759 / 780
外伝:上田穂高 ~成長~
第5話 対峙
しおりを挟む
「なんなんだ? てめぇらは。俺たちのことをコソコソ嗅ぎまわりやがって」
あの男は鞘で弾かれた腕が痛むのか、しきりにさすりながら、麻乃に食って掛かった。
麻乃が抜刀するんじゃあないかと思い、そうなったときには、さすがに止めなければと、身構える。
「比佐子に手を出したのは、あんたか?」
手にした脇差を腰に差した麻乃は、男にそう尋ねた。
脇差を戻したなら、抜く気はないだろう。
「だったらどうしたってんだよ?」
「あんなふうになるまで、殴ったって認めるってこと?」
「だ、か、ら、そうだとして、それがなんだってんだよ!」
麻乃が男とやり取りをしているあいだに、穂高は豊浦を羽交い絞めにしていたやつの腕を捻り上げ、豊浦を自由にした。
「痛ぇ! なにしやがんだ! クソ……!!! 痛ぇって言ってんだろうが!」
「痛いのは暴れるからだろう?」
振りほどこうともがく男の腕を、さらに強く背中で捩じ上げた。
「豊浦、怪我はない?」
「……上田隊長、俺は大丈夫です。ありがとうございます」
残った二人の男が助けに入ろうとしてきたのを、葛西と小坂が倒して抑え込んだ。
痛いだのやめろだのと、大声で喚きたてると、麻乃と対峙している男が叫んだ。
「おい! てめぇら、やめろ! 痛がっているのが見えねぇのか!」
「……どの口が、そんなことを言う? 比佐子の痛みは、あんなものじゃあなかったはずだ」
麻乃の口調は静かだけれど、逆にそれが怒りの大きさを表しているように感じる。
このまま、あの男と対峙させていていいんだろうか?
やっと謹慎が明けて持ち回りに出始めたのに、揉め事のせいで、また謹慎にでもなったら……?
「だいたい、あの女がシケていやがるのが悪いんだ! この俺がわざわざ付き合ってやっているってのに、出すもん出さねえから――」
「なるほどね。まったく……比佐子もこんなクズ野郎のどこが良かったってんだか……」
「なんだと? 今、なんつった?」
クズと言われて腹が立ったのか、男の顔色が変わった。
それだけじゃあなく、殺気立っている。
「クズ野郎にクズと言って、なにが悪いんだい? 本当のことを言われて、恥ずかしいとでも思ったのか?」
穂高は締め上げていた男を突き飛ばして転がすと、あの男に向かってそういった。
転げた男には、豊浦が素早く飛びつき、逃げ出さないように抑え込んだ。
「てめぇら……!」
男はよほど腹に据えかねたのか、よりにもよって、麻乃に殴りかかっていった。
当然ながら、麻乃はそれを軽く避け、前のめりに突っ込んできた男の肩を、手のひらで突き飛ばした。
ヨロヨロと倒れそうになりながらも、なんとか持ちこたえた男は、軽く往なされた怒りで震えているようだ。
「クズ男のクソみたいなパンチが、あたしに当たるワケないじゃあないか」
カッとした男は凝りもせず、また麻乃へ突っかかっていく。
穂高は麻乃の前に割って入り、わざと男のパンチを受けた。
「穂高!」
「っつ~……さすがに殴られると、痛いのは痛いな……」
「なんだって急に……あんなの、あんただって避けられるでしょうが!」
「いや~、最初に貰っておかないと、あとで言い訳が立たないだろう? 麻乃、謹慎明けなんだから、ここは俺に任せてくれないかな?」
「でも……!」
「頼むよ、麻乃。俺はどうしてもこいつを許せない」
穂高は真剣だった。
それが麻乃に伝わったのか、麻乃は小さくうなずき、ほかの三人の男たちを拘束しにいった。
相手が穂高に変わったとたん、男は警戒心を強めたようにみえる。
麻乃は女だから、楽に勝てるとでも思ったんだろうか?
