蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~成長~

第5話 北詰所

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 翌週は、北浜でたくみと一緒だった。
 今年の豊穣の儀で、一緒にジャセンベルへ渡り、数日間、過ごしたこともあって、巧は徳丸や神田に比べて話しやすいと感じていた。
 子どもがいるせいか、生活面での乱れを指摘されたりするけれど、過剰に干渉してこないから助かる。

「鴇汰、あんた最近は遊び歩いていないみたいじゃあないの」

 北浜の詰所で顔を合わせた第一声が、これか。

「まあね。ってか……巧まで、うちのやつらと同じことを言うなよ」

「だってあんた……どこに行っても名前を聞くじゃあないの。けやき沼でも、あんたに顔を出して欲しいって伝えてくれ、って頼まれているのよね」

 またか。
 前にも南浜で、麻乃に銀杏坂で伝言を預かったと言われたっけ。
 行かないのは、その気がないからだと察して欲しいけれど、そうもいかないようだ。

「わかった。あとで行って断ってくる」

「あらそう? そうしてくれると助かるわ。私が伝えていないように思われるのは嫌だから」

 初雪が辞めたことが伝わっているんだろう。
 どの区に行っても、誘いが増えてきている。
 あと何回、どれだけ断れば誘いがなくなるんだろう?

『身奇麗にしておきなさい』

 初雪の言葉が頭をかすめた。
 遊び歩いているという評判が消えるまで、とにかく全部、断る。
 梁瀬は『早く伝えないと』というけれど、その前に鴇汰自身がちゃんとしなければ。

 けやき沼に向かい、今度もまた食材を大量に買い込んで、引きこもることにした。
 詰所に戻る前に、呼ばれた店に顔を出して、もう来ないことを伝える。
 何人かに恐ろしいほど引き留められたけれど「好きな人がいるから」とハッキリ断った。

 詰所までの帰り道、自分の不誠実さに嫌悪感が湧いてきた。
 時間を戻せない以上、これからはできる限り誠実でありたいと思う。
 宿舎のドアを開けると、ちょうど階段を降りてきた相原と出くわした。

「隊長、中村隊長が探していましたよ」

「巧が? なんの用だか聞いたか?」

「そこまでは……詰所にいるって言っていましたね」

「そっか。わかった。行ってみる」

 買ってきたものを部屋に置き、すぐさま詰所へ向かう。
 巧が使っている個室のドアをノックした。

『どうぞ』

 返事と同時にドアを開けて中に入った。

「相原から俺を探しているって聞いたんだけど、なにかあったのか?」

「わざわざ来てもらって悪いわね。あんたに話しておかないといけないことがあるのよ」

「なんだよ?」

「あのね……ちょっと待って……」

 巧はなにも話さないまま部屋を出ていき、五分ほどして戻ってきた。

「なに? 具合でも悪いのか?」

「ちょっとね……あのね、私、子どもができてね。またしばらく休むのよ」

「へえ、おめでとう。けど、今日明日のうちに休みに入るわけじゃあないんだろ?」

「そうね。ただ、襲撃があったときに、ちょっと迷惑をかけることがあるかも知れないから、先に言っておこうと思ったのよ」

「ああ、そういうこと? そんなの気にするなよ。なんなら巧は堤防で待機しているだけで構わねーよ。六番のヤツらはしっかりやってくれると思うからな」

「そう言ってもらえると助かるんだけど……ちょっと待って」

 巧はまた、部屋を急ぎ足で出ていくと、数分して戻ってくる。
 顔色が青白くみえた。

「具合、悪いんじゃねーの? 宿舎に戻って休んでいろよ。もうすぐ夜になるし。夜は襲撃もないだろ?」

「確かに夜はね、ほぼないけど……」

「だろ? 顔色、悪いぞ。なにかあったら大変だしな。飯は? 食ってんの?」

「あんまり。昼は抜いたのよ。今、食欲がなくて」

「ええ? 少しくらいは食っといたほうがいいんじゃあねーの? 俺、なにか作ろうか?」

「大丈夫よ。あんたもゆっくり休んでちょうだい」

 巧は遠慮しているのか、そういって宿舎へ帰って言ったけれど、この先、倒れられたら困る。
 前線に出てもらう必要はないけれど、いてくれるだけで安心感があるからだ。

 食材は山ほど買ってきたから、今ならなんでもある。
 食欲がないというけれど、スープくらいなら飲めるだろうと、細かく刻んだ野菜を入れたスープを作って持っていった。

「気を遣わせちゃって悪いわね、ありがとう」

「俺、こういうの得意だから。それ、食えるようなら、またなにか作るからさ、遠慮しないで言ってくれよな」

「なによ? ずいぶんと気前がいいじゃあないの?」

「巧に倒れられたり寝込まれたりすると、俺が困るんだよ」

 蓮華になって、まだ一年半を過ぎたくらいだ。
 鴇汰の部隊でも巧の部隊でも、戦士を長くやっているやつらにしてみれば、鴇汰は蓮華とはいえ、新人に等しい。
 正直、一人で仕切るのは荷が重い。

「嫌ねぇ……情けないことを言わないでちょうだいよ」

「んなこと言われたって……とにかく、食えそうなもん作ってやるから、倒れるのだけは勘弁してくれよな」

「あんた、料理が得意なら、私じゃあなくて麻乃にでも作ってやりなさいよ」

「麻乃? なんでここで麻乃の話が出るんだよ」

「だってあんた、好きなんでしょう? あの子、食べるの結構好きよ。誘って一緒に食べたらいいんじゃあないかしら?」

 巧にまでバレていた。
 そんなにわかりやすいのかと、一瞬で顔だけじゃあなく、耳まで熱くなる。
 なんでこれで、麻乃本人には届かないのか、それが不思議だ。

 食べるのが好きだとしても、作るほうは苦手なようだ。
 蓮華になりたてのころ、一度だけ麻乃が作ったものを食べたことがあったけれど、控えめに言ってもひどいものだった。
 人のことを悪く言わない穂高でさえ、麻乃が作ったものは二度と食べたくないと言ったくらいだ。

 麻乃が料理を苦手でも、鴇汰は得意なんだから、やらなければいけない状況のときには、鴇汰がやればいいだけだ。
 食べるのが好きだというのなら、なにかうまいものを作って、誘ってみるのも悪くないのかもしれない。
 それで喜んでもらえたら、それだけで嬉しいに決まっている。
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