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外伝:長田鴇汰 ~あれから~
第3話 買い出し
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農場の入り口まで来ると小坂が言った通りで、鴇汰たちの班が一番乗りだった。
三十分ほど待って麻乃の班が、それからさらに二十分ほど過ぎて杉山の班が上がってきた。
「一度、経験してるから、前回よりも断然早く終わりましたね」
「うん、でも、鴇汰の班に先を越されるとは思わなかった」
麻乃が悔しそうな顔で鴇汰を見るけれど、仕留めた獲物は麻乃の班のほうがずいぶんとデカい。
「こんなデカいの、三頭もどうすんのよ?」
「とりあえず、このままにしておいていいよ。あとで農場の人たちが解体するから」
「おまえらがやるんじゃあないんだ?」
「うん。できなくはないんだろうけど、ちゃんとしたやり方がわからないからね」
確かに鴇汰も解体はしたことがないし、良い部分と悪い部分の違いがわからない。
おかしなことにならないように、慣れた人たちにまかせるのがいいんだろう。
「それじゃあ、今日のところは解散ね。あとで、うちに肉が届くから、そうしたらみんなで食べようか」
「いいですね。きっと、結構な量になるでしょうし、バーベキューでもやりますか」
「安部隊長や四番のやつらにも声を掛けましょうか?」
「そうだね、そうしよう。修治たちには、あたしが行って誘ってくるよ。多香子姉さんも来てくれれば、鴇汰も準備が楽になるでしょ?」
「そりゃあ……そうだろうけどさ、愛菜ちゃんまだ四カ月で大変な時期だろ? 誘って迷惑にならねーのか?」
数カ月前、修治と多香子の子どもが産まれた。
元気な女の子で、いつもスカした顔をしている修治が、見たことのない笑顔になって、もの凄く驚いた。
今は少しは落ち着いただろうけれど、赤ちゃんの世話は大変だと思う。
「修治だっているし、お父さんとお母さんもいるんだし、大丈夫だよ。姉さんだって息抜きになるだろうから」
本当だろうか? 息抜きになるんだったらいいけれど、疲れているとしたら申し訳ない気がする。
うちには赤ちゃんが安全に過ごせるような場所もないし……。
「明日には届くだろうから、あさっての午後に、うちに集合でいい? 鴇汰、それで大丈夫だよね?」
「ああ。このあと柳堀で、いろいろ買い揃えてくるけど、今日は誰がうちに来るんだ?」
どうせ今日も、誰かしら泊まりにくるんだろう。
それなら、買いものにもつき合わせて、荷物持ちをさせたい。
近くで回収してきた罠を片づけていた小坂と杉山が、顔を上げた。
「長田隊長、今日は誰が、って……どういうことです?」
「どうもこうも、おまえらんトコのやつら、入れ替わり立ち替わりでうちに来るじゃんか?」
二人は七番のやつらをキッと睨み、すぐに片づけを済ませるように指示を出し、鴇汰と麻乃に向き直った。
「俺も杉山も、まだあいつらが行っているとは思ってもいませんでした。まさか、あれからずっと?」
「まあね。すぐに飽きるかと思ったけどさ、なかなか長いよね」
麻乃も長いと思っていたのか。
まったく気にしていないように見えたから、この先もずっと誰かが来続けるのかと、鴇汰は少し不安を感じていた。
小坂も杉山も、二人揃って申し訳なさそうな表情だ。逆にこっちが申し訳ない気持ちになる。
「たまになら構わないんだけどな。毎日はさすがにキツイわ」
「本当にすみません。今日からは、もう誰も行かせませんので」
杉山はそう言って、隊員たちを追い立てて宿舎へ戻っていった。
ほとぼりが冷めたころ、またやって来るのかもしれないけれど、当分は静かに過ごせそうでホッとする。
「隊長、長田隊長も、食材は俺たちが調達しに行くので、それ以外の準備だけお願いできますか?」
「いいのか?」
「もちろんです。それじゃあ、あさってにお伺いします」
礼をして、小坂は隊員たちのあとを追いかけていった。
「そうすると……とりあえず必要なのは調味料とか飲みものか……麻乃、柳堀、一緒に行くだろ?」
「ん……そうだね」
あの同盟三国からの襲撃以来、麻乃は人目につく時間帯は、あまり外へ出ようとしなかった。
東区で過ごしていたときも、穂高と比佐子が訪ねてくるのを待つだけで、外を避けていた。
西区に来てからも、柳堀でさえ避けていたのが、最近になってようやくあちこちに出掛けるようになった。
修治の実家や道場の人たち、おクマや松恵が以前と変わらず接してくれたことが、気持ちを和らげてくれたんだろう。
買いものを済ませて家に戻ろうと歩いていると、後ろから大声で名前を呼ばれた。
大通りを走ってくるのは、おクマだ。
「アンタたち! ここへ来ているのにウチに寄っていかないなんて……」
おクマはゼーゼーと息を切らせている。
そんなに急いで来るとは。
「今日は買い出しで来ただけなんだよ。また改めて、ゆっくり寄るからさ。な? 麻乃」
「うん。今日は荷物も多いし、さっきまで角猪の退治に出ていたから」
両手に荷物を持っている鴇汰と麻乃を見て、おクマは諦めたように顔をゆがめでから、麻乃の頭を撫でた。
「仕方ないわね……次は絶対に寄っていきなさいヨ?」
「わかった。それじゃあ、またね。鴇汰、行こうか」
麻乃に促され、鴇汰もその場を離れようとしたとき、おクマに腕をつかまれて耳打ちされた。
「アンタ、荷物置いたら、麻乃ちゃんには内緒で、一度うちの店に来なさい。チョット話があるのヨ」
