったら緊張しすぎちゃって、帰ってたかもしれない」

 中央へ来ると、まだ思い出すことがたくさんあるんだろう。
 緊張でギュッと握りしめている麻乃の手を取り、指を絡ませて繋いだ。
 二十分ほど経って、部屋にカサネとイツキ、サツキがやってきた。
 麻乃と二人、立ちあがって挨拶を交わす。

「二人とも、久しぶりですね」

「今日はどうされましたか?」

 カサネとイツキに問われ、鴇汰と麻乃は結婚式を挙げたいと伝えた。

「そうですか。なかなか来ないので、どうしたのかと思っていたんですよ」

「それで、どうしますか? 明日でも構いませんよ?」

「え?」
「え?」

 思わず鴇汰と麻乃は顔を見合わせた。
 時期については意識していなかったけれど、一カ月後とか、それ以降になると思っていた。
 まさか明日だなんて言われるとは考えてもいなかったし、いくらなんでも急すぎる。

「あの、さすがに明日って言うのは……」

「俺たち、まだ誰にも報せていないので……」

 戸惑う鴇汰と麻乃に、カサネたちは微笑んで見せた。

「それだけの準備はできているのですよ。皆も心待ちにしているのです」

「明日が早いということであれば、一週間後がちょうど良き日でもありますから、一週間後に執り行いましょう」

 サツキは一週間後と言うけれど、それでも早いんじゃあないだろうか?
 出来るなら、クロムも呼びたい。

「一週間というのも……呼びたい相手の予定もありますし……連絡もまだ……」

「それに、皆、っていうのは……あたしは身内だけでひっそり済ませたいんですけど」

 麻乃はやっぱり身内だけで、と思っているのか。
 鴇汰も同じように、大掛かりにするつもりはないけれど……。

「なにを言うのです? 軍部の方々も、西区の方々も、気を揉んで待っていらっしゃるんですから」

「鴇汰も麻乃も、蓮華であるのですから、最低でも軍部の方々はお呼びするべきではないでしょうか?」

 イツキの言うことも一理ある。
 鴇汰は穂高も呼びたいけれど、穂高を呼ぶとなると、当然ながら徳丸や巧たちも呼ばなければおかしい。
 岱胡にも手間を掛けさせたし……。

「挙式は当然、二人のことではありますが、二人だけのことでもないのですよ?」

「各方面への連絡や手配も、わたくしたちで既に準備を進めております。なにも心配せず、わたくしたちにお任せください」

 カサネとイツキ、サツキの巫女特有の柔らかな口調は、やけに鴇汰の胸に沁みた。
 それは麻乃も同じだったようだ。

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

 麻乃はそう言って頭をさげ、鴇汰もそれにならった。
 自分たちの知らないところで、いつの間にか事が動いていたなんて。
 おクマも知っていて、麻乃の母親の衣装を出してきたんだろう。

「なんか……変なことになっちゃったね」

「ああ。明日なんて言われたときは驚いたよな?」

「各方面への連絡や手配っていうのも、なんなんだろうね? だってさ、誰もなにも言っていなかったでしょう?」

「麻乃が式を挙げたいって言いだしたのが昨日だもんな。おクマさんたちしか知らねーはずなのに」

 西区へ戻る道すがら、急におおごとになってしまったことに、不安を感じると麻乃は言った。
 それでも辞めるとまでは言わないから、良かったと思う。

「明日、みんなが来たときに話さないとな。穂高やトクさんたちにも連絡を入れてみるよ」

「……うん、そうだね」

 まだ不安そうにしている麻乃の頭を撫で、家路へと急いだ。
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