「一つ聞いておきたいんだけど」
「なんだよ?」
「おまえ、元山……いや、比佐子と付き合っているんじゃないのか?」
男は大声を上げて笑い出した。
人を馬鹿にしたような笑いかたに、つい、苛立ちを感じてしまう。
「オレは別に付き合おうなんて一言も言っちゃいねぇよ! あいつが勝手に彼女面して付きまとってきただけなんだからよ!」
「……なるほど。そういう感じか」
要するに、いいように言葉を並び立てて比佐子の気を引いて、貢がせていただけか。
麻乃が比佐子を『馬鹿だ』と言ったのもわかるけれど、比佐子が『私がいないと』と思う気持ちも、まあ、少しだけわかる。
「なるほど、じゃあねぇんだよ! さっさとあいつらを放しやがれ!」
痺れを切らした男は、またしても殴りかかってこようとする。
よほど腕に自信があるんだろう。
勝てると本気で思っているんだとしたら、馬鹿なのはこいつだ。
顔を狙って出されたこぶしを、穂高は手で払いのけた。
パンチの軌道が変わって、空振りだ。
すぐに次の攻撃が飛んでくるけれど、蓮華の穂高からみると、自分で当たりに行かなければ、当たらないパンチだ。
その手も下に払いのけると、無防備のままの男の顔に、平手打ちを一発、喰らわせた。
これは、初めて比佐子をみた日、この男に叩かれていた一発だ。
「……このっ!!!」
十六歳まで鍛えているのもあるからか、男はそこそこ早い攻撃を繰り出してくる。
それを避けながら、今度は穂高もこぶしで殴り返した。
そんなことを、何度か繰り返していると、男は刃物を出してきた。
「……クソッ! ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……オレを舐めやがって……」
突きかかってきた刃物を、蹴りで弾き飛ばした。
刃物は男の手を離れ、クルクルと回って、麻乃たちが縛り付けた男の目の前に落ちて刺さった。
「ばっ……馬鹿野郎! 危ねぇじゃねえか!」
「うるせぇ! てめぇらは黙ってろ!」
思い通りにならないことで、苛立っているんだろう。
仲間割れを始めている。
あの男は鞘で弾かれた腕が痛むのか、しきりにさすりながら、麻乃に食って掛かった。
麻乃が抜刀するんじゃあないかと思い、そうなったときには、さすがに止めなければと、身構える。
「比佐子に手を出したのは、あんたか?」
手にした脇差を腰に差した麻乃は、男にそう尋ねた。
脇差を戻したなら、抜く気はないだろう。
「だったらどうしたってんだよ?」
「あんなふうになるまで、殴ったって認めるってこと?」
「だ、か、ら、そうだとして、それがなんだってんだよ!」
麻乃が男とやり取りをしているあいだに、穂高は豊浦を羽交い絞めにしていたやつの腕を捻り上げ、豊浦を自由にした。
「痛ぇ! なにしやがんだ! クソ……!!! 痛ぇって言ってんだろうが!」
「痛いのは暴れるからだろう?」
振りほどこうともがく男の腕を、さらに強く背中で捩じ上げた。
「豊浦、怪我はない?」
「……上田隊長、俺は大丈夫です。ありがとうございます」
残った二人の男が助けに入ろうとしてきたのを、葛西と小坂が倒して抑え込んだ。
痛いだのやめろだのと、大声で喚きたてると、麻乃と対峙している男が叫んだ。
「おい! てめぇら、やめろ! 痛がっているのが見えねぇのか!」
「……どの口が、そんなことを言う? 比佐子の痛みは、あんなものじゃあなかったはずだ」
麻乃の口調は静かだけれど、逆にそれが怒りの大きさを表しているように感じる。
このまま、あの男と対峙させていていいんだろうか?
やっと謹慎が明けて持ち回りに出始めたのに、揉め事のせいで、また謹慎にでもなったら……?