なんとなく、不穏な雰囲気だ。
麻乃に内緒の話……そういわれると来ないわけにもいかず、家に戻ると買い忘れたものがあるといって、柳堀へと戻った。
三十分ほど待って麻乃の班が、それからさらに二十分ほど過ぎて杉山の班が上がってきた。
「一度、経験してるから、前回よりも断然早く終わりましたね」
「うん、でも、鴇汰の班に先を越されるとは思わなかった」
麻乃が悔しそうな顔で鴇汰を見るけれど、仕留めた獲物は麻乃の班のほうがずいぶんとデカい。
「こんなデカいの、三頭もどうすんのよ?」
「とりあえず、このままにしておいていいよ。あとで農場の人たちが解体するから」
「おまえらがやるんじゃあないんだ?」
「うん。できなくはないんだろうけど、ちゃんとしたやり方がわからないからね」
確かに鴇汰も解体はしたことがないし、良い部分と悪い部分の違いがわからない。
おかしなことにならないように、慣れた人たちにまかせるのがいいんだろう。
「それじゃあ、今日のところは解散ね。あとで、うちに肉が届くから、そうしたらみんなで食べようか」
「いいですね。きっと、結構な量になるでしょうし、バーベキューでもやりますか」
「安部隊長や四番のやつらにも声を掛けましょうか?」
「そうだね、そうしよう。修治たちには、あたしが行って誘ってくるよ。多香子姉さんも来てくれれば、鴇汰も準備が楽になるでしょ?」
「そりゃあ……そうだろうけどさ、愛菜ちゃんまだ四カ月で大変な時期だろ? 誘って迷惑にならねーのか?」
数カ月前、修治と多香子の子どもが産まれた。
元気な女の子で、いつもスカした顔をしている修治が、見たことのない笑顔になって、もの凄く驚いた。
今は少しは落ち着いただろうけれど、赤ちゃんの世話は大変だと思う。
「修治だっているし、お父さんとお母さんもいるんだし、大丈夫だよ。姉さんだって息抜きになるだろうから」
本当だろうか? 息抜きになるんだったらいいけれど、疲れているとしたら申し訳ない気がする。
うちには赤ちゃんが安全に過ごせるような場所もないし……。
「明日には届くだろうから、あさっての午後に、うちに集合でいい? 鴇汰、それで大丈夫だよね?」
「ああ。このあと柳堀で、いろいろ買い揃えてくるけど、今日は誰がうちに来るんだ?」
どうせ今日も、誰かしら泊まりにくるんだろう。
それなら、買いものにもつき合わせて、荷物持ちをさせたい。
近くで回収してきた罠を片づけていた小坂と杉山が、顔を上げた。
「長田隊長、今日は誰が、って……どういうことです?」
「どうもこうも、おまえらんトコのやつら、入れ替わり立ち替わりでうちに来るじゃんか?」
二人は七番のやつらをキッと睨み、すぐに片づけを済ませるように指示を出し、鴇汰と麻乃に向き直った。
「俺も杉山も、まだあいつらが行っているとは思ってもいませんでした。まさか、あれからずっと?」
「まあね。すぐに飽きるかと思ったけどさ、なかなか長いよね」
麻乃も長いと思っていたのか。
まったく気にしていないように見えたから、この先もずっと誰かが来続けるのかと、鴇汰は少し不安を感じていた。
小坂も杉山も、二人揃って申し訳なさそうな表情だ。逆にこっちが申し訳ない気持ちになる。
「たまになら構わないんだけどな。毎日はさすがにキツイわ」
「本当にすみません。今日からは、もう誰も行かせませんので」
杉山はそう言って、隊員たちを追い立てて宿舎へ戻っていった。
ほとぼりが冷めたころ、またやって来るのかもしれないけれど、当分は静かに過ごせそうでホッとする。
「隊長、長田隊長も、食材は俺たちが調達しに行くので、それ以外の準備だけお願いできますか?」
「いいのか?」
「もちろんです。それじゃあ、あさってにお伺いします」
礼をして、小坂は隊員たちのあとを追いかけていった。
「そうすると……とりあえず必要なのは調味料とか飲みものか……麻乃、柳堀、一緒に行くだろ?」
「ん……そうだね」
あの同盟三国からの襲撃以来、麻乃は人目につく時間帯は、あまり外へ出ようとしなかった。
東区で過ごしていたときも、穂高と比佐子が訪ねてくるのを待つだけで、外を避けていた。
西区に来てからも、柳堀でさえ避けていたのが、最近になってようやくあちこちに出掛けるようになった。
修治の実家や道場の人たち、おクマや松恵が以前と変わらず接してくれたことが、気持ちを和らげてくれたんだろう。
買いものを済ませて家に戻ろうと歩いていると、後ろから大声で名前を呼ばれた。
大通りを走ってくるのは、おクマだ。
「アンタたち! ここへ来ているのにウチに寄っていかないなんて……」
おクマはゼーゼーと息を切らせている。
そんなに急いで来るとは。
「今日は買い出しで来ただけなんだよ。また改めて、ゆっくり寄るからさ。な? 麻乃」
「うん。今日は荷物も多いし、さっきまで角猪の退治に出ていたから」
両手に荷物を持っている鴇汰と麻乃を見て、おクマは諦めたように顔をゆがめでから、麻乃の頭を撫でた。
「仕方ないわね……次は絶対に寄っていきなさいヨ?」
「わかった。それじゃあ、またね。鴇汰、行こうか」
麻乃に促され、鴇汰もその場を離れようとしたとき、おクマに腕をつかまれて耳打ちされた。
「アンタ、荷物置いたら、麻乃ちゃんには内緒で、一度うちの店に来なさい。チョット話があるのヨ」
なんとなく、不穏な雰囲気だ。
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