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外伝:上田穂高 ~馴れ初め~
第8話 約束
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それからも、穂高は変わらず鴇汰の家に通った。
道場に誘ったり、クロムからは相変わらず悪戯をしかけられたりしながら。
そして、ときどきクロムが数日家を空けるときには、泊まりにきたりもした。
「穂高くん、いいところに来たね」
今日は訪ねてくると、クロムが庭で斜めに立てた網の上に、魚や野菜を干していた。
鴇汰はそれを手伝っていて、いくつも並んだ網の上に、魚を並べている。
「保存用の干物とね、薬用の薬草なんかを干しているんだよ」
「へえ……薬用って、クロムさん、薬を作っているの?」
「そうだよ。私は術師というより、薬師といったほうが正しいんだ」
胃腸の薬や傷薬を作ったり、以前、飲まされたような疲労回復の薬も作るという。
それにしたって、あんな味じゃあ飲む人は大変なんじゃないのか?
穂高がそんな疑問を口にすると、クロムは笑いながらいった。
「その辺りはちゃんと、調整しているよ。私も薬師として役に立たないといけないからね」
「医療所でも、結構、評判がいいらしいよ。ときどき東医療所の先生が取りにくるし」
「そうなんだ? じゃあ、知らないうちにクロムさんの薬を飲んでるかもしれないんだね」
魚を並び終えた鴇汰に、クロムは今度は真四角の箱を手渡した。
それに入ってるのを、今度は並べるようにといっている。
「穂高くん、悪いんだけど、鴇汰くんを手伝ってやってくれるかな?」
「はーい」
箱には小さな穴が開いている。
ちょうど片手が入るくらいの大きさだ。
「なんか、くじ引きみたいだね」
「そういわれると、そうかも」
そんなことを言いながら、まずは鴇汰が穴に手を入れて中身を出した。
「……うわぁ!!! なんだこれぇぇぇ!!!」
思いきり振った鴇汰の手から、黒い虫が飛び出した。
落ちた虫をみると、タガメだった。
「叔父さん! これ虫が入っている!」
鴇汰がもの凄い勢いでクロムに文句を言っている。
タガメなんて、そこら辺の川や田んぼにいくらでもいるのに。
鴇汰はそんなのが怖いのか。
穂高は笑いながら箱に手を入れ、中身を取り出した。
ムニムニとしたものが手に触れる。
握って取り出し、開いた手をみて思わず大声をあげた。
「うわあぁぁぁ!!! なにこれぇぇ!!!」
プリップリに太った、クリーム色の芋虫だ。
中指の先から手首にまで届くほど大きい。
あまりの気持ち悪さに、鴇汰のように手を振って芋虫を振り払った。
鴇汰が箱を逆さにして大きく振ると、中から出てきたのは全部虫だ。
「ぎえぇぇぇ!!!!! 気持ち悪い虫ばっか!!!」
クロムは散らばった虫を、この前のときと同じように大笑いをしながら集めている。
よくもこんなに、気持ちの悪い虫を集めてきたものだ。
「乱暴に扱わないでくれないか? これは全部、れっきとした薬の材料なんだから」
「えーーーー! 虫を入れるの!? 薬に!?」
「そんなに驚くことじゃあないよ。知らないのかもしれないけど、昔から結構使われているんだよ」
カラカラに乾燥させて、すり潰して粉にしたものを使うという。
クロムはそういうけれど、まだ笑いが止まらないままだ。
本当に薬の材料だとしても、きっと穂高と鴇汰を驚かせるために、わざと用意したに違いない。
警戒をしているつもりなのに、なぜかいつも騙されるのは、クロムが大人だというだけじゃないと思う。
パッと見て、人の好さそうな笑顔が、とても悪戯を考えているようにはみえないからだ。
最初は、ひょっとして、穂高はクロムに嫌われているんじゃあないかと思ったほどだ。
そうじゃないと気づいたのは、最近のことだけれど……。
「ねえ、鴇汰。やっぱりどうしても道場に通うのはイヤかい?」
あるクロムの留守の日、穂高はまた鴇汰のところへ泊まりに来ていて、寝入りばなにそう聞いてみた。
穂高も鴇汰も、もう七歳になっていて、これから道場に通うとなると、ほかの仲間との差を埋めるのに苦労しそうな気がする。
「ん……? またそれか。俺は道場は行かないってば」
「そうかぁ……」
「それにさ、叔父さんも通わなくてもいいんじゃないか、って言うんだ」
それは前にも聞いた気がする。
そういえば、もうすぐ収穫祭で、地区別演習があるんだっけ。
「じゃあさ、今度、地区別演習があるから、それ、見にいかないかい?」
「地区別演習……?」
「そう。毎年、東区の入り口にある演習場でね、西区と南区、北区も集まって、どの区が一番強いか決める演習があるんだよ」
「ああ、そういえば去年も収穫祭のあとに、人がたくさん集まってたな」
「演習だけじゃなくてね、いろんな武器の型をみせる『演武』っていうのもあってね」
「う~ん……でも俺、あまり興味ないかも……」
「でもね、そういうのばっかりじゃなくて、祭りみたいに出店もあって、食べものの屋台もでるよ?」
「あ、それは興味あるかも」
鴇汰がようやく食いついた。
目当てが食べものだったとしても、演武をみて少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。
穂高はすかさず続けた。
「各区で取れた野菜とか魚とかも出るし、どの区もちょっとずつ味付けも違うから。そういうの好きだよね?」
「味付けも違うのか……それなら行きたいな。連れてってくれる?」
「もちろん! じゃあ、約束だよ?」
「わかった。約束な」
これでもし、興味を持ってもらえなかったら……。
そのときは道場へ誘うのは終わりにしよう。
一緒に通えなくても、友だちではいられそうだから。
道場に誘ったり、クロムからは相変わらず悪戯をしかけられたりしながら。
そして、ときどきクロムが数日家を空けるときには、泊まりにきたりもした。
「穂高くん、いいところに来たね」
今日は訪ねてくると、クロムが庭で斜めに立てた網の上に、魚や野菜を干していた。
鴇汰はそれを手伝っていて、いくつも並んだ網の上に、魚を並べている。
「保存用の干物とね、薬用の薬草なんかを干しているんだよ」
「へえ……薬用って、クロムさん、薬を作っているの?」
「そうだよ。私は術師というより、薬師といったほうが正しいんだ」
胃腸の薬や傷薬を作ったり、以前、飲まされたような疲労回復の薬も作るという。
それにしたって、あんな味じゃあ飲む人は大変なんじゃないのか?
