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外伝:上田穂高 ~成長~
第2話 比佐子
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麻乃は比佐子のあとを、つかず離れずでつけていた。
なにを考えているのか、穂高にはわからないけれど、思いつめたような表情が気になる。
しばらく街なかを歩き、比佐子は花丘の大通りを進んでいく。
「花丘にきたか……路地に入られると厄介だな……」
「俺が式神で確認してみようか?」
「……ごめん、実はそうして欲しくて、ついてきて貰ったの」
穂高は上着の内ポケットから手帳を出すと、式神の術式を書き記してから破き、空へと放った。
メモは白いハトに変わり、比佐子のほうへ飛んでいく。
「これで少しくらい離れても、どこに行ったかわかるよ」
「ありがとう。比佐子は人の気配を感じにくいから、見つからないとは思うんだけど、見失いたくないからさ」
「それは構わないんだけど、彼女になにがあるっていうんだよ? さっき、揉めていただろう?」
「ん……ちょっとね。気になることがあるんだよね」
比佐子は路地裏に入り、大通りから三本ほど通りを抜けた角地にある、小さな食堂に入っていった。
麻乃はその店がみえる通りの角に身をひそめ、様子を窺っている。
穂高のハトは、比佐子が入った店の屋根に止まったままだ。
数分、その場で店の入り口を見張っていると、なにやら騒がしい声が届いてきた。
比佐子ではないようで、男の声だ。
直後、店のドアが開き、比佐子と男の姿がみえた。
「待って! あと少し待ってよ!」
「しつけぇな! 金がなけりゃあ話になんねぇよ!」
背の高い派手なタイプの男が突き飛ばすように比佐子を店の外へ追いやり、平手打ちをした。
勢いで倒れた比佐子には見向きもせず、また店の中へと戻っていく。
倒れた比佐子は、しばらくすると立ちあがり、叩かれた頬を押さえたまま大通りのほうへと去っていった。
「麻乃? 今のは……」
「……穂高、ちょっと来て」
麻乃はそのまま、男が入っていった店のドアを開けた。
表からみたままに、店内は狭く、カウンターとテーブル席が四つあるだけだ。
男は友人三人と一緒なのか、四人掛けのテーブルに腰かけていた。
その斜め奥の席に麻乃と穂高は座った。
店員さんがやってくると、麻乃は定食を二人分、頼んでいる。
「ったく……当てが外れたぜ」
「おまえのやり方がうまくなかったんだろ?」
「ちげぇわ! あの女、最近、出し渋るんだよ。そろそろ潮時だな」
なにやら不穏な会話だ。
あの女、というのは比佐子のことで間違いないだろう。
「……とんだクズ男だ」
ボソッとつぶやいた麻乃は、出された定食を食べながらも、男たちの会話に耳を傾けている。
内容を聞いている限り、麻乃の言うように『クズ男』だな、と思う。
穂高たちが食べ終わる前にヤツらは店を出て行ったけれど、内容は金と女の話しばかりだった。
「なあ、麻乃。さっきのヤツら……」
「あれさ、どうやら比佐子が付き合っている相手みたいなんだよね」
「えっ? あの男と?」
「うん……最近の様子がおかしいから、今日、つけてきたんだけど……思った通りのロクデナシだった」
確かに、同じ男である穂高からみても、ろくでもないヤツだと思う。
顔が飛びぬけていいわけでもないし、女にたかるほどだから、金銭面もだらしないだろう。
なのに、なんであんな男と付き合っているんだろうか?
「比佐子ってさ、なんか知らないけど、ダメ男とばかり付き合うんだよね。『彼には私がいないと』とかなんとかいっちゃってさ」
「あ~、そういう子、たまにいるよな」
「人の恋路を邪魔するつもりはないんだけどさ、今のヤツじゃあ、ちょっとね……」
「やめろって言ったところで、きっと聞かないだろう?」
「と、思う。けど、放っておくと嫌なことになりそうで」
麻乃は、巧が出産で休んでいるあいだに、問題を起こさせたくないという。
「巧さんだってさ、復帰してすぐに面倒なことになったら、困るだろうし」
「彼女、巧さんの隊員だったんだ?」
「そうだよ。穂高、知らなかった?」
「うん。時々、巧さんのところとは一緒になるけど、俺は六番のやつらとは、ほとんど話したことがないんだよ」
「わかる。あたしだって、ほかの部隊の隊員たちを覚えているか、っていったら、怪しいところだもん」
食事を済ませ、軍部へ戻る道すがら、麻乃はずっと、どうするべきか悩んでいるようだった。
穂高が手を貸せることならば、力になってやりたいけれど、今は自分の部隊の訓練があって、そうもいかない。
けれど――。
彼女のことも、正直なところ、少し気になる。
奇麗な顔立ちの人だった。
麻乃が親しくしているのなら、悪い人ではないんだろう。
少しばかり気が強そうにみえたけれど、気が強い女性には、姉たちのおかげで耐性がある。
性格が多少きつくても、穂高にとっては特に問題ではない。
きっと意志も強いだろう。
それが、あんなふうに男に翻弄されて、手まであげられている。
戦士なんだから、あんな男の平手など、難なく避けられるはずだろうに。
