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外伝:長田鴇汰 ~あれから~
第2話 角猪
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ガサガサと茂みが揺れるたび、鴇汰はハッと身構えていた。
ウサギや狸のような小動物も多いようで、走り去っていくのを見送りながら、内心ホッとしていた。
「なあ、出てきたら、一番近い罠に誘導すればいいんだよな?」
もう一度、確認のために聞いておこうと振り返ると、いつの間にか班のやつらがいなくなっている。
「え……? あいつらみんな、どこ行ったのよ?」
そんなに長く目を離していたつもりはないのに、見える範囲に誰もいない。
参ったな、と思いつつ、動き回ると合流できなくなるような気がして、今いる場所から一番近い罠の場所へ移動した。
角猪と遭遇すれば、声は必ず聞こえてくるから、それから向かえばいいか、と軽く考えていた。
あちこちで、叫ぶような声も聞こえてくるけれど、どれも遠い。
ひょっとすると、一番先に遭遇するのは自分なんじゃないかと思い、周囲の気配に集中した。
ワッと大声が響き、鴇汰の背後で鳥が一斉に羽ばたいていく。
「近い。小坂たち、遭遇したな? どっちだ? 後ろか?」
周囲を見ても、まだなにもわからない。
状況が見えないぶん、若干の不安を覚えた。
声のするほうへ近づきながら、様子を窺っていると、「そっちだ!」「回り込め!」などと聞こえてくる。
「あの感じだと、こっから離れていくか?」
こんなところで、一人ぼんやりしている場合じゃあないと、急いであとを追って走った。
どこにいるのやら、声は良く聞こえてくるのに、姿はまったく見えない。
「なんだよ? そう遠くないはずなのに、どこにいやがるんだ?」
一度、立ち止まって周囲を見渡す。
大勢の足音と葉擦れの音が大きくなってきて、背後から殺気が漂ってきた。
「殺気!? ってか、なんで後ろ――」
百メートルほど先の茂みから飛び出してきた角猪が、鴇汰のほうへ向かってきた。
そのあとを、矢萩と豊浦が追い立てている。
「長田隊長! そっち行きますよ!」
マジか?
あまりにも突然すぎて、罠がどうとか、なにも考えられない。
追い立てられた角猪はもの凄い速さで近づいてくる。
「デカ過ぎるって! こんなのどうしろって……」
大剣を抜いて構えたものの、思った以上の大きさと速さで逃げようもない。
額から伸びる角は太くて大きく、鼻の両脇の牙も猪のそれより大きい。
「絶対に逃がさないでくださいね!」
矢萩が無茶苦茶なことを言う。
「バッカ……勝手なことを……」
正面に迫った角猪の角に目掛けて、横へ飛びながら大剣を振り下ろした。
虎吼刀は角より硬かったようで鈍い音を立てて角が折れ、そのまま勢いをつけて、角猪の横腹を下から掬い上げて斬った。
ドオッと倒れた角猪は、体を痙攣させてひっくり返っている。
起き上がってこられたら、牙で突かれてしまうかもしれないと、すぐさま首もとへ大剣を突き立てた。
完全に動かなくなったのを確認してから、改めて角猪を眺めてみる。
折れた角のほうは先端がわずかに丸みを帯びているけれど、牙は鋭く尖っていた。
こんなので突かれたら、大怪我どころじゃあ済まないだろう。
「長田隊長!」
小坂をはじめ、ほかのやつらがあちこちの茂みを出て集まってきた。
倒れた角猪を見たとたん、顔色を変えて走ってくる。
「罠は!? この先のはずですよね!? いや、それよりお怪我は!?」
「ていうか、長田隊長が一人でコイツを倒しちゃったんですか?」
小坂と新人たちが集まってきて騒ぎだした。
「まあ……俺しかいなかったし……怪我はしてねーけど、いきなりで心臓に悪かったよ」
背後で「チッ」と舌打ちが聞こえて振り返ると、後ろにいたのは矢萩と豊浦だった。
どっちも鴇汰を見るでもなく、あさってのほうを向いている。
(え……? 今、こいつら舌打ちしたよな?)
「なにはともあれ、お怪我がなくて良かった……けど、なんだってこんな無茶を?」
「俺だって驚いたよ。おまえらとはぐれちまったから、探していたら急にこいつが茂みから出てきたのよ」
「それにしたって、罠まで誘導していただければ――」
「だって、すぐそこまで来てたから、誘導どころじゃあなかったんだって。大剣だったから、どうにかできたけどな。おまえらみたいに刀だったら、ヤバかったかも」
心なしか、班のやつらが呆れたような顔をしているようにみえる。
一人で倒しちゃあ、マズかったんだろうか?
「まさか、こんなに早く倒せるとは思いませんでした」
「ホントですよ、これきっと、うちの班が一番早かったんじゃあないですか?」
「そうだな。急いで入り口まで運ぼう。こうしているあいだに、ほかの班も上がってくるかもしれない」
小坂はテキパキと新人たちに指示を出し、角猪の死骸を紐に掛け、農場の入り口へと運んでいく。
矢萩と豊浦が運ぶのを手伝いに行こうと横を通り過ぎたとき、鴇汰はポツリとつぶやいた。
「おまえら……もしかして、俺を亡きものにしようとしてる……?」
むくれた顔で振り返った二人は、口を尖らせて言い返してきた。
「なに言ってるんです? んなワケないじゃないですか」
「そうそう。長田隊長が死んだら、うちの隊長の身の回りの面倒を、誰が見るっていうんですか?」
――なんだ。とりあえず、一緒にいる相手としては認めてくれているのか。
「まぁ……かるーく怪我でもしたら、ザマーミロとは思いましたけど」
ホッとしたのもつかの間、矢萩がとんでもないことを言った。
こいつら、マジか。
以前、大陸からの襲撃のときに、古市が矢萩や豊浦、岡山辺りがどうこうと言っていたけれど、どうやらそれは、冗談でもなんでもなかったようだ。
ウサギや狸のような小動物も多いようで、走り去っていくのを見送りながら、内心ホッとしていた。
「なあ、出てきたら、一番近い罠に誘導すればいいんだよな?」
もう一度、確認のために聞いておこうと振り返ると、いつの間にか班のやつらがいなくなっている。
「え……? あいつらみんな、どこ行ったのよ?」
そんなに長く目を離していたつもりはないのに、見える範囲に誰もいない。
参ったな、と思いつつ、動き回ると合流できなくなるような気がして、今いる場所から一番近い罠の場所へ移動した。
角猪と遭遇すれば、声は必ず聞こえてくるから、それから向かえばいいか、と軽く考えていた。
あちこちで、叫ぶような声も聞こえてくるけれど、どれも遠い。
ひょっとすると、一番先に遭遇するのは自分なんじゃないかと思い、周囲の気配に集中した。
ワッと大声が響き、鴇汰の背後で鳥が一斉に羽ばたいていく。
「近い。小坂たち、遭遇したな? どっちだ? 後ろか?」
周囲を見ても、まだなにもわからない。
状況が見えないぶん、若干の不安を覚えた。
声のするほうへ近づきながら、様子を窺っていると、「そっちだ!」「回り込め!」などと聞こえてくる。
「あの感じだと、こっから離れていくか?」
こんなところで、一人ぼんやりしている場合じゃあないと、急いであとを追って走った。
どこにいるのやら、声は良く聞こえてくるのに、姿はまったく見えない。
「なんだよ? そう遠くないはずなのに、どこにいやがるんだ?」
一度、立ち止まって周囲を見渡す。
大勢の足音と葉擦れの音が大きくなってきて、背後から殺気が漂ってきた。
「殺気!? ってか、なんで後ろ――」
百メートルほど先の茂みから飛び出してきた角猪が、鴇汰のほうへ向かってきた。
そのあとを、矢萩と豊浦が追い立てている。
「長田隊長! そっち行きますよ!」
マジか?