「だいたい、あの女がシケていやがるのが悪いんだ! この俺がわざわざ付き合ってやっているってのに、出すもん出さねえから――」
「なるほどね。まったく……比佐子もこんなクズ野郎のどこが良かったってんだか……」
「なんだと? 今、なんつった?」
クズと言われて腹が立ったのか、男の顔色が変わった。
それだけじゃあなく、殺気立っている。
「クズ野郎にクズと言って、なにが悪いんだい? 本当のことを言われて、恥ずかしいとでも思ったのか?」
穂高は締め上げていた男を突き飛ばして転がすと、あの男に向かってそういった。
転げた男には、豊浦が素早く飛びつき、逃げ出さないように抑え込んだ。
「てめぇら……!」
男はよほど腹に据えかねたのか、よりにもよって、麻乃に殴りかかっていった。
当然ながら、麻乃はそれを軽く避け、前のめりに突っ込んできた男の肩を、手のひらで突き飛ばした。
ヨロヨロと倒れそうになりながらも、なんとか持ちこたえた男は、軽く往なされた怒りで震えているようだ。
「クズ男のクソみたいなパンチが、あたしに当たるワケないじゃあないか」
カッとした男は凝りもせず、また麻乃へ突っかかっていく。
穂高は麻乃の前に割って入り、わざと男のパンチを受けた。
「穂高!」
「っつ~……さすがに殴られると、痛いのは痛いな……」
「なんだって急に……あんなの、あんただって避けられるでしょうが!」
「いや~、最初に貰っておかないと、あとで言い訳が立たないだろう? 麻乃、謹慎明けなんだから、ここは俺に任せてくれないかな?」
「でも……!」
「頼むよ、麻乃。俺はどうしてもこいつを許せない」
穂高は真剣だった。
それが麻乃に伝わったのか、麻乃は小さくうなずき、ほかの三人の男たちを拘束しにいった。
相手が穂高に変わったとたん、男は警戒心を強めたようにみえる。
麻乃は女だから、楽に勝てるとでも思ったんだろうか?
「一つ聞いておきたいんだけど」
「なんだよ?」
「おまえ、元山……いや、比佐子と付き合っているんじゃないのか?」
男は大声を上げて笑い出した。
人を馬鹿にしたような笑いかたに、つい、苛立ちを感じてしまう。
「オレは別に付き合おうなんて一言も言っちゃいねぇよ! あいつが勝手に彼女面して付きまとってきただけなんだからよ!」
「……なるほど。そういう感じか」
要するに、いいように言葉を並び立てて比佐子の気を引いて、貢がせていただけか。
麻乃が比佐子を『馬鹿だ』と言ったのもわかるけれど、比佐子が『私がいないと』と思う気持ちも、まあ、少しだけわかる。
「なるほど、じゃあねぇんだよ! さっさとあいつらを放しやがれ!」
痺れを切らした男は、またしても殴りかかってこようとする。
よほど腕に自信があるんだろう。
勝てると本気で思っているんだとしたら、馬鹿なのはこいつだ。
顔を狙って出されたこぶしを、穂高は手で払いのけた。
パンチの軌道が変わって、空振りだ。
すぐに次の攻撃が飛んでくるけれど、蓮華の穂高からみると、自分で当たりに行かなければ、当たらないパンチだ。
その手も下に払いのけると、無防備のままの男の顔に、平手打ちを一発、喰らわせた。
これは、初めて比佐子をみた日、この男に叩かれていた一発だ。
「……このっ!!!」
十六歳まで鍛えているのもあるからか、男はそこそこ早い攻撃を繰り出してくる。
それを避けながら、今度は穂高もこぶしで殴り返した。
そんなことを、何度か繰り返していると、男は刃物を出してきた。
「……クソッ! ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……オレを舐めやがって……」
突きかかってきた刃物を、蹴りで弾き飛ばした。
刃物は男の手を離れ、クルクルと回って、麻乃たちが縛り付けた男の目の前に落ちて刺さった。
「ばっ……馬鹿野郎! 危ねぇじゃねえか!」
「うるせぇ! てめぇらは黙ってろ!」
思い通りにならないことで、苛立っているんだろう。
仲間割れを始めている。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる