蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~成長~

第3話 泉翔のこと

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 穂高との南浜の持ち回りが終わり、次は西浜に、梁瀬やなせと詰める。
 西浜に向かう道中、梁瀬はずっと、分厚い本を読んでいた。

 鴇汰は車や船の中で本を読むのは苦手だ。
 めまいを起こしたようになって、気持ち悪くなる。

「なあ、梁瀬さん。さっきからずっと、なに読んでるのよ?」

「これ? 泉翔の古い言い伝えとか、歴史とか、昔の記録なんかが書かれている本だよ」

「そんなの読んでるの? 俺、泉翔にきてからそういうの、触れてねーな……」

「ええ? 駄目でしょ、ちゃんと知っておかないと。僕たちは、みんなより泉翔のことを知らないんだから」

 確かに、泉翔の歴史については、詳しいことを知らないままに、ここまで来てしまった。
 軍部のことや、蓮華や戦士たちに関わることは、それなりに勉強したけれど……。

「ほかの人たち……俺たちみたいにロマジェリカから逃げてきた人たち、みんな泉翔のこと、勉強してるのかな?」

「どうかなぁ……僕たちのように戦士になった人たちは、してると思うけど、普通に暮らしている人たちは、伝承までは知らないと思うよ」

 よほど、興味がある人は別だけど、と梁瀬はいう。
 興味、というと自分はどうだろう?
 ある、とは言えないけれど、ない、とも言いきれない。

「その本さ、梁瀬さんが読み終わったら、俺にも貸してくれないかな?」

「うん、いいよ。僕、たぶん明日中には読み終わるから、あさってでもいい?」

「もちろん。ゆっくりでも全然――」

「ちなみにこれ、前編だから。中編と、後編もあるよ」

「え? そんなに長いんだ?」

「そう。でも、読み始めると、あっという間に感じるよ」

 一瞬、読むのはやっぱりやめようか、と思ったけれど、きっと今、触れておかないと、一生、読まない気がした。
 蓮華のみんなも隊員たちも、普通に知っていることなんだとしたら、鴇汰も知っておかないと。
 知らないことで、麻乃に呆れられる羽目になったら嫌だ。

 西浜にいるあいだ、柳堀やなぎぼりへ行くたびに、やっぱり声がかかる。
 断り続けるのも面倒になり、食材を買い込んで自炊にして部屋にこもっていた。
 襲撃もなく、退屈を感じていたころに、梁瀬から本を渡された。

「今回、襲撃もなさそうだし、ゆっくり読めそうだよね。僕、西詰所にいるあいだに全巻読み終わりそう」

「ホントかよ……読むの、早過ぎるんじゃねーの?」

「鴇汰さんも読み始めればわかるよ。すごくわかりやすく書いてあるから」

「ふうん……」

 一人になり、パラパラと本をめくると、泉翔の成り立ちから始まっていた。
 まだ泉翔が大陸と一つだった、とある。

 大陸の各国に攻め込まれ、土地は荒らされ、大勢が連れ去られたそうだ。
 泉の女神さまの力で、泉翔が大陸を離れる前に、多くの人が戻ったようだけれど、戻れなかった人もいたようだ。

「そういえば、大陸には泉翔の外見をした人がいたっけ……」

 鴇汰の父も、泉翔人だった。
 父の場合は、かつて取り残された泉翔人とは違ったようだけれど……。

 そののち、蓮華や戦士が生まれた。
 この辺りは、蓮華の印が出たあとに、神殿でシタラやカサネから説明を受けたから、鴇汰も知っている。

「そんな昔から、泉翔では戦士たちが島を守っていたのか……」

 それに、そんなにも昔から、大陸は争いを続けて土地を荒し、泉翔を奪うことを目論んでいたのか。
 あんなにも荒れた土地になるほど、なにを思って争い続けているのか。

 戦争などやめて、土地を育むという考えに至らないのが不思議だ。
 最も、純粋なロマジェリカ人だけを尊いと信じ、混血を忌み嫌うだけでなく絶やそうとするくらいの人間たちだ。
 自分たちで創り出すよりも、奪うほうが手っ取り早いと考えるのもわかる。

 ジャセンベルもそうだ。
 今年、巧と一緒に豊穣の儀で行ったけれど、ロマジェリカに比べれば遥かにマシとは言え、土地は荒れていた。
 巧が蓮華になる前から、ロマジェリカに植林をしているというけれど、泉翔がいくら頑張って緑を増やそうとしても、当の本人たちが荒らしているんだから、どうしようもない。

 いろいろと考えながら読み進めていると、あっという間に半分を過ぎた。
 梁瀬が『あっという間に感じる』と言っていたのは本当だったのか。

 読みながら、大陸の状況も考えようとしたけれど、ロマジェリカにいた当時、まだ小さかったせいで、ほとんどのことを覚えていない。
 良く覚えているのは、叔父のクロムに連れられて、薬草を摘んだり動物を捕まえたり、そんなことくらいだ。

 本を開いたまま、西詰所の個室の窓から空を見上げた。
 椅子の背中で伸びをすると、床がきしむのは、もう建物が古いからだ。

 隊員たちが廊下を行き交う足音も、中央の宿舎に比べると、軋んだり大きく聞こえたりする。
 コツコツとノックが響き、隊員の古市ふるいちが顔を覗かせた。

「隊長、俺たちこれから柳堀へ行きますけど、一緒に行きます?」

「いや、俺、食材も日用品も買いだめしてあるんだよ。自炊すっから、おまえらだけで行ってこいよ」

「そうですか? じゃあ、ちょっと飯食いに行ってきますんで。相原あいはら橋本はしもとは残るんで、なにかあったら呼びにきてください」

「ああ、わかった」

 鴇汰が自炊をするといったとき、古市の顔はホッとしたように緩んだ。
 きっとまた、遊びに行くと思っていたんだろう。
 もう行かない、といっても、なかなか信用はしてもらえないようだ。
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