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外伝:元山比佐子 ~成長~
第2話 迷惑な話
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退院したものの、すぐに部隊には戻れなかった。
リハビリ、訓練のほかに、巧から『私が戻るまで謹慎しているように』と言われてしまったから。
あちこちが痛んだのが嘘のように体は動くのに、行動が制限されて苛立ちを感じてしまう。
もちろん、自分が悪いのはわかっているけれど……。
今日もリハビリを終えたあと、予備隊や訓練生たちと一緒に体を動かしていた。
早く戻りたいと気がせいていたせいか、少し無理をしてしまったようで、左腕が痛む。
まだ訓練を続けているみんなの輪を離れ、比佐子は宿舎へ戻ることにした。
退院したから、もう来ないだろうと思っていた穂高は、懲りずにまだやってくる。
さすがに花は持ってこないけれど、ちょうど休みだからと言って、宿舎に来たり訓練所へ来たり、正直いうと少しばかり面倒臭い。
比佐子としては邪険にしているつもりなのに、通じていないのかなんなのか。
体が鈍っているのを感じるし、部隊にも復帰できない、思うように左腕を動かせないという苛立ちと、もしかすると完全に治らないんじゃあないかという不安に押し潰されそうになる。
そんなところに、軽く誘いをかけてくる穂高が本当に鬱陶しい。
「ホントにもう、いい加減にしてって言ってるでしょう!? なんなのよもう! 私は来ないでって言っているの! 本当にしつこい! あんたなんか大っ嫌い!」
勢いで平手打ちを喰らわせて、頬を押さえて呆然と立ちすくんでいる穂高をそのままに、比佐子は逃げるように軍部へ走った。
もともと、そんなに交流のなかった穂高が、どうして比佐子に付きまとってくるんだか。
『あたしは比佐子には、もっといい人がいるんじゃあないかと思う』
麻乃の言葉を思い出す。
きっと麻乃が穂高になにかを言ったに違いない。
だからあんなふうに、しつこく比佐子に付きまとってくるんだろう。
比佐子はノックもせず、麻乃の個室のドアを蹴破る勢いで開いた。
激しい音に、机を挟んでなにかを話していた麻乃と杉山が驚いた顔をして比佐子をみた。
「比佐子? そんなに慌ててなに? っていうか、なんなの? 最近、みんなで寄ってたかって人の部屋のドアを乱暴に開けて……なに? 軍部ではあたしの部屋のドアをそういうふうに開けるのが流行ってるわけ? いい加減、ドアが壊れる――」
眉をひそめて文句をいう麻乃の頬を、穂高と同じように思いきり引っぱたいてやった。
不意打ちだったにもかかわらず、麻乃は間髪入れずに平手打ちを返してくる。
「なにすんのよ!」
「なにすんのは、あたしのセリフだよ! 突然やってきて、いきなり平手打ちってなんなのさ!」
「麻乃が余計なことをするから悪いのよ!」
「はぁ!? あたしが一体、なにをしたっていうの!?」
この期に及んでまだシラを切ろうとする麻乃に、心底腹が立ち、左腕が痛むのも構わず掴みかかった。
ところが、今度は麻乃も警戒していたようで、掴みかかった手を払いのけられてしまう。
「この……! あんたが上田隊長になにか言ったんでしょ!? 毎日毎日つきまとわれて、迷惑なのよ!」
「穂高? つきまとうってなんなの? 比佐子の言っていること、あたしにはさっぱり――」
「だから、とぼけるんじゃないって……!」
揉み合う比佐子と麻乃のあいだに杉山が割って入ってきて、二人は引き離された。
比佐子の前に立つ杉山の後ろで、麻乃は乱れた襟元を正している。
「元山、その件に関しては、うちの隊長は関わっていないぞ」
「だったら、どうしてあんなにまとわりついてくるのよ!」
「そりゃあ……上田隊長は元山のことが好きだからだろ?」
杉山にそう言われ、比佐子は言葉が出なかった。
確かに好きだとは言われたけれど、本気だと思えないでいたから。
「とにかく、あたしはなにもしていないよ。穂高が比佐子のことを好きだっていうのも、今、初めて知ったんだから」
「うちの隊長に噛みつくより、本人同士で話し合え。こんなことでうちの隊長を煩わせるな」
「煩わせて悪かったわね! あいつ……何度言っても全然懲りないんだから……」
そうつぶやきながらも、杉山の指摘にモヤモヤが消えてくれない。
「比佐子、あんたは迷惑だって言うけど、穂高はいいやつだよ。少なくとも、あんたが付き合ってきたどの男よりも。冗談で好きだのなんだのって言うようなやつでもないし、ちゃんと考えてやったらいいじゃない」
「大きなお世話なのよ! いいやつだろうがなんだろうが、私は困ってるの!」
「だから、それは当人同士でしっかり話せって、俺は言ったよな?」
「話にならない! もういい!」
麻乃が関わっていないのなら、これ以上、なにを言っても無駄だろう。
ドアを開けて部屋を出る前に、ひと言だけ麻乃に謝った。
