蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:藤川麻乃 ~成長~

第9話 しくじり

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 ドアを開けると、中で待機をしていた三人が立ちあがった。

「矢萩と岡山! すぐに出られるように、車の準備を!」

 指示を出しながら、麻乃は棚や机の引き出しの中を確認していく。

「辺見! 急いで監視隊と連絡を取って、どこかの浜に襲撃がないか聞いてきて! 豊浦、あんたは……」

 机の引き出しにしまってあった、豊穣の儀で使う各国の地図をまとめたファイルが紐解かれている。
 机に広げてめくっていくと、泉翔の地図がなくなっていた。
 あれを持ち出されると、敵国に泉翔の内部を知られることになってしまう。

「――やられた」

「一体、なにがあったんです?」

 豊浦は麻乃がたった今、散らかした書類の束を拾って机に置き、問いかけてきた。

「あいつに逃げられた。ここに立ち入られたんだと思う。泉翔の地図がない」

「そんな……」

「豊浦、あんたは医療所へ行って、杉山を連れ戻してきて。葛西と辺見はあたしが捕まえる」

 飛び出していった豊浦のあとを追い、軍部を出た。
 矢萩と岡山が、いつでも出られるといって、車へ乗り込んでいる。

 リュはどんな術を使って、なにをしたのか。
 術師の可能性を修治にも聞いていたのに、すっかり頭から抜け落ちていた。

 リュが何度かつぶやいた、耳障りな声は、術を唱えていたのかもしれない。
 幸いにも、麻乃は術にかからなかったようだ。

「隊長! 今、監視隊で……南浜に、庸儀の船団が近づいていると――」

「それだ! あいつは南浜だ。すぐに追う! 岡山、あんたは豊浦たちを待って、あとから来て!」

 車に乗り込もうとしたとき、上層のところから葛西が戻ってきた。
 麻乃たちに合わせるように車へ乗り込んだ。

「隊長、上層が『必ず捕らえろ』と」

「わかってる。矢萩、できるだけ早く南浜へ」

 すぐに車が走り出す。
 南浜まで、二時間ほどだ。

「長いな……あいつ、いつ医療所を出ただろう?」

「恐らくは、そう時間は経っていないかと……車を盗んでいたとしても、勝手のわからない島の道を、スピードを出していくとは思えません」

「だといいんだけど……」

 リュはきっと、最初からこうするつもりだったんだろう。
 怪我をして置き去りにされたのではなく、自ら残ったに違いない。

 歩けないふうを装っていたけれど、術師だとしたら回復術を使って、早い段階で動けるようになっていたかもしれない。
 泉翔の、どこをどう探ったんだろうか。

 資料館にも行っているはずだ。
 そして、泉翔の伝承に触れたんだと思う。

『私はてっきり、麻乃さんが伝承の鬼神なのかと』

 そうでなければ、あんなことは言わない。
 あろうことか、軍部にまで侵入して、麻乃の部屋に入り込んでいる。

 そうとも知らず、あちこちを案内して歩いていた自分が恥ずかしい。
 そのうえ、おかしな噂まで流されて、立場もない。

「隊長、もう着きます」

「降りたらすぐに参戦する。どうにかしてあいつを探し出して、船に乗り込まれる前に捕まえるよ!」

 砂浜へと続く道に、乗り捨てられた車があった。
 それを追い越し、堤防ギリギリまで乗りつけると、誰よりも先に車から飛び出した。

「あいつ……どこにいる?」

 海岸をざっと見渡した。
 緑の軍服がひしめく中、医療所で渡されたリュの白いシャツが、際立って見えた。

「――いた!」

 堤防を飛び降りて追いかけた。
 紅華炎刀を抜き放ち、立ちはだかる庸儀の兵を次々に倒していった。
 今日は兵数が多かったのか、鴇汰や穂高の隊員たちが奮闘しているけれど、なかなか兵数が減らないように感じる。

 もたもたしているあいだに、本当に逃げられてしまう。
 また、麻乃の前に立ちふさがった庸儀の兵たちが、突然吹き飛んだ。

「麻乃! おまえ、こんなところになにをしに来た!」

「鴇汰――!」

 敵兵が吹き飛んだのは、鴇汰の大剣か。

「ごめん! あたし、しくじった! この周辺のヤツら、任せていい?」

「え? あ……ああ、任せとけ!」

 鴇汰が大剣で勢いよく敵兵をなぎ倒したあとを通り抜け、リュの姿を追った。
 麻乃の周りを、追いついてきた葛西たちが援護してくれている。

 穂高の隊員たちに斬りかかられて、リュは細長い筒を振り回して応戦していた。
 あの筒に、地図が入っているんだろう。
 麻乃は全力で走り、リュの背後から近づいて、筒をしっかりと掴んだ。

「おまえ――もう追いついてきたのか」

「残念だったね。こいつは返してもらうよ!」

 引き合いになったけれど、穂高の隊員たちがリュへの攻撃の手を緩めなかったおかげで、筒からリュの手が離れた。
 あとはリュを捕らえるだけだったのに、庸儀の小隊に割って入られ、応戦しているあいだに逃げられてしまった。

 緑の軍服に囲われて遠ざかっていくリュの姿は見えているのに、先に進むことができず、ついには乗船されてしまった。
 それが合図だったかのように、次々に庸儀の兵たちが引いていく。

「やっぱりこの襲撃は、リュを迎えるためだったんだ……」

 地図は奪い返したけれど、後味の悪い結果になった。
 残ったのは、リュを取り逃がしたという事実と、嫌な噂だけだった。

 上層には叱責され、蓮華のみんなや各隊の隊員たちからは、変な憐みの目を向けられ、麻乃にとっては最悪の結果になった。
 奪い返した地図は、二度と奪われることがないように、燃やしてしまった。
 泉翔の地図などなくても、情報は頭に叩き込んである。

「あいつ……次に会ったときには、ただじゃあ置かない……」

 このとき、リュが持ち帰った泉翔の伝承が、のちに波乱を巻き起こすとは、麻乃は思いもしなかった。


-完-
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