麻乃の隣を歩きながら、穂高はだんだんとイライラする気持ちを抑えられなくなってきた。
なにを考えているのか、穂高にはわからないけれど、思いつめたような表情が気になる。
しばらく街なかを歩き、比佐子は花丘の大通りを進んでいく。
「花丘にきたか……路地に入られると厄介だな……」
「俺が式神で確認してみようか?」
「……ごめん、実はそうして欲しくて、ついてきて貰ったの」
穂高は上着の内ポケットから手帳を出すと、式神の術式を書き記してから破き、空へと放った。
メモは白いハトに変わり、比佐子のほうへ飛んでいく。
「これで少しくらい離れても、どこに行ったかわかるよ」
「ありがとう。比佐子は人の気配を感じにくいから、見つからないとは思うんだけど、見失いたくないからさ」
「それは構わないんだけど、彼女になにがあるっていうんだよ? さっき、揉めていただろう?」
「ん……ちょっとね。気になることがあるんだよね」
比佐子は路地裏に入り、大通りから三本ほど通りを抜けた角地にある、小さな食堂に入っていった。
麻乃はその店がみえる通りの角に身をひそめ、様子を窺っている。
穂高のハトは、比佐子が入った店の屋根に止まったままだ。
数分、その場で店の入り口を見張っていると、なにやら騒がしい声が届いてきた。
比佐子ではないようで、男の声だ。
直後、店のドアが開き、比佐子と男の姿がみえた。
「待って! あと少し待ってよ!」
「しつけぇな! 金がなけりゃあ話になんねぇよ!」
背の高い派手なタイプの男が突き飛ばすように比佐子を店の外へ追いやり、平手打ちをした。
勢いで倒れた比佐子には見向きもせず、また店の中へと戻っていく。
倒れた比佐子は、しばらくすると立ちあがり、叩かれた頬を押さえたまま大通りのほうへと去っていった。
「麻乃? 今のは……」
「……穂高、ちょっと来て」
麻乃はそのまま、男が入っていった店のドアを開けた。
表からみたままに、店内は狭く、カウンターとテーブル席が四つあるだけだ。
男は友人三人と一緒なのか、四人掛けのテーブルに腰かけていた。
その斜め奥の席に麻乃と穂高は座った。
店員さんがやってくると、麻乃は定食を二人分、頼んでいる。
「ったく……当てが外れたぜ」
「おまえのやり方がうまくなかったんだろ?」
「ちげぇわ! あの女、最近、出し渋るんだよ。そろそろ潮時だな」
なにやら不穏な会話だ。
あの女、というのは比佐子のことで間違いないだろう。
「……とんだクズ男だ」
ボソッとつぶやいた麻乃は、出された定食を食べながらも、男たちの会話に耳を傾けている。
内容を聞いている限り、麻乃の言うように『クズ男』だな、と思う。
穂高たちが食べ終わる前にヤツらは店を出て行ったけれど、内容は金と女の話しばかりだった。
「なあ、麻乃。さっきのヤツら……」
「あれさ、どうやら比佐子が付き合っている相手みたいなんだよね」
「えっ? あの男と?」
「うん……最近の様子がおかしいから、今日、つけてきたんだけど……思った通りのロクデナシだった」
確かに、同じ男である穂高からみても、ろくでもないヤツだと思う。
顔が飛びぬけていいわけでもないし、女にたかるほどだから、金銭面もだらしないだろう。
なのに、なんであんな男と付き合っているんだろうか?
「比佐子ってさ、なんか知らないけど、ダメ男とばかり付き合うんだよね。『彼には私がいないと』とかなんとかいっちゃってさ」
「あ~、そういう子、たまにいるよな」
「人の恋路を邪魔するつもりはないんだけどさ、今のヤツじゃあ、ちょっとね……」
「やめろって言ったところで、きっと聞かないだろう?」
「と、思う。けど、放っておくと嫌なことになりそうで」
麻乃は、巧が出産で休んでいるあいだに、問題を起こさせたくないという。
「巧さんだってさ、復帰してすぐに面倒なことになったら、困るだろうし」
「彼女、巧さんの隊員だったんだ?」
「そうだよ。穂高、知らなかった?」
「うん。時々、巧さんのところとは一緒になるけど、俺は六番のやつらとは、ほとんど話したことがないんだよ」
「わかる。あたしだって、ほかの部隊の隊員たちを覚えているか、っていったら、怪しいところだもん」
食事を済ませ、軍部へ戻る道すがら、麻乃はずっと、どうするべきか悩んでいるようだった。
穂高が手を貸せることならば、力になってやりたいけれど、今は自分の部隊の訓練があって、そうもいかない。
けれど――。
彼女のことも、正直なところ、少し気になる。
奇麗な顔立ちの人だった。
麻乃が親しくしているのなら、悪い人ではないんだろう。
少しばかり気が強そうにみえたけれど、気が強い女性には、姉たちのおかげで耐性がある。
性格が多少きつくても、穂高にとっては特に問題ではない。
きっと意志も強いだろう。
それが、あんなふうに男に翻弄されて、手まであげられている。
戦士なんだから、あんな男の平手など、難なく避けられるはずだろうに。
麻乃の隣を歩きながら、穂高はだんだんとイライラする気持ちを抑えられなくなってきた。
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