蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
739 / 780
外伝:藤川麻乃 ~成長~

第4話 やっぱりうまくいかない

しおりを挟む
 行ったり来たりの日々が続き、気づけばあっという間に一カ月が過ぎていた。
 リュのところへ顔を出すたび、少しずつ庸儀の話を聞いた。

 土地は荒れ、作物も育ちにくく、国全体が困窮しているらしい。
 大陸の各国は、泉翔に侵攻してくるだけじゃあなく、それぞれの領土を狙って戦争が繰り返されているそうだ。
 今はジャセンベルが強く、ジャセンベルの領土が広がり続けている、とリュは言った。

「とんでもない話しだよね? 戦争ばっかりしてるんじゃあ、そりゃあ土地も荒れるよ」

「まったくだな。それにしても麻乃、おまえ、よくそんなに細かな話を聞いてこられたな?」

 会議のあと、軍部の会議室で蓮華のみんなと雑談をしていた。
 麻乃が報告書をまとめながら、リュから聞いた話をみんなに話すと、徳丸が感心したようにいった。

「僕が聞いた話では、あの庸儀のヤツ、上層に対しては、だんまりだったそうだよ」

「俺もそう聞いている。あの上層たちが、頭を抱えていたからな」

 梁瀬と神田も同じことをいう。
 上層がなにも聞けていなかったとは知らなかった。
 話を聞きだす、という意味もあって、麻乃が見張りに選ばれたんだろうか?

「そうなの? 結構、ベラベラ喋っていたよ。一カ月も経って、少し慣れたんじゃあない? 足の怪我もひと段落ついて、気が緩んできたんだと思うよ」

「ああ、そうか。それはあるかもしれねぇな」

 徳丸も梁瀬も神田も、互いに納得してうなずき合っている。
 今の話しを聞いてか、三人は豊穣ほうじょうで大陸に渡ったときに、見てきた状況を話し始めた。

 徳丸と梁瀬は、庸儀の話を、神田はロマジェリカの話をしている。
 どちらもやっぱり、土地が相当荒れているという。
 緑は少なく、水も汚れている場所が多いそうだ。

 麻乃はいつも渡るヘイトと、一度だけ行ったジャセンベルを思い出していた。
 どちらも荒れてはいたけれど、そこまでではないように思えた。
 ただ、泉翔を基準に考えると、比じゃあないほど荒れているけれど。

「さて……と。あたし、報告書を提出して、そのまま帰るね。みんな、持ち回り気をつけて」

 会議室を出て上層のところへと向かい、報告書を提出して軍部を出た。
 麻乃と修治は、今週は休みだけれど、ほかの部隊はそれぞれの持ち回り先へと移動している。
 比佐子も今日から麻乃と入れ替わりで、北区へ向かった。

 結局、あのあと、比佐子と話しができていない。
 気にはなるけれど、すれ違ってばかりだ。

「麻乃!」

 宿舎に入る手前で、鴇汰と穂高に声をかけられた。

「なに? あんたたち、今週は西浜でしょ? 今から出るの?」

「うん。麻乃は? 休みなら、これから一緒に昼ご飯でもどう?」

 穂高の後ろで黙ったままの鴇汰をみた。
 不機嫌な様子ではないから、行きたいのはやまやまだけれど……。

「ごめん、あたし今週は東で隊員たちの訓練があるから、すぐに出なきゃあいけなくて……」

「そっか……じゃあ、仕方ないな。鴇汰、二人で行こう」

「ホント、ごめん。また誘ってよ」

 入り口のガラス戸を開けようとした手を、鴇汰に掴まれた。

「おまえ、まだあの庸儀の野郎の見張り、やらされてんのか?」

「あー……うん、まあね。足も治って動けるようになったから、これからちょっと面倒かも」

「……医療所、行くときは隊員を誰か連れていけよ?」

「それ、小坂と葛西にうるさく言われているんだよ。いつも二人を連れていってるから、大丈夫だよ」

「だったらいいけどよ、おまえ、本当に気をつけろよな」

 念を押すように真顔で、麻乃の目をしっかり見ている。
 鴇汰は本気で麻乃がリュに敵わないと思っているんだろうか?

 鴇汰だけじゃあない。
 修治も小坂も、葛西もそうだ。

「このあいだから、みんなそういう。なんなの? あたしがあんなヤツに後れを取ると思っているわけ?」

「だから、そういうんじゃあねーんだって」

「だったらなんだってのよ? みんな、あたしを見くびってるんじゃ……」

「違うっていってるだろ! あいつは男で――」

「だから男だからって、あたしが負けるわけないって言っているでしょうが!」

「その『気をつけろ』じゃねーんだって、言ってんだろう!」

 見下されているような物言いに、麻乃は苛立って鴇汰の手を振りほどいた。

「ちょっと待てよ! 麻乃も鴇汰も、落ち着いて!」

 穂高が割って入り、麻乃も鴇汰も黙った。
 気まずさに沈黙が流れる。

「取り敢えず……麻乃、訓練、気をつけて。鴇汰、行こう」

「うん……ありがとう」

 手を振り、二人と別れた。
 まただ。
 また、やってしまった。

「どうしてこうなるかな……」

 少し前までは、ようやく鴇汰とも普通に話せるようになったと思ったのに、最近はまた険悪になることが増えてきた。
 車に乗り込む姿を見つめ、ため息を漏らすと、麻乃は宿舎の部屋へ向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...