蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
751 / 780
外伝:長田鴇汰 ~成長~

第7話 噛み合わない

しおりを挟む
 それからすぐのことだった。
 南浜に庸儀からの襲撃があり、撤退したあと遺体の処理をしていたところ、生き残りが発見された。

「残されていたのは庸儀の兵で、性別は男。年齢は二十代から三十代でしょうか。まだ意識は失ったままで、右足を骨折、ほかには切り傷がいくつかありました」

「医療所へは、野本の部隊から数人を見張りに立てています。なにかあれば、すぐに連絡がくるかと」

 会議では、怪我の治療を終えた神田と徳丸が、そう報告をしていた。
 これまでも、そう多くはないけれど、取り残された兵がいたこともあったと聞いている。
 実際、鴇汰はまだ、そんな場面に遭遇したことはない。

 過去の例だと、治療したあとに薬で眠らせ、大陸各国の近海からボートで流して帰すらしい。
 今度もきっと、そうなるだろう。
 稀に泉翔にそのまま残り、暮らしている人もいるらしいけれど、これも多くはないようだ。

 なんにせよ、鴇汰には直接関わりはないんだから、普段通り、襲撃に備えていればいい。
 早いところ治療を済ませて、帰ってもらえばいいだけの話だ。
 そう思っていたのに――。

 ある休みの週、宿舎の部屋で昼飯を一緒に食べていた穂高が、聞き捨てならないことを言った。

「え? なにそれ? マジかよ?」

「たぶん。うちのやつらが聞いてきた話だけど――」

 穂高の聞いてきた話だと、上層たちが話しながら歩いていたのを、出かけようとしていた隊員が聞きかじってきたそうだ。
 取り残された庸儀の兵の世話を、麻乃がすることになったという。

「なんで麻乃が――」

「あっ! おい! 鴇汰! ちょっと待てって!」

 穂高が止めるのも聞かず、宿舎を飛び出して軍部に向かった。
 今日、麻乃の部隊のやつらの車が止まっていたから、絶対にいるはずだ。
 全力で走り、軍部にある麻乃の個室のドアを開けた。

「鴇汰? そんなに慌ててどうしたっていうのさ?」

 驚いた顔の麻乃と、小坂や川上が机を囲んでいた。
 息が上がって言葉を発せずにいた鴇汰に、水でも飲むかと聞いてくる。

「平気。それより……おまえ、あの野郎の世話をするってホントか?」

「世話……っていうか、変な動きをしたり、逃げたりしないように、っていう見張りでしょ?」

 世話じゃあなくて見張りだと、麻乃はあっけらかんとした様子でいう。

「見張り……? けど、なんだって麻乃が、その見張りをするんだよ?」

「さぁ? 上層は特に理由は言わなかったけど……」

「それをするなら、庸儀戦に出ていた神田さんか、トクさんじゃねーのかよ?」

 生き残りを見つけたときに、南浜で防衛に当たった、三番部隊の神田か、一番部隊の徳丸が担当するべきなんじゃないだろうか?
 まったく関わりのなかった麻乃が、なんだって庸儀の男の見張りをしなきゃあならないのか。

 鴇汰と麻乃のやり取りを、黙ってみている小坂と辺見、川上も、きっと同じような疑問を持っているんだろう。
 だからなのか、なにか話し合いをしていたところを、鴇汰が邪魔しているにも関わらず、口を挟んでこない。

「それをあたしに言われても……二人とも、大きくはないといっても怪我を負っているし、巧たくみさんは三人目の出産だし……ほかにいないからじゃあないの?」

「それにしたって……見張りってんなら、上層でも神官でもよさそうなもんじゃんか!」

「だから、それをあたしに言わせる?」

 麻乃は、すでに現役を退いて長い上層と、身を守る程度の腕前の神官じゃあ、やられる姿しか想像できないという。
 そういわれてしまうと確かにその通りで、鴇汰は反論できずに言葉に詰まった。
 チラリと川上に目を向けると、川上は小さく肩をすくめた。

「それにさ、あたしにだって持ち回りがあるんだし、ずっと見張っているわけじゃあないよ」

「だったら……まあ……けど、おまえ、本当に気をつけろよ?」

 徳丸たちの報告では、庸儀の兵は二十代から三十代だと言っていた。
 そのくらいの年齢なら、麻乃に興味を持たないとも限らない。

「気をつけろって……あたしがそう簡単にやられるわけがないじゃあないか」

 相変わらず的外れなことを言う。
 腕前に関してなら、麻乃のことは心配なんてしやしないのに。

「そうじゃあねーよ! 相手、男なんだし……」

「男が相手だからって、後れを取るようなことはないってば」

 だからそういう気をつけろじゃあないっていうのに……。
 鴇汰は噛み合わないやり取りに苛立ち、頭を掻きむしった。

「とにかく気をつけろ」

 それだけを伝えて、麻乃の部屋をあとにした。

 それにしても――。

 梁瀬が麻乃を『鈍そうだから』と言っていたけれど、本当にその通りだ。
 鴇汰が心配なのは、相手が麻乃に変なちょっかいを出さないかどうか、それだけだ。
 もしも……麻乃におかしな真似をするようなら、ただじゃあ置かない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...