蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
731 / 780
外伝:レイファー・フロリッグ ~馴れ初め~

第6話 最後の時間

しおりを挟む
 十四歳になった年、ハヤマとナカムラにいつも通りいろいろと教わったあと、レイファーは今年から軍に属することになったと伝えた。

「あんた本気? 軍に入ることがどういうことか、ちゃんとわかっているの?」

「もちろん、わかっているよ。でも……俺は強くなりたい。そうならなければ、やりたいことも出来ないじゃあないか!」

 偉くなれといったのはナカムラたちだ。
 上に立つ人間になるためには、力が必要だ。
 レイファーの場合、こうするのが一番手っ取り早い方法だと、二人に訴えた。

「レイファー、おまえの気持ちは良くわかった。自分で決めたのであれば、迷わず進め」

 ハヤマは大きくため息をついたあと、いつものように笑顔を見せてレイファーの頭を撫でた。
 ナカムラも、なにか言いたげではありながら、納得してくれたようだ。

「でも……軍属になるのなら、これからは簡単にここへ来られなくなるわね?」

「そんなことはないよ! 今はまだ、籍を置いて、訓練をしているだけなんだ」

「だが、訓練は楽ではないだろう?」

「うん。でも、二人に教わっているおかげで、ちょっとだけ楽だ。それから、戦場に出るのは十六歳になってからにしようって言われた」

 二人とも「そうか」といって寂しげな表情をみせるだけだった。
 これからも、この森へ通うためには、戦場に出たとしても、どうあっても生き延びなければならない。
 別れ際、ハヤマはいつもより多くのメニューを手帳に書き付けて渡してきた。

「来年、会うときにこれがすべてできるようにしなさい」

「はい」

 この年は、二人と別れたあと、どの村や街にも寄らずに城へと戻った。
 これ以上、ジャセンベルを探しても、グエンは見つからないような気がしていたからだ。

 チャールズに伴われて参加する訓練で、レイファーはいつも、親しくなった兵たちと行動を共にしていた。
 ケイン、ジャック、リアン、ヘンリーの四人だ。
 彼らだけでなく、ほとんどの兵たちは、兄ぎみたちを良く思っていないことを知った。

「アンドリュー国王さまが軍に属しているのに、あのかたたちは誰一人、軍に興味を持っていないじゃあないですか?」

「いずれどなたかが、あとを継ぐんでしょうが……我が軍を率いることは難しいと思いますね」

 五人だけになったとき、ヘンリーとリアンが、そんな話をした。
 これに相づちを打っていいのかわからず、レイファーは黙ったままで聞いていた。
 もしも話が兄たちや王に筒抜けだった場合、レイファーの立場がなくなるどころか、存在まで危うくなるだろう。

 そんなふうに、親しくはなっても、兵たちとは一線を引いて付き合うようにしていた。
 軍の中でも、眠るために戻るだけの部屋にも、気を抜ける場所が、このころにはまだ、どこにもなかった。

 十五歳になった年――。
 ハヤマはこれまでよりも一層厳しく、レイファーに剣術を教えてくれた。
 ナカムラも今年は植物のことに触れもせず、レイファーと剣を交えてばかりだ。

 ジャセンベル軍で兵たちに稽古をつけてもらって、多少は自信がついたつもりだったのに、ハヤマとナカムラにはまるで通用しない。
 あっさりと攻撃を退けられ、剣を弾き飛ばされてしまう。
 苛立ちながら拾った剣で突きかかっていっても、軽くかわされ、背中や手首、腕を容赦なく打たれた。

「あんた馬鹿なの? 感情に任せて猪のように突っ走ったって、そんな攻撃なんか軽く避けられるわよ。冷静におなり。頭を冷やして、まずは相手の隙を見極めなさい」

 ナカムラはそういうけれど、隙を見極める、というのが今一つピンとこない。
 そんなレイファーに、ハヤマは細かく丁寧に指導をしてくれた。

「よいか。感情のままに敵に向かっても、その攻撃は届かないどころか、己に隙が出来て倒される」

 混戦する戦場で、冷静になるのは難しいことかもしれないけれど、普段から意識して行動することで、いざというときにも焦ることなく動くことができる。
 常から一歩引いて、全体をしっかり見極めろという。

「でも、軍では誰もそんなことを言わないよ? とにかくひたすら攻撃を続けて、相手を叩き伏せろって言われる」

「ふむ……そうか……」

 ハヤマはレイファーの顔をのぞき込むようにして、しっかりと視線を合わせた。

「レイファー、おまえの父は剣術について、なにも教えてはくれぬのか?」

「……父が?」

「そうだ。ジャセンベル王は、なかなかの使い手のはずだが……」

 ハヤマはレイファーの父がジャセンベル王だと知っているのか?
 自分の出自については、なにも教えていないはずなのに、なぜバレたのだろうか?
 疑問ばかりがグルグルと頭を巡り、なにも答えられずにいた。

「おまえが狙われているのを知りながら、手を打たないほどだ。強くなることを願っているはずだと思ったのだが……」

「父は……俺のことなんて興味ない……ロクに会うこともないんだ……」

「本当に興味がなければ、おまえが軍に入るといっても、受け入れたりしなかったろうよ」

「でも……」

「レイファー、よく聞きなさい。おまえは必ず強くなるのだ。父を超えるほどに」

 ハヤマが父なら良かったのに、何度もそう思った。
 こうして様々なことを学ばせてもらえなければ、レイファーはとうに命を落としていただろうし、将来、なにをしたいかなど考えることもなかっただろう。

 別れ際、ハヤマはこれまで以上に多くのことを手帳に記した。
 ナカムラも、植物の育てかたなどを書き残し、この手帳は長いあいだ、レイファーの心の支えになった。

 そして、これがハヤマとの最後の時間でもあったと知るのは、翌年のことだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...