穂高がそんな疑問を口にすると、クロムは笑いながらいった。
「その辺りはちゃんと、調整しているよ。私も薬師として役に立たないといけないからね」
「医療所でも、結構、評判がいいらしいよ。ときどき東医療所の先生が取りにくるし」
「そうなんだ? じゃあ、知らないうちにクロムさんの薬を飲んでるかもしれないんだね」
魚を並び終えた鴇汰に、クロムは今度は真四角の箱を手渡した。
それに入ってるのを、今度は並べるようにといっている。
「穂高くん、悪いんだけど、鴇汰くんを手伝ってやってくれるかな?」
「はーい」
箱には小さな穴が開いている。
ちょうど片手が入るくらいの大きさだ。
「なんか、くじ引きみたいだね」
「そういわれると、そうかも」
そんなことを言いながら、まずは鴇汰が穴に手を入れて中身を出した。
「……うわぁ!!! なんだこれぇぇぇ!!!」
思いきり振った鴇汰の手から、黒い虫が飛び出した。
落ちた虫をみると、タガメだった。
「叔父さん! これ虫が入っている!」
鴇汰がもの凄い勢いでクロムに文句を言っている。
タガメなんて、そこら辺の川や田んぼにいくらでもいるのに。
鴇汰はそんなのが怖いのか。
穂高は笑いながら箱に手を入れ、中身を取り出した。
ムニムニとしたものが手に触れる。
握って取り出し、開いた手をみて思わず大声をあげた。
「うわあぁぁぁ!!! なにこれぇぇ!!!」
プリップリに太った、クリーム色の芋虫だ。
中指の先から手首にまで届くほど大きい。
あまりの気持ち悪さに、鴇汰のように手を振って芋虫を振り払った。
鴇汰が箱を逆さにして大きく振ると、中から出てきたのは全部虫だ。
「ぎえぇぇぇ!!!!! 気持ち悪い虫ばっか!!!」
クロムは散らばった虫を、この前のときと同じように大笑いをしながら集めている。
よくもこんなに、気持ちの悪い虫を集めてきたものだ。
「乱暴に扱わないでくれないか? これは全部、れっきとした薬の材料なんだから」
「えーーーー! 虫を入れるの!? 薬に!?」
「そんなに驚くことじゃあないよ。知らないのかもしれないけど、昔から結構使われているんだよ」
カラカラに乾燥させて、すり潰して粉にしたものを使うという。
クロムはそういうけれど、まだ笑いが止まらないままだ。
本当に薬の材料だとしても、きっと穂高と鴇汰を驚かせるために、わざと用意したに違いない。
警戒をしているつもりなのに、なぜかいつも騙されるのは、クロムが大人だというだけじゃないと思う。
パッと見て、人の好さそうな笑顔が、とても悪戯を考えているようにはみえないからだ。
最初は、ひょっとして、穂高はクロムに嫌われているんじゃあないかと思ったほどだ。
そうじゃないと気づいたのは、最近のことだけれど……。
「ねえ、鴇汰。やっぱりどうしても道場に通うのはイヤかい?」
あるクロムの留守の日、穂高はまた鴇汰のところへ泊まりに来ていて、寝入りばなにそう聞いてみた。
穂高も鴇汰も、もう七歳になっていて、これから道場に通うとなると、ほかの仲間との差を埋めるのに苦労しそうな気がする。
「ん……? またそれか。俺は道場は行かないってば」
「そうかぁ……」
「それにさ、叔父さんも通わなくてもいいんじゃないか、って言うんだ」
それは前にも聞いた気がする。
そういえば、もうすぐ収穫祭で、地区別演習があるんだっけ。
「じゃあさ、今度、地区別演習があるから、それ、見にいかないかい?」
「地区別演習……?」
「そう。毎年、東区の入り口にある演習場でね、西区と南区、北区も集まって、どの区が一番強いか決める演習があるんだよ」
「ああ、そういえば去年も収穫祭のあとに、人がたくさん集まってたな」
「演習だけじゃなくてね、いろんな武器の型をみせる『演武』っていうのもあってね」
「う~ん……でも俺、あまり興味ないかも……」
「でもね、そういうのばっかりじゃなくて、祭りみたいに出店もあって、食べものの屋台もでるよ?」
「あ、それは興味あるかも」
鴇汰がようやく食いついた。
目当てが食べものだったとしても、演武をみて少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。
穂高はすかさず続けた。
「各区で取れた野菜とか魚とかも出るし、どの区もちょっとずつ味付けも違うから。そういうの好きだよね?」
「味付けも違うのか……それなら行きたいな。連れてってくれる?」
「もちろん! じゃあ、約束だよ?」
「わかった。約束な」
これでもし、興味を持ってもらえなかったら……。
そのときは道場へ誘うのは終わりにしよう。
一緒に通えなくても、友だちではいられそうだから。
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