あまりにも突然すぎて、罠がどうとか、なにも考えられない。
追い立てられた角猪はもの凄い速さで近づいてくる。
「デカ過ぎるって! こんなのどうしろって……」
大剣を抜いて構えたものの、思った以上の大きさと速さで逃げようもない。
額から伸びる角は太くて大きく、鼻の両脇の牙も猪のそれより大きい。
「絶対に逃がさないでくださいね!」
矢萩が無茶苦茶なことを言う。
「バッカ……勝手なことを……」
正面に迫った角猪の角に目掛けて、横へ飛びながら大剣を振り下ろした。
虎吼刀は角より硬かったようで鈍い音を立てて角が折れ、そのまま勢いをつけて、角猪の横腹を下から掬い上げて斬った。
ドオッと倒れた角猪は、体を痙攣させてひっくり返っている。
起き上がってこられたら、牙で突かれてしまうかもしれないと、すぐさま首もとへ大剣を突き立てた。
完全に動かなくなったのを確認してから、改めて角猪を眺めてみる。
折れた角のほうは先端がわずかに丸みを帯びているけれど、牙は鋭く尖っていた。
こんなので突かれたら、大怪我どころじゃあ済まないだろう。
「長田隊長!」
小坂をはじめ、ほかのやつらがあちこちの茂みを出て集まってきた。
倒れた角猪を見たとたん、顔色を変えて走ってくる。
「罠は!? この先のはずですよね!? いや、それよりお怪我は!?」
「ていうか、長田隊長が一人でコイツを倒しちゃったんですか?」
小坂と新人たちが集まってきて騒ぎだした。
「まあ……俺しかいなかったし……怪我はしてねーけど、いきなりで心臓に悪かったよ」
背後で「チッ」と舌打ちが聞こえて振り返ると、後ろにいたのは矢萩と豊浦だった。
どっちも鴇汰を見るでもなく、あさってのほうを向いている。
(え……? 今、こいつら舌打ちしたよな?)
「なにはともあれ、お怪我がなくて良かった……けど、なんだってこんな無茶を?」
「俺だって驚いたよ。おまえらとはぐれちまったから、探していたら急にこいつが茂みから出てきたのよ」
「それにしたって、罠まで誘導していただければ――」
「だって、すぐそこまで来てたから、誘導どころじゃあなかったんだって。大剣だったから、どうにかできたけどな。おまえらみたいに刀だったら、ヤバかったかも」
心なしか、班のやつらが呆れたような顔をしているようにみえる。
一人で倒しちゃあ、マズかったんだろうか?
「まさか、こんなに早く倒せるとは思いませんでした」
「ホントですよ、これきっと、うちの班が一番早かったんじゃあないですか?」
「そうだな。急いで入り口まで運ぼう。こうしているあいだに、ほかの班も上がってくるかもしれない」
小坂はテキパキと新人たちに指示を出し、角猪の死骸を紐に掛け、農場の入り口へと運んでいく。
矢萩と豊浦が運ぶのを手伝いに行こうと横を通り過ぎたとき、鴇汰はポツリとつぶやいた。
「おまえら……もしかして、俺を亡きものにしようとしてる……?」
むくれた顔で振り返った二人は、口を尖らせて言い返してきた。
「なに言ってるんです? んなワケないじゃないですか」
「そうそう。長田隊長が死んだら、うちの隊長の身の回りの面倒を、誰が見るっていうんですか?」
――なんだ。とりあえず、一緒にいる相手としては認めてくれているのか。
「まぁ……かるーく怪我でもしたら、ザマーミロとは思いましたけど」
ホッとしたのもつかの間、矢萩がとんでもないことを言った。
こいつら、マジか。
以前、大陸からの襲撃のときに、古市が矢萩や豊浦、岡山辺りがどうこうと言っていたけれど、どうやらそれは、冗談でもなんでもなかったようだ。
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