「麻乃、突然、ぶってごめん」
返事を待たず、そのままドアを閉めると、ため息を漏らして宿舎へと戻った。
リハビリ、訓練のほかに、巧から『私が戻るまで謹慎しているように』と言われてしまったから。
あちこちが痛んだのが嘘のように体は動くのに、行動が制限されて苛立ちを感じてしまう。
もちろん、自分が悪いのはわかっているけれど……。
今日もリハビリを終えたあと、予備隊や訓練生たちと一緒に体を動かしていた。
早く戻りたいと気がせいていたせいか、少し無理をしてしまったようで、左腕が痛む。
まだ訓練を続けているみんなの輪を離れ、比佐子は宿舎へ戻ることにした。
退院したから、もう来ないだろうと思っていた穂高は、懲りずにまだやってくる。
さすがに花は持ってこないけれど、ちょうど休みだからと言って、宿舎に来たり訓練所へ来たり、正直いうと少しばかり面倒臭い。
比佐子としては邪険にしているつもりなのに、通じていないのかなんなのか。
体が鈍っているのを感じるし、部隊にも復帰できない、思うように左腕を動かせないという苛立ちと、もしかすると完全に治らないんじゃあないかという不安に押し潰されそうになる。
そんなところに、軽く誘いをかけてくる穂高が本当に鬱陶しい。
「ホントにもう、いい加減にしてって言ってるでしょう!? なんなのよもう! 私は来ないでって言っているの! 本当にしつこい! あんたなんか大っ嫌い!」
勢いで平手打ちを喰らわせて、頬を押さえて呆然と立ちすくんでいる穂高をそのままに、比佐子は逃げるように軍部へ走った。
もともと、そんなに交流のなかった穂高が、どうして比佐子に付きまとってくるんだか。
『あたしは比佐子には、もっといい人がいるんじゃあないかと思う』
麻乃の言葉を思い出す。
きっと麻乃が穂高になにかを言ったに違いない。
だからあんなふうに、しつこく比佐子に付きまとってくるんだろう。
比佐子はノックもせず、麻乃の個室のドアを蹴破る勢いで開いた。
激しい音に、机を挟んでなにかを話していた麻乃と杉山が驚いた顔をして比佐子をみた。
「比佐子? そんなに慌ててなに? っていうか、なんなの? 最近、みんなで寄ってたかって人の部屋のドアを乱暴に開けて……なに? 軍部ではあたしの部屋のドアをそういうふうに開けるのが流行ってるわけ? いい加減、ドアが壊れる――」
眉をひそめて文句をいう麻乃の頬を、穂高と同じように思いきり引っぱたいてやった。
不意打ちだったにもかかわらず、麻乃は間髪入れずに平手打ちを返してくる。
「なにすんのよ!」
「なにすんのは、あたしのセリフだよ! 突然やってきて、いきなり平手打ちってなんなのさ!」
「麻乃が余計なことをするから悪いのよ!」
「はぁ!? あたしが一体、なにをしたっていうの!?」
この期に及んでまだシラを切ろうとする麻乃に、心底腹が立ち、左腕が痛むのも構わず掴みかかった。
ところが、今度は麻乃も警戒していたようで、掴みかかった手を払いのけられてしまう。
「この……! あんたが上田隊長になにか言ったんでしょ!? 毎日毎日つきまとわれて、迷惑なのよ!」
「穂高? つきまとうってなんなの? 比佐子の言っていること、あたしにはさっぱり――」
「だから、とぼけるんじゃないって……!」
揉み合う比佐子と麻乃のあいだに杉山が割って入ってきて、二人は引き離された。
比佐子の前に立つ杉山の後ろで、麻乃は乱れた襟元を正している。
「元山、その件に関しては、うちの隊長は関わっていないぞ」
「だったら、どうしてあんなにまとわりついてくるのよ!」
「そりゃあ……上田隊長は元山のことが好きだからだろ?」
杉山にそう言われ、比佐子は言葉が出なかった。
確かに好きだとは言われたけれど、本気だと思えないでいたから。
「とにかく、あたしはなにもしていないよ。穂高が比佐子のことを好きだっていうのも、今、初めて知ったんだから」
「うちの隊長に噛みつくより、本人同士で話し合え。こんなことでうちの隊長を煩わせるな」
「煩わせて悪かったわね! あいつ……何度言っても全然懲りないんだから……」
そうつぶやきながらも、杉山の指摘にモヤモヤが消えてくれない。
「比佐子、あんたは迷惑だって言うけど、穂高はいいやつだよ。少なくとも、あんたが付き合ってきたどの男よりも。冗談で好きだのなんだのって言うようなやつでもないし、ちゃんと考えてやったらいいじゃない」
「大きなお世話なのよ! いいやつだろうがなんだろうが、私は困ってるの!」
「だから、それは当人同士でしっかり話せって、俺は言ったよな?」
「話にならない! もういい!」
麻乃が関わっていないのなら、これ以上、なにを言っても無駄だろう。
ドアを開けて部屋を出る前に、ひと言だけ麻乃に謝った。
「麻乃、突然、ぶってごめん」
返事を待たず、そのままドアを閉めると、ため息を漏らして宿舎へと戻った。
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