蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~成長~

第10話 裏切り

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 翌日、昼近い時間に、監視隊から連絡が入った。
 庸儀の船団が近づいているという。
 これが昨日じゃあなくて、本当に良かったと思った。

「相原、全員を集めてすぐに仕度を!」

 鴇汰の部隊も穂高の部隊も、よく一緒にいるおかげで連携が取れている。
 仕度もすぐに整い、いつでも出撃ができる。

「敵は庸儀だ。数がいようが、ジャセンベルに比べれば、どうってことはない」

「とはいえ、油断は禁物だ。十分に気をつけるように」

「到着は恐らく一時を回ったくらいだろう。今日は俺と穂高が中央から兵を二手にわける」

「みんなは左右に散って、堤防に近づく敵兵から倒していってくれ」

 隊員たちをいくつかの部隊に分け、細かい手順を決めると、虎吼刀こおうとうを背負い、詰所を出て、海岸へと向かう。
 堤防の上に立つと、もう目の前に船団が迫っていた。
 まもなく敵兵が上陸してくる。

「数は五千は超えるようだけれど、一万には満たないだろうっていうことだ」

「今日は予備隊がいないけれど、倒せない数じゃあない」

 もう一度、隊員たちと手順を確認して、庸儀の兵を迎え撃つ。
 嫌な咆哮が海岸中に響き渡り、緑の軍服が船体から次々に降り立ってくる。

 鴇汰と穂高も先頭切って堤防を飛び降り、砂浜を駆けた。
 隊員たちもすぐにあとを追って砂浜に降り立ち、庸儀の軍と太刀を交えた。

 虎吼刀を振り回し、集団の真ん中を突っ切って敵兵を倒していく。
 一振りで三、四人を一気に斬り裂き、集団を二手に分けた。

 左右に散らばっていく庸儀の兵を、待ち構えていた隊員たちが斬り倒していく。
 相原も古市も、どうやらなんの心配もなさそうだ。

 だいぶ倒しているはずなのに、なかなか敵兵が減らないように感じる。
 波打ち際に目を向けると、まだ船から降りてくる敵兵がみえた。

「クソ……まだいやがるのか……!」

 敵兵の攻撃を虎吼刀で受け流しながら、切り返してまた数人を吹き飛ばす。
 視界の端に、緑の軍服に混じって白い影がちらついていることに気づいた。

 目を向けると、庸儀の小隊が、白い服の男を囲んで守っているようにみえる。
 守られているやつは、武器を持っていないのか、手に細い丸太のような棒を持ち、それを振り回していた。
 一団は撤退するつもりなのか、少しずつ波打ち際のほうへ下がっていく。

「なんだ……? あいつら……」

 その集団を見ていなければ、気づかないところだった。
 あとを追うように、少し先で敵兵を相手にしているのは、麻乃と矢萩、葛西だ。

 なんだってこんなところへ来ているのか。
 周辺の敵兵をなぎ倒し、麻乃の前に立ちふさがる庸儀の兵を、虎吼刀一振りで吹き飛ばした。

「麻乃! おまえ、こんなところになにをしに来た!」

「鴇汰――!」

 麻乃はなにか焦っているふうで、振りかぶって襲いかかってきた敵兵を逆袈裟で切り払うと、鴇汰に向かって叫んだ。

「ごめん! あたし、しくじった! この周辺のヤツら、任せていい?」

「え? あ……ああ、任せとけ!」

 麻乃に斬りかかっていく敵兵を、鴇汰は虎吼刀で薙ぎ払っていく。
 目の前が開けると、麻乃は白い服の男を追っていった。

 しくじった、といっていたのは、まさか庸儀の野郎に逃げられたのか?
 あの白い服は、医療所で用意した服か。
 援護してやりたいけれど、鴇汰がここを抜けてしまうと、隊員たちの負担が重くなってしまう。

 麻乃の腕前なら、自分でをつけられるだろう。
 葛西も矢萩もついている。
 きっと大丈夫だ。

 前へ進もうとする庸儀の兵を倒していくうちに、ようやく兵数が減ってきた。
 ざっと周辺を見渡すと、多くの敵兵が撤退を始めている。

「撤退が始まった! 深追いをするな!」

 隊員たちに指示を出しながら、敵兵の様子を窺った。
 最前線まで出ていたやつらも、次々に撤退していく。

 波打ち際に近いあたりで、穂高の隊員たちと一緒にいる麻乃たちが、敵艦を見つめて立ちつくしていた。
 そこに白い服の男の姿はないのは、逃げられたからか……。

「麻乃」

 声をかけても、麻乃は振り返らないまま、ジッと遠ざかっていく船団を見つめている。
 麻乃のほうが背が低いから、どんな表情をしているのかわからない。
 逃げた男が手にしていた棒状のものは、筒だったようで、麻乃はそれを震える手で握りしめていた。

 庸儀の野郎と本当につき合っていたんだとしたら、逃げられたのは、裏切られたということだ。
 もしもやつが泉翔に残って、この先も麻乃とつき合っていくんだとしたら、鴇汰にとっては耐え難い苦痛だったけれど、こんなふうに麻乃に傷ついてほしくなかった。

 このあと、麻乃は上層から厳しく叱責されたようだ。
 自分たちで麻乃だけに見張りを押し付けておきながら、よくも怒れたものだ。
 蓮華のみんなも、腫れものに触れるような扱いで麻乃に接している。

「あの野郎……次に会ったときには容赦しない……」

 顔は覚えた。
 庸儀の襲撃のときには、真っ先に探し出して、この手で倒してやる。
 どこか寂しそうに見える麻乃の小さな背中を見つめ、強くそう思った。


